43. 村を出る前
「父さん、母さん。話が」
「なんだ、また何かやりたいことでも思いついたか」
一日が終わり、家に帰って両親に声をかけると、食卓の後片付けをしていた二人はすぐに振り向いた。
俺の村での活動に慣れてきたのか、そうでなくても村に帰って来てからずっと俺の意見を積極的に聞いてくれる。俺も昔より意見を言えるようになった。コミュニケーション万歳。今までの人生の俺に見せてやりたい。
春が近づいてみんなの心に余裕が出てきた頃、近くの村の知り合いが心配だと村の一人から相談が来た。
村から出る人間はあまりいないが、ゼロではない。相談に来た村人の息子がそうだ。実は俺の生まれた村は、他の村や町から逃れてきた人間達が始まりだ。隠れ里のようなものである。そのなごりか周囲との交流は基本的に積極的ではないが、年月が経つにつれてその意識も薄れていった。周囲の領主に認知はされていないが、交流のある村はある。
要は生まれた村を出ていった息子の様子が気になっているとのことだ。去年の秋の収穫の直後、数少ない交流のあった近隣の人間から食料の相談が来ていた。彼の息子がいついた村からだ。しかし当時はこちらも凶作で余裕がなかったので断った。らしい。そんな厳しい冬の食料事情も俺の村では変化があり、自分の生活に余裕が出てきた。そのあたりで雪のとけつつある季節で息子の住む村への道が出てきた。できれば血縁を支援したいのであろう。
俺は条件付きで承諾した。
もちろんここが隠れ里なのは村では皆周知の事実なので、相談にきた村人は皆に伺いを立てたわけだ。村の状況を変えた要因である俺を交えての集会で。
数少ない付き合いのある村は辺境と言えども属している領がある。俺たちの村はそれより更に山奥になって一番近くの村からも交通の便が悪いが、年貢を求めてくる権力者には存在を知られたくはない。この世界は日本のあった世界より国家権力は弱いのでうちの村みたいのは珍しくない。珍しくはないが、権力者に知られれば面倒なのは変わりないのだ。
よって動きを慎重にするため、その息子には森へ食料を探しに行くという名目一定期間俺たちの村で働いでもらい、報酬に食料を与えるという形だ。対価を育てた芋や干肉にすれば森に向かったという言い訳も立つだろう。
今の村はいつもの冬に加え新しい畑や狩りのため人手不足なので人員ではいくらでも欲しい。何なら将来村に戻ってきてくれるなら万々歳だ。気分は限界集落の村おこしである。
話し合いの後さっそく人間が来てくれたので畑の働きを頼んだ。村の秘匿性に関しては外に出た人間でも育った場所なので話が早い。さっそくやってきた息子をしごきながら村人は嬉しそうに働いていた。一度勘当した息子だったが心配は常にあったらしい。しばらくは通いでやっていたが、最近は仕事に慣れてきたので家族をよびよせようという話もでてきた。村おこし計画は順調である。
はじめの人の受け入れもできたので、この調子で紹介を通じて人が少しずつ来てくれれば村は賑やかになるだろう。今は人の紹介だけでおさめているが、救える人が増えるのは気分がいい。俺が直接教えずとも指導してくれる人間が増えてきて手は離れるばかりだ。本当に一段落というところである。
和気あいあいと新しく入ってきた人員の話題で盛り上がった家族の食卓で、俺は両親に相談をすることにした。
「俺、この村を出ようと思う」
俺がそう言ったとたん、久しぶりに家の居間の空気は固まった。




