30. 帰郷の布石
深夜の訪問から俺の生活ルーティンにサンダー爺への食料配達が追加された。といっても毎日ではなく数日に一回のペースだ。こつこ作り続けてきた保存食が貯まってきて、保存庫の整理も必要だなと思っていたところなので、サンダー爺のところに食料を置けるのは素直に助かる。森での生活に支障のない程度に俺は一人で持てる量を抱えて夜にサンダー爺の家を往復するようになった。サンダー爺はそれを雪のない日に俺の両親のところへ少しずつ届けてくれているらしい。面倒見のいい爺さんだ。
爺さんへの食料配達もあったので排出は始まったが、それでも保存用の洞窟が狭くなっていくのは早かった。最近は弟のオーシャンも俺と一緒に狩りをするようになり、食料の捕獲量が増加したためだ。
始めに出会った雹赤熊はこの森の食物連鎖の頂点だったため、もうあれくらいの獲物はいないが、魚に始まりウサギやアナグマ、鳥などを獲っている。大量にあった赤熊の燻製の処理が一段落して時間が出来たのも理由の一つだ。
今は川が近くにあったため、捕獲したウサギの解体をオーシャンに教えているところだった。
「ナイフはこまめにぬぐった方がいい。油が回ると切れ味が悪くなる」
「うん、こう?」
「そうそう上手だ、手を切らないようにな」
「うんっ」
オーシャンは教えた手順で一生懸命小刀を動かしていた。
弟に教えることで口下手だった俺の口も当社比滑らかになっている気がする。以前の人生では説明なんでいらないと思い「まずやってみろ」と肉体言語に頼ってきた。俺がそうやって学んできたのもあるのだが、今思えばパワハラもパワハラ、ひどい横暴だ。刺されても当然である。今回はそんな結末にならないようやっていきたい。
遊び以外に狩りをするようになって、身体強化の使用場面は格段に増えた。そのため俺だけでなくオーシャンの魔力も順調に増加中だ。身体強化は実践がものをいうのでオーシャンが気兼ねなく使えるようガンガン一緒に狩を行っている。オーシャンがぐんぐん成長しており、たまにやりすぎて急に電池が切れたように眠ってしまうくらいだ。そんなときは俺が背負って拠点に帰る。
それもあって食料はむしろ増加中だ。
兄弟達と戯れる中、俺は怪我をしないよう下の様子を見ながら自分の訓練を始めてた。
最近やっているのは術式を使った魔法、いわゆる魔術だ。
俺は訓練のおかげで一般的な人よりは魔力を多くできているが、それでも生え抜きで膨大な量を持つ魔術師にくらべるとちっぽけな量しか魔力がない。
魔術は面倒な術式を展開させる必要があるが、魔力の消費が少なくなるという利点がある。そのため一般人の俺は好んでこの魔法行使を使ってきた。
これは森に来てからある程度魔力操作ができ、体外に魔力放出ができるようになったので最近はじめた。魔法は基本的に魔力を外に出して行使すると定義される。身体強化が魔法の一部と認識されていないのはこの定義のためだ。学問的な線引きはともかく、魔法は子供の時に魔力を外に使うと魔力神経の成長にあまりよくないとされているため今はあまり使わない。雹赤熊を倒したときや湖での行使は緊急事態だったので使ったが。
それでこの魔術、適齢期外にかかわらずどう訓練するかというと、実は火をだしたり魔力を現象に具現化しない限り、術式を組む分には体にも問題がないのだ。例えて言うなら水路のようなもので、中に水が流れていないうちは、水流で水路の壁が削られず、劣化しないのに近い。
ということで俺は頭の上に円形の術式を展開し維持していた。魔術術式の基本の二重線の円環文法だ。今は動力源の魔力は流さないが、実際に使うにはブレずに図形を維持することが求められる。これを応用するといろんな魔術陣に展開できるのでシンプルだが大事な基礎だ。
「あぶー」
「なんだブライト」
「だー」
基礎術式の展開を三つに増やしていると背中におぶっていた妹のブライトが空中に手を伸ばしていた。
具現化していない魔力は慣れなければ目には見えないが、感じることが出来る。人間がみな魔力を持っているからだろう。
ブライトも術式に使っている魔力を感じ取ったようで、興味を示していた。せっかくなので魔力をカエルの形にして、跳ねるように動かしてみた。するとブライトの目もそれを追った。それを続けると夢中になったので、いいあやしネタができたと思いながらしばらく展開し続けた。
術式の維持は集中力も必要なので、訓練にもちょうどいい一石二鳥の遊びを見つけられて嬉しいな。そんなこんなで昼間は過ぎていった。
夜、また二人が寝静まった後、俺はふところから先日サンダー爺からもらったものを取り出した。おりたたまれたそれは少し黄色みをおびて薄く、何枚か重なっている。
紙だ。爺さんに頼んで数枚手に入れてもらったのだ。村では紙はほとんど使われないし、もちろん森では入手できない。でも俺は爺さんと相談して紙を調達してもらい、両親に手紙を書くことにした。ある日急に俺たちが帰ると言われても信じられないだろうから。
寝息を立てる二人がおきないように油で火を小さく灯し、草の汁を絞ったインクもどきで文を書き始める。ペンはハンドメイド羽根ペンである。
描いた手紙は次に爺さんが両親のもと行ったとき、一緒ににわたしてくれるらしい。
下の弟妹のこれからの情操教育のためにも俺の計画には両親の協力が不可欠だ。サンダー爺は言伝で説明もしてくれるというが、爺さんは俺に負けない口下手である。最低限の要領はわかるように書かなければ。
一つは俺たちは森で食料を見つけ三人とも生きていること。二つ目は見つけた食料が多いので村に持って帰れること。最後に村に帰るとき、下の二人には森でキャンプをしていると思っているため、俺はいいので長く帰ってこなかった子として特に弟のオーシャンを迎えてほしいこと。
俺はうんうん唸りながら文面を考えてペンを進めた。




