37. 私の決断
「セレネ!」
夫の声が狭い家の食卓に響いた。無理はない。私はずっと夫の決定に従ってきたのだから。生まれた町でも、そしてこの村に来てからもずっと。だけど私は今日初めて自分で決めた。
「あなたは黙っていてドロマイト。サンダーお爺さん。すぐに手紙を書くので少々お待ちください。」
私は夫の訴えを抑えて座っているサンダーさんに待ってもらい、机の引き出しから紙とペンを用意した。
黙々と机に向かい、ペン先にインクを浸す私に夫が詰め寄る。無視して文字を書き始めるとブロマイトは私を説き伏せようとした。
「セレネ、よく考えろ。確かに俺達はサンダー爺の持ってきてくれるもので助かっている。
だが、これが本当にアウルが用意したものだとして、この手紙に書いてある食料は子供が考える量だ。
期待はできないだろう。そもそもその手紙がアウルである確証はどこにもない。
そうすればこの村の問題は解決できないままだ。」
冷えた頭は夫の意見を聞き流し、紙に連ねた返信は四行目にさしかかった。紙から手を離さずに私は言葉を紡ぐ。
「ブロマイト。私は貴方を尊敬してきて、とても愛しているわ。でもあの日の決断は正しかったのか今までわからないままだった。
お爺さんの持ってきてくださった食べ物の量なんて本当は関係ないの。
アウルが生きていて、この家に帰りたいと言ってくれるのなら私は迎えるわ。もしその結果冬を生き延びられないのなら、今度は私が森に行く」
「セレネ!」
夫は決して愛情が薄い人ではない。そして今までもこれからもきっとそうなのを私は知っている。
だけど、あの日彼は村全体を守るためにあの決断をしただけなのだ。
「ブロマイト。私、貴方についていったこと後悔してないわ。いつも皆のことを考える貴方が、私のためにあの街を抜け出したこと、嬉しかった。今までもこれからも。私は今、あなたがしたような決断をしたいと思うの。この一回でいいの。
それからはこれまで通り、あなたの決断を信じて、言うとおりにする」
言い終わる頃には手紙は書き終わり、夫は黙っていた。インクを暖炉の傍で軽く乾かして折りたたみ、待っていてくれていたサンダーのお爺さんに渡した。ついでになけなしの麦で焼いたパンの欠片を包む。
サンダーのお爺さんが今まで持ってきてくれていた食料は、乾燥などの素朴な加工をしたものばかりだった。アウルが作ってくれたものであるのなら、森では加工したものを作るのがおそらく難しいのだろう。お爺さんは黙って包みを受け取ってくれた。
そのまま彼はと玄関へ向かう。扉に手をかけた時、夫が彼を呼び止めた。
「…待ってくれ爺さん」
「なんじゃ腰抜け。止めても無駄じゃ。儂は這ってでもあんたの奥方の手紙を届けるぞ」
「いや、そうじゃない俺も」
そう言うと夫は机の紙を一枚とった。
「俺も手紙を書く。だからもう少し待っていてくれないか」
そのあとサンダーお爺さんにはもう一度、夫が手紙を書くあいだ待ってもらい、私達の手紙は届けられた。




