47. 旧友
前方の狼の群れに近づくと、加速した勢いのまま、狼の一匹に狙いを定めてダイブする。強化した脚は狙い通り1匹の狼の頭部に着地して地面にめり込んだ。
そのまま目についたもう1匹に強化した腕で殴って吹き飛とばす。
2匹を伸したところで他の狼がひるんだので、改めて数を確認した。遠目で見たとおり、俺が今のした2匹を含めて5体だ。毛皮を見た限りでも若い個体の集まりで、老獪な年長者はいなそうだった。
その証拠に俺が場に乱入した時点で、他の三匹は怯えて近づいてこなかった。しかしこれからどうしようかな。村から出たばかりでまともな武器は実家からパクった小刀くらいである。
これでは殺傷力はあるが、今の俺の間合いでは致命的な傷はつけられないだろう。あちらが仕掛けてくれればいいのだが。そう思っているとちょうどもう1匹が迫ってきてくれたので懐から小刀を出し、襲ってきた牙をかわして柔らかい目を狙って突き刺した。獣の悲鳴が上がる中、呼吸を合わせて背後から襲ってきたやつに振り向きざま蹴りを入れる。
そうしている間にもう1匹が黒髪の人影を引きずろうとしたが、そいつはそいつで必死の抵抗でてこづっていた。狼は獲物におおいかぶさって俺には気づいていなかったので、がら空きだった背後から心臓めがけて短剣を突き刺した。
最後に襲った狼が動かなくなったところで、動ける狼達は毛皮から血を滴らせながらなんとか逃げていった。最初に頭をめりこませた奴もいつの間にかいなくなっていた。意外とダメージが少なかったらしい。遠吠えが遠のく中、心臓を仕留めた狼をひっくり返すと、その下から襲われていた奴が出てきた。
土埃と何創かの傷がでよごれていたが、正面から見た顔を見てやはり俺は確信した。
黒髪に浅黒い肌、目つきの悪いその少年は俺の知っている時よりずいぶん幼く見える。
一番直近ループの過去で行動を共にした、盗賊の棟梁だったアズライトが青い瞳でこちらを見返していた。
「…助けてくれたのは感謝する。だが勘違いするなよ、俺は一人でも倒せたんだからな!」
「…ああ、そう、だな。だが立てるか?」
「当たり前だ!」
俺が(体感)三年ぶりの再会に感動していると、見たところ10歳前後に見える少年アズライトは開口一番俺に食ってかかった。そうして土を払いながら俺の伸ばした手を避けて自分で立ち上がる。
そういえばこんな感じの素直じゃないやつだったな。それにアズライトの言ったことはおそらく正しい。実際彼一人でもこの時を切り抜けて生き抜いたのだろう。でなければ俺とアズライトは前回のループで出会うことはなかっただろうから。
久しぶりの友人は相変わらずで、俺は嬉しくなってしまった。
俺の記憶と同じような目つきの悪さで俺を疑わしそうに睨む旧友に俺は思わず目を細める。この厳しい世界で余裕をもって人に手を貸せる人間は多くはない。俺は何度もそれを実感している。そんな数少ない恩を受けた人間がアズライトだ。彼は俺の異世界人生で重要な人であるのは間違いない。
不機嫌な相手にかまわず俺の内心はルンルンなのだが、いかんせん俺の表情筋は死んでいる。結果的にアズライトは表情も変わらない見た目年下の子供が無言で自分を眺めている状況に数秒対峙することになっていた。しまった。村の人間は俺の態度に慣れているので他人の反応をすっかり忘れていた。
とりあえず咳ばらいをし、自己紹介する。
「俺はアウル。ミーシャ村のセレネとドロマイトの息子だ」
手を伸ばすと今度はアズライトも渋々手をとってくれた。
「…アズライトだ。カーンの村の出で親はいない」
そうだな。昔孤児だったと話していた気がする。
「ところでアズライトはどこに行くんだ?こんな田舎道を一人で行くのは危険だぞ」
「うるさいな!お前に言われたくない!おまえこそ一人で行動して迷子か?俺は迷子の案内なんてしないからな」
「失礼な。れっきとした一人旅だ。親の許可も得ている。」
胸をはって答えると疑わしそうに眼を細められた。まあ確かに親の想定していた旅程ではないが、村を出る許可はもらっているので嘘ではない。たぶん。
「で?どこに行くんだ?この道の先はオイバル町くらいしかないぞ」
自分の目的地に言うのもなんだが、あそこは子供が行くには治安が悪い。
「お前さては生意気なクソガキだな?だが知りたいなら教えてやろう!俺はオイバル町で傭兵になるのさ!俺は村で一番強かった!だから成り上がって何億も稼ぐ戦士になってやる。お前も小さいが腕っぷしは強そうだし、手下にしてやってもいいぞ」
俺の質問にアズライトは急に胸をはり、俺の前で講釈をたれた。しかし見た目はどう見ても小学校高学年くらいの子供なのでその様はごっこ遊びで調子に乗った悪ガキである。しかし俺はあの懐かしいアズライトが話すのが楽しくて内心ニコニコして聞いていた。
それにしてもアズライトもオイバル町が目的地!しかも傭兵になるということは四十八九傭兵ギルドに行くということだ。以前のループでは知らなかったが、アズライトは傭兵になった過去があったのか!俺のテンションはこんな偶然も相まってマックスだ。
「オイバル町に行くのか!だったら行先は一緒だな!俺もオイバル町の傭兵ギルドに用があるんだ。どうせ同じ道だし一緒に行こう!それがいい!」
「うるさいなお前?!勝手に決めるな!お前が俺についてこれればいいが、遅れても待たないぞ!」
アズライトは小柄な俺をじろじろ眺めながら鼻で笑った。これは確かにそうだ。今の俺は今年で4歳になる年だが、10歳ほどのアズライトとの体格差は歴然としている。
「そうだな!俺も追いつけるように頑張る。それはそれとして俺は急いでいるから走るけどいいか?」
「だからお前勝手に決めるなよ!走るくらいなら追いつけるかもな。だが俺が傭兵ギルドに先に入るからな。お前の用事がなにかは知らんが、俺の手続きが遅れるのは尺だ。」
「うん、うん!そうだなそうしよう。俺も加入するから順番にいこう」
「は?おまえ依頼するんじゃなくて傭兵になる気か?荷物持ちじゃないんだぞ」
「ああ」
傭兵ギルドには仕事があるが、主に加入している傭兵としての仕事とその傭兵に付随する小間使い的な、それこそ孤児などの子供が小遣い稼ぎにつくやつがある。加入は傭兵としての仕事を受けるために必要だが荷物持ちは特に必要なく、頼まれた人間に報酬を少しもらうものである。
俺の小ささからみて地元の依頼が荷物持ちをするために行くのだと思われたらしい。実際ギルドは年齢制限もあるので子供は登録できないところも多い。まあそれもふわっとしてるので俺はこの年齢制限をごまかすつもりである。だってそうじゃないと目標達成できないんだよ。必要詐称だ。
ちなみに年齢制限は10歳である。アズライトもぎりぎりだ。
「とにかく、助けられたのは事実だけど、俺はお前みたいなチビとつるむつもりはないからな!」
「そういうなよアズライト。袖降る縁もなんとやらというじゃないか。それでいうと俺は狼ごしだが触れまくっている。仲良くしようぜ」
「よくわからん田舎のことわざを出すな。そうだ、こいつどうする?」
うざめに絡んでいると話の中で顎で指された方の狼の亡骸の話題になった。そういえばいたなこいつ。アズライトの登場ですっかり忘れていた。
うーん。正直荷物になるからいらないんだよな。
「俺はいらないから、お前にあげるわ。」
「はあ?お前手柄を横取りしろと?」
「いや荷物になるし、正直重いから」
そういうとアズライトはなんかをかみつぶしたような顔をしていた。まあたしかにアズライトにとっても重そうではある。でも金にはなるからな。
「ふん、まあ毛皮はいくらかにはなるか。お前あとで返せと言っても返さないからな!二言はなしだぞ!」
「うん全然いい。それより早く一緒に行こうぜ!」
速さだけを重視する道の予定だったが、アズライトに会えたことで楽しくなってきた。予定は変えるつもりはないがこれくらいはいいだろう。という訳でアズライトが狼の重い内臓だけ取るのを手伝った後、俺たちは旅路を再開した。




