04. 赤ん坊再起
何度目かわからない産声もそこそこにおとなしくして寝かされた赤ん坊の俺は、直前の死の満足を味わいながら、俺に足りないものはこれだったのかもしれないと思った。
つまり、今までは鞭だけで兄弟達に厳しくしか当たってこなかった。家族を守るためなのだから自分がやっていることは正しいのだと信じ続けて。
違うのだ。必要なのはきっと厳しさだけでないのだ。今回の人生で俺は初めて自分から人の下について気づいた。
生きるには、生きるための正しさだけでない、人との関係を築くことがきっと重要なのだ。
もう一度やってみよう。この村で。
これまでの俺はもう作業のように人生を行き当たりばったり解決してきた。
人を頼り、もしもの時は自分も助ける。今までの俺に足りなかった物はきっとこれだったのだ。山賊頭のアズライトが築いてくれたような関係を、自分も目指してみよう。
なんだかんだ、こんなにやさぐれていてもやってきたのには理由があって、結局俺はこの故郷が好きなのだ。優しい母親と無口だが必死に村全体のことを考えている親父。生まれてすぐから一緒に遊び、三つ目熊の森で一緒に置いて行かれた兄弟達。そんな家族を放っていはいけないと、できないと、それだけでここまでやってきたのだから。
産湯で洗われですぐ、おなじみの揺り籠に寝かされた俺はさっそく行動を開始した。といってもさすがに赤ん坊の身でできることは少ない。限られた籠の中でできることは、これからの体のためのセットアップだ。
赤ん坊特有の抗いがたい眠気を我慢し、感覚を頼りに体内を探っていく。すると体の中に血管のような道筋が通っているのを感じる。
よし!今回も上手く魔力回路を認識できた。魔術を使うには不可欠な一歩はひとまず突破だ。
これまでの人生で徐々にルーティン化してきた、新生児でもできるトレーニングだ。
異世界転生モノをお読みの方々は想定できそうだが、転生して初めに試すといえば魔力と身体の増強だろう。俺も例にもれず、はじめの人生から試し始めたのは、魔法による強化とついでに身体強化の訓練だった。
魔法の存在は認識していたが、はじめ使い方さえわからなかったため、身体強化を試行錯誤していた。
しかし生まれたばかりの肉体は骨も筋肉もふにゃふにゃで、強化はもちろん、後で魔法で強化しようにも資本の体がダメになってしまったのだ。あれは何時の前世だったか。早く魔獣を倒せるくらい強くなりたいと、植物魔法の応用で幼児の時に促進魔法を自分にかけた時だ。
体は瞬く間に大きくなったが、骨の強度が子供のままで、成長するにつれ苦労した。おかげでその時はろくに体が使えず必死に魔法の腕を上げるしかなかった。
まあ結局その前世でも死んだんだけど。
・・・生まれてすぐだがさっそく悲しくなってきちゃったな。
気を取り直して、俺は目を閉じて意識を集中した。先ほど認識した魔力回路は問題なく脈打っている。いつの人生でも赤ん坊の時の体は変わらない。
ただこの認識だけでも、初めはめちゃくちゃ疲れるんだよな。
そう思いながら俺は、再び襲ってきた睡魔に今度は抗わずに意識を手放した。
翌日目を覚ましたときにはもう夜が明けていた。寝すぎる赤ん坊を乳母のメアリーが心配そうに揺り籠の上からのぞいていた。メアリーは俺が生まれる前から俺の家で働いてくれている家族のような存在だ。母と同じ年代で、どの人生でもお世話になっている。
いやすまん。ふつうの赤ん坊はもう少し腹が減って泣いたりするよね。ただもう赤ん坊モードが何回も体験しているもので、本能を抑えるのも慣れてしまった。空腹には慣れすぎてしまったし、魔獣に立ち向かうには自分の恐怖、抑える必要あるよね。
しかし体が育たないのでは本末転倒なので、有難く食事をいただく。乳を摂取し始めた赤ん坊の俺を見下ろして、メアリーはようやくホッとした表情を見せた。
この世界の人々は結婚が早い。メアリーも俺の母親のセシリアも、まだ十代後半だ。
現代世界だったらまだ学生に見える幼げなメアリーもすでに結婚して家庭を持っている。俺と同じくらいの赤子がいるメアリーは、自分の子供の世話をしながら、うちの家に奉公しに来てくれいていた。
まあ幼少期の俺にできることなんてほとんどないからな。おしめと食事の時間は虚無になって過ぎ去るのを待つようにこれから過ごす。スルーだスルー。
おなかが満たされれば睡魔に身を任せ、起きると再び俺は魔法の練習の続きを始めた。
そうしてしばらく俺は赤ん坊の日々を過ごしていった。