05. 魔力訓練
この世界に特徴的な力として、魔法がある。まさしくファンタジー世界の醍醐味のような、物理学を無視した力。水や炎、土等々、万物を発生させまたは動かし、その力を行使する。
もちろんその力は無限という訳ではなく、個々の素質と技量によってできることは変わってくる。
寝返りが打てるようになったゼロ歳児の俺は、日課の魔力回路の訓練を次のステップに進めていた。
魔法を使えるようになるには二つの方法がある。それが精霊魔法と術式魔術だ。普通の人はあまり区別しないので、一般にこの二つをまとめて魔法と言ったりする。まあ言い方は宗派によりけりだからとりあえず二つあることだけ覚えていればいい。
今やっているのはその二つの精霊魔法でも術式魔術でも必須の基礎、自己魔力の操作訓練だ。
生まれてすぐに始めた魔力回路の認識は進み、その中で流れる自分の魔力も認識できるようになった。はじめ腹のあたりに微かに感じるだけだったが、魔力脈の感覚は四肢の先端、足先から指先まで感じることが出来るようになっている。
赤ん坊の自分のか細い魔力回路に流れる小さな魔力。それをこの数か月で認識できるようになったので、今度はその魔力を動かすことを試みる。
はじめは石にこびり付いた蔦のように動かないその魔力は、それでも根気強く意識を向けていると、砂粒くらいの魔力がようやく少し動く気配を感じた。その時にはうっすら汗をかいていた。よし。
これだけ?と感じるかもしれないが、初日にしては上出来だ。
この魔力操作を続けていくと、将来的には身体強化と術式魔術という、今までの人生で俺が主に使っていた魔法の使い方に不可欠な基礎が出来てくる。体力作りのように、地味だが重要なステップだ。
体の方も今までの人生と同じように健康に育っている。健康体は数少ない俺のの取り柄だ。生まれた直後のぼやけていた視界もはっきりしてきたし、体も操作が楽になってきた。顔もおそらく人らしく整ってきたのだろう。長男坊の俺を覗きに来る家族は日々笑顔を向けてくれている。視力が上がったおかげでそんな人の顔もよく見えるようになった。
…そういえば最近の人生では人の顔なんでまじまじと見ていなかったなあ…。反省…。
気を取り直して、家族の紹介だ。いつも赤ん坊の俺の世話をしてくれているのは主に母のセレネと乳母のメアリー。父のドロマイトは村の代表なことをしていて、朝早くに出かけ、夕方に帰ってくる。
赤ん坊の体のため起きていられるのは多くはないが、起きた時には俺のそばにはいつも誰かが居てくれ、時折優しい声をかけられながらあやされている。
以前の人生情報だが、父と母はこの村の生まれではなく、他の町から引っ越してきたらしい。近くに頼れる親族もおらず、育児経験がなかった俺の家は、はじめての子育てに友人の育児先輩に手伝いを頼んだ。それがメアリーだ。メアリーには俺より一つ上の子供がおり、育児に関して母セレネの先輩である。ちなみにメアリーの息子ライアンは俺の幼馴染だ。今世ではまだあったことはないけど。俺の親が子育ての要領をつかめば、いずれライアンにも顔を合わせるだろう。
メアリー、ライアンに会うのはもう少し待ってほしい。あいつはいつも元気すぎて魔力操作の訓練するとき気が散るんだ。
そんなふうに世話をされながら魔力操作の訓練を続けていく。魔力操作には体を使った時のように疲れたあとは動かせなくなり、少しずつ動かせる範囲が大きくなっていく。初めは動かせる量と範囲は小さく、だんだん大きくなっていくのだ。
その量が体を上回るようになると体の外の物体も動かせるようになる。そうして行使された力が一般に認識される魔法だ。
体の外で魔力を使うところからやり方が二つに分かれるのだが、それはそのときに話そう。
。今俺を抱きながらあやしている母セレナは、不思議そうに俺を見つめた。魔力の動きは目には見えないが、わかる人には感じ取ることができる。気にしないでくれ。母さん。
体を動かして魔力操作の訓練をした俺は、いつもの睡魔に襲われながら本能に抗わず眠りに落ちた。