50. 新参者2
「…ギボンの名前まで知っているのか。もしや、元々このギルドに知り合いでも?」
サムと呼ばれた男が眉間の皺を更に深くした。はじめに子供に対して向けていたような顔は既に消え、誰かの情報ありきで来たのか、そんな疑念を浮かべながらアウルを見る。
見られたアウルは何でもない顔で質問に答えた。
「いやいない。腕のいい鍛冶師を探していたらマダムが教えてくれた。そいつオイバルの町の近くにいるんだろ、副ギルド長」
「まあ、いるが。ギボンを指名するとは姉さんも随分クセのある人選をしたな。ともかく、さっきも言ったが話をまるごと信じるわけにはいかない。なにか証明になるものはないのか」
「まいったな。紹介状をなくしたのは俺の落ち度だ。だが会ったことの証明は話でしかできないなあ。あんたの姪のパルラさん、子供は無事生まれたがそのあと低魔力症にかかって危なかったんだ。そこをマダムと俺が協力してなんとかした。親子ともに無事だよ。今はマダムが看病してる」
「な!そ、そうかパルラが…よかった」
話を聞いているうちにサムの顔は青ざめたと思ったらもとに戻ったりと忙しそうだった。黙って聞いていたギルド連中の中でも表情を変える人間が幾人かいる。
アウルの言葉を信じられないとサムは言っているが、どう見ても言動ひとつひとつに皆が右往左往していた。おそらくアウルの言っていることは、話題になっているマダムという人物に照らし合わせても正しいのだろう。
「それもあって頼んだら紹介状を書いてくれたんだ。マダムは義理堅い人間だな。長くギルド長を務めている理由もわかる。ああ、あと伝言もあったんだ。しばらく娘の様子を見るために帰りが遅くなるから、それまでギルドをよろしくと言っていた。後で改めて手紙を送ると言っていたし、手紙が送られてこなかったら俺のギルドの加入を取り消してもいい。」
「そうですね…今の話が本当ならあなたは私の姪を救った恩人ですし…。条件を設けましょう、アウル。一週間だけ仮の加入にする。一週間のうちにマダムからの手紙が届かなければ取り消し。そしてそれ以降は二度と加入できない。私が譲れるのはここまでです」
「十分だ」
「よろしい。では改めて、ようこそオイバル町の傭兵ギ「ちょっとまてよ!!」」
なんだかんだアウルが加入しそうになった流れで、ギルド内の若者が声を上げた。見ると、声を上げたのはアズライトよりは年を重ねているが、周辺の傭兵から見れば未だ少年として扱われそうな人間だった。装備も真新しいものが多く、防具の傷も浅い。おそらく新人と呼ばれる類の若者だ。
「俺は荷物持ちから入って6年かかった!6年やって、去年やっと認められたのに、なんでそのチビはすぐ合格なんだ?荷物持ちの時の俺より小さくて武器も持っていないのに!」
傭兵の装備は自腹だ。着の身着のままの農民の子供が最低限の装備をゼロからそろえるとなればそれこそ数年かかる。
最近一人前になったばかりの青年はそれが許せないようだった。その反発にに内心同意してしまうアズライトがいた。
なぜどう見ても年下で、小さく、コネしかないような子供が一足飛びでやっと自分がたどり着いた場所までやってくるのか。自分と違う待遇。妬みで視野の狭くなった青年の気持ちは十分にわかる。
だが、頭に血の昇った青年の視界にはもう映っていない、金具のひしゃげたまま床に倒れている扉が、まだアズライトの視界には映っていた。ついでに思い出すようにアズライトの脳裏には道中臆せず狼の背に飛び乗ってきたアウルの姿が浮かび上がる。
その姿がギルドの中心で立っているアウルと重なった。その瞬間、声だけは陽気なくせに顔は無表情のアウルの口元が、微かに弧を描いたような気がした。
「それもそうだな副ギルド長。戦う人間に必要なものを忘れていた。受付嬢!!」
「えっ?あっはい!?」
アウルに呼ばれたギルドの受付は急に向けられた注目に驚きながら返事をする。
「傭兵ギルドの加入条件は?」
「え、あ、は、はい。身分は問わず。戦闘に十分な身体年齢、同ギルド員からの推薦または、加入希望者の実力を証明することです!」
「実力の証明には何が許可される?」
「えーと、実際の戦闘に参加したことがある実績と、戦闘未経験の場合は現ギルド加入者との模擬試合など、が許可され、て、て…」
「そういうことなら、しかたないな」
「え、えぇぇ…」
ギルド内はちょっとした大事になった。詳しく言うと、ギルド建物の後方にあった鍛錬場にサークルを組み、ギルド加入に文句を言ってきた青年とアウルが模擬試合を行うことになった。日頃娯楽の少ないギルドの傭兵たちは、酒と肴を持ち寄り、すっかり観戦する気満々で二人の周りを取り囲んでいる。
アウルの顔は相変わらず飄々としていて、何を考えているかわからない。審判を務めるらしいサムが木剣を試合する二人に持ってきたが、アウルはそれを断った。
理由は重いから、などと聞こえるが、つまりそれは木剣を使う相手に無手で立ち向かうということだった。
その様子が癪に障ったのが、相手の青年の鼻息がより一層荒くなる。
傭兵ギルドでの試合を始めるタイミングは、審判がはじいたコインが地面に落ちた瞬間だ。副ギルド長サムのはじいた1ユース硬貨が吹き抜けの天井に舞って、乾いた砂の上に落ちた瞬間、向かい合っていた二人は動く。
勝負は一瞬だった。




