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31. 差出人不明の手紙


ドンドン


 雪が音を吸い込む季節に不似合いの訪問音が玄関の扉から聞こえてきた。

 いつもの冬であれば訝しがって夫のドロマイトと顔を合わせるところだが、最近この時間に来る人と言えば大体わかるようになった。私は恐る恐る、しかしたしかに少しの期待を込めて扉を開ける。

 玄関を開けると、そこには狩人の防寒服に身を包み、杖をついた老人が立っていた。


「今回は鶏肉だ」

「まあそれは、あの、いつもありがとうございます」

「ふん」


 肩の雪も払わずに家に踏み入った訪問者は、前回の訪問と変わらず不機嫌な顔のまま、持ってきた包みを机に置いた。ちらりと包みを見たところ、彼の言う通り大きな肉の塊の様だ。それも恐らく獲ったばかりの新鮮なものだ。

 やってきた彼は村のはずれ、森のほど近くに住んでいるサンダーという村人だ。村の皆はサンダー爺と呼んでおり、昔は森で狩りを行う少ない狩人だったらしい。村に来てからまだ日の浅い私たち夫婦は、村の集まりに姿を現さない彼は遠目に足をかばって歩く姿しか知らず、これまで疎遠だった。

 そんなサンダー爺が我が家を訪れ、少なくない食料を数日おきに持ってくるようになったのは不作の収穫を終え、厳しい冬がきてしばらくのことだった。

 その日は今日と同じように、凍える雪の日だった。昼になってもどんよりとした雪雲が日が暮れた後のような空を窓に映していた。


 私たち夫婦の間には、あの日を境に家の中でも冬のような空気が立ち込めている。子供たちを、森で“迷い子”にした後、静かだが仲の良かったはずの私たちの間には平穏を嫌悪するような不文律が流れていた。

 あの決断をしたのは夫ドロマイトだ。世間知らずの小娘であった私を侮ることなく、あくまで対等に接してくれた彼に惹かれてついていった。そして共に過ごした日々は穏やかで幸福だった。この秋の凶作がおこるまでは。

 冷夏からの稲の病気で村の主産業だった麦作が見込めず、ついで病害の虫もつき、蓄えの少ないこのミーシャ村は一気に荒んだ空気が立ち込めていた。

 村の集まりで冬の間の食料が、まだ働き手でない子供達の分もないという話になったとき、初めにその提案をしたのは夫だったらしい。らしいというのはその集会の後、ふさぎ込む私を見かねて村の世話役の奥様が話しに来られたからだ。

 ブロマイトはこれからおこる被害を少なくするために必要なことだと、よそ者だがここのまとめ役をしてる身だから、示しをつけるなら俺からやろう。

 と、集まりの際に発言したらしい。


 奥様は重ねて、冬の間に一家丸ごと潰れてしまうのはいけない。この冬が終わったらまた、次の子を考えればいいと言った。そんな慰めにもならない言葉にカッと頭が熱くなるのを耐え、玄関まで見送った後、そういえば夫は、そんなうわべだけの慰めも言い訳も、これまで言わなかったことを思い出した。彼は昔と変わらず現実を見つめ、そしてあくまで全てに対して誠実だっただけのだ。

 彼への怒りはその日から下火になったが、そのあと浮かび上がってきたのは、結局は彼の行動を止めなかった自分への憤りだ。

 あの日の夜、彼が玄関から出る音を、自分の部屋で閉じこもって聞かないようにしていた自分も、結局あの子たちを見捨てたのにかわりない。 

 夜明け前に帰ってきた夫を出迎えもせず、それでも夜が明けて自室の扉を開けた家には、もう三人の子供達はいなかった。料理も、五人で暮らしていた時より小さな鍋で作っても余ってしまう。作る量に慣れるのにしばらくかかり、慣れるころには慣れてしまった自分が更に嫌になった。


 子供達のいない冬の雪は日に日に強さを増し、水のようなスープでも日々が苦しくなって村全体が閉じこもったようにわびしくなったころ、サンダー爺は吹雪の中突然やってきたのだ。

 初めの土産は数束の干した肉だった。貴重な食料を付き合いの無い自分たちになぜ持ってきてくれたのか聞いても、不機嫌な顔を隠しもせず帰り、またしばらくして今度は魚の干物を置いていく。そんなことが数回続いた。

 初めはサンダー爺が危険な森で狩りをしているのかと思った。しかしそう質問したところ彼は黙って杖で不自由な脚を叩いて否定し、ただでさえ皺の寄った眉間の皺を増やしてこちらを睨んでから小声で悪態をつくのでそれ以上聞くことはできなかった。

 そうして彼は今日も、貴重な食料を不機嫌な顔で我が家に届けに来たのだ。

 

 いつもは来てすぐ用事は済んだとばかりに不愛想な顔をして飲み物も飲んでいかずに出ていくサンダー爺は、彼には珍しくすすめた飲み物にうなずき、どっかりと椅子に腰を下ろした。痛むのか、引きずっている方の足をしきりにさすっている。

 干したハーブで申し訳程度に香りをつけた湯に口をつけると、サンダー爺はむすっとした顔のまま机の上に一折の紙を置いた。


「儂は字が読めん、お主らが読め。話はそれからだ」


 読め、というからにはそれは手紙の様だった。この村では文字を読める人間は少ない。よくて自分の名前を書けるくらいで、文章などが出てくる書類は街からこの村に来た私たち夫婦の役割だった。そんな私たちに一体誰から?もしや私達の実家から?そう思ったが駆け落ち同然で出ていった私達の居場所を彼らは知らないはず。もしかして私たちの居場所をつかんで?

 折りたたまれた漉きの荒い紙を開くと、見慣れない筆跡がそこには並んでいた。その文字を読み始めると、それは家族は家族でも、予想にもしなかった相手からの手紙だった。 


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