42. 栽培指導
「この植物の特徴はサークル上の周縁を作り、内部の環境を自分の好みに保持することだ。このサークルはの内部は他の植物にとっても好ましい条件になり、結果的に植物の群生が起こる。森で見つけた時には周りが雪の中花畑みたいになっていた。このサークルを発生させるには最低株が決まっている。余裕を持った数で畑を囲めば、今の気温でも作物が育つ。」
「だが何を育てるんだ?土がよくなるとはいえ、日もでない冬に育つとは信じがたいぞ」
集会所で今栽培できる植物講義を行うと、そのまま実際に外の休耕地で実演を行なった。教えている村人は現役農民なので栽培に関する質問が上がる。気分は日本のJA職員だ。
「この時期でもできるのがこの魔草の強いところだ。持ってきた株は少ないので計算して使ってくれ。あとサークルの中に植えるのはこれだ」
「これは?」
「寒さに強いやつ。芋みたいなのができる。森の花畑の中で生えていたから育つぞ」
本当は昔読み漁った植物図鑑で見た近似物を森で探したものだ。そのあと実験的にサークル内で成長を加速させた実物をここに持ってきて見せているので嘘ではない。
「ここに更に植物の促進魔法をかける」
「促進魔法?なんだそれは」
「成長を助ける方法だ。本来春に植えるものだけど、できれば冬が終るまでの食料にしたいし、春に植える種芋も増やしておきたい。だから魔法の力を借りる」
そういいながら俺は構築した魔法陣を畑の大地に掘り込み、植えてもらった植物にかける。ついでに光の効果も魔法陣に盛り込み、太陽光の代わりにした。さすがに魔力が足りないので、森でも使った熊の魔石を主なエネルギー源にして、俺の魔力は起動時にだけ使う。
プロモーション用にも特に成長を加速させる魔術を別に行使して目に見える成長をさせると、周囲から声が上がる。そのあと母に調理してもらった植物を食べてもらったので、みんなの感触は悪くない。追加で出てきた質問に答えていく。
そうして人に栽培方法を教えながら、今休ませている畑を少しずつ使っていった。
全部の畑を使うわけでもないから、いつも育てている麦も育てる畑は残る。本当はこれから数年あまり育たないのだけど、種もみも大事だし、不作が落ち着いたころにはまた作れるようになるので平行して育てよう。
畑を貸してくれる人には後でもめないよう育ったものの配分も決めておいた。緩い田舎なので取り決めの必要性にはみんなピンときてはいなかったが大事なんだよ。まあ村全体が親戚みたいなものなので食料の共有はすんなりと受け入れてくれた。
協力体制を確認しながら役割分担も決めていった。初めて育てるものがほとんどなので、必要な作業と人数をまた集会ですり合わせる。
前世村を指揮することになった時は、ろくに説明をせずに指示だけをして働く人と距離が出来ていたので、この後の村人の質問にもすべて答えていく。方針を示されずに命令されるのって嫌だよな。気づくのが遅すぎるぞ自分。知り合いに刺されない人生を歩みたいのでがんばった。おかげで普段しゃべりなれない俺の頬は筋肉痛になったけど。
冬に異例の畑仕事によって村は活気だって忙しく日々を過ごした。魔法陣を利用した植物の育成促進を進めながら、森での狩りも行われるようになった。
俺が大熊を倒したことで立ち入り禁止の決まりをいったん停止し、動けるものから狩りに駆り出している。サンダー爺と同世代の爺さんたちは昔猟をしていた世代なので、監督官として引退から復帰してもらった。サンダー爺さんぶつくさ言いながら協力してくれる。申し訳ないので山歩きのあとに関節に効く薬草を煎じている。苦い味に文句をいいながら心なしか活発に活動するようになった。娘さんとの同居を断って一人暮らししていたのに、今では寄合所によく顔を出している。
そうこうしているうちに寒さが和らいできた。まだ緑はまったくないが、春が近い。食料の配給のおかげで、俺が森から帰るまでにあった疲弊した村人たちの顔はなくなっていった。死人もいない。よかった。
春になれば魔法陣がなくても作物が育つ。あの花畑を構築する魔草は丈夫で有用だが一気に増えることはないため毎年稼働している畑すべてに使うことはできない。今度は森の肥沃な土を畑に移して何とかする予定だが、今は土が凍って固いので春になったらやる予定だった。
そのことを伝え、手が空いているものに溶けつつある柔らかな土を探して回収する。冷夏が原因なので養分がすべてを解決するわけではないが、やらないよりはましだろう。
言い出しっぺが俺なので、ただでさえ村のあちこちを移動していたのだが、その間にも声をかけられ助言を求められた。話し合いは大事という信条の元、その都度あっちこっち動いた結果、現在俺はちょっとした寝不足になっている。それを加速させるように今あることにとらわれてしまっていた。
「それでつぎはつぎは?」
「とくにもう話すことはないぞ?熊の攻撃は当たったら死ぬから、当たらないようにだけは気をつけたくらいだ」
「じゃあ魔法を使うところからもう一回!」
「勘弁してくれ…」
はい。俺はいま暖炉の前で数人の子供達にかこまれながら森での話をせがまれ続けている。
同世代の人間には俺たちがいなくなったことはライアン以外気づいておらず。俺たちが森から帰って来てからは弟のオーシャンがいつのまにか集会のたびに子供の集まりで修行の話を披露した結果、娯楽にうえた子供の間では弟の主観から見た冒険譚が圧倒的な支持を得てしまっていた。
子供は忙しくしている大人たちよりも時間がある分、弟の話を聞いた結果、俺がやったなんちゃって身体強化合宿の修行をみんな真似し始めている。今ではライアンをはじめとして一大ブームだ。
はたから見れば漫画の中の必殺技を練習するようなほほえましいものだが、問題なのがここは魔法のある世界だということだ。ほとんどの子供はごっこ遊びで終わったのだが、実際に魔力操作を覚える子が出てきたのだ。その代表がライアン。めっちゃ使いこなしていて怖い。まあこの世界で強いことは良いことだけど。忙しい俺の代わりに最近はオーシャンとよくつるんでいる。
年齢差がある分体の基礎はライアンに分があるが、オーシャンは身体操作でそれを補っているためいいバランスだった。
最近は同伴者ありで大人たちの狩りにも参加している。オーシャンは俺との合宿生活で慣れているのでこれは得意分野だ。大活躍している。突っ走ることもあるのでたまに俺がいさめているが、元気に走り回り、家に帰れば親がいて暖かい寝床で眠れて幸せそうで何よりだ。
そうして森と村での生活にみんなが少しずつ慣れていった。あちこちに引っ張りだこの状況も、父さんと一緒に相談しながらシステム化していったので最近は少なくなっている。畑の管理にも慣れてきたのでつけ焼け刃的に今後の育成について知識を教えた。春になって畑の種まきが終われば忙しい時期も一段落だろう。俺が維持している魔法陣も気候が安定すれば必要なくなる。
そうなれば、一安心だ。初夏が来る前に村を出よう。




