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26. 郷愁


「にいにー、ここにもリスの巣ある!」

「おーそうかそうか」


 身体強化を使えるようになって以降、弟のオーシャンはコツを覚えたのか、めきめきと魔力を使いこなしていった。

 身体強化を覚えた後はジャンプの着地練習から始まり、三日もすれば住処のツリーハウスの入り口に一跳びで駆け上がるようになって、今では木の上にある獣の住処をみつける遊びにはまっている。主に鳥とか今見つけたリスみたいな巣をだ。

 森での行動も弟が俺についてこれるようになったので、一緒に移動しながら森の資源回収もできるようになった。まさかこんなに早く弟とバディ行動できるとはな。


「うぶー!」

「はいはい。ブライトもいるいる」


 弟の成長に感じ入っていると背中に搭載中の妹に文句を言われたので適当に相槌を打った。村にいるときに乳離れが済んだばかりだったブライトは予想以上に森の生活に適応し、肉食中心の生活を謳歌している。がんばって離乳食を作る毎日だ。

 ちなみに弟が探したリスはかわいらしいが立派な夕食のおかずだ。特製スープはブライトのお気に入りでもある。

 既に小動物を何匹かと燃料に使えそうな枝木を見繕った俺は、腰にいくつか獲物をぶら下げて待っていた。

 すぐに下りてくると思っていたオーシャンはなかなか降りてこない。気になったので弟のいる枝にするりと登ると、頂上近くの幹まで登っていた弟の視線は遠くを眺めていた。


「どうしたオーシャン?」

「・・・」


いつも元気爛漫な弟だが、珍しく静かだ。しばらく待っているとやがてぽつりとつぶやいた。


「とおちゃんとあちゃん、どうしてるかな」

「・・・」

「ここからならおうち、みえるかとおもって」


 弟と俺が登っている松のような針葉樹はこの辺りではあたまひとつ抜き出た大木だ。ただし樹高の高いこの木でも、奥深い森景色は、白い大地と棘のような黒い木々の二色だけだった。

 ここにきてからもうすぐ一か月くらいにはなるだろう。修行という俺の情報工作を信じて家を離れた弟が、寂しがるのも無理はなかった。


「オーシャン、ちょっと遠出だ」

「にいに?」


 時間は夕暮れ前、空はまだ明るいがオーシャンの今日使える魔力は残り少なくなっていたので、俺は妹のブライトを胸の前に抱えなおし、オーシャンを背中に背負って、立っていた枝から飛び出した。


「うわっ!」

「ちょっと飛ばすから、しっかりつかまってろよ」


 そう言うと弟のスピードに合わせて加減していた身体強化を強めにかけて、周囲の地形を思い出しながら、とある場所に向かった。




 目的地に到着した俺はそのままそのあたりで一番大きなな岩肌に登っていった。大岩の頂上は平らになっていて、子供二人くらいならたつことが出来る足場がある。


「にいちゃんここどこ?」

「霧留の峠だ。それより、あっちの日が沈む方を見てみろ。」

「?あ!あれ!」


 夕日で赤く染まった東の空に目を凝らすと、森のふもとに小さな灰色の集落があるのが見えた。煮炊きの煙は見えないが、そこには確かに田畑が広がり、民家がまばらに建っているのが見える。俺たちの故郷、雹赤熊の森の終わりにある村、通称ミーシャ村だ。

 今の村の生活の内情を考えると複雑な気分になるが、いつの人生でも見慣れた、俺たちの故郷だ。村の様子を必死で目を凝らす弟に俺は目線を合わせて村の方へ指さす。


「あそこが俺らの家で、あそこがアンネの家、あの広場は寄合所の庭だ」

「村はあそこにあるから本当に帰りたくなったらいつでも帰れる」


本心としてはまだいろいろ下準備が欲しいが、いつでも帰れるのは本当だ。俺が森に兄弟二人を連れてきたという負い目もある。


「修行は終わりになるけど、オーシャンは帰りたいか?」

「・・・」


ーーーーーー


『でも今帰ったらもう肉は食べられない』

『修行を途中で止めたらもう教えてやらない』

『母ちゃんは心配性だから、でていった俺達を二度と外にだして遊ばせてくれない』



『ほんとうは、俺たちは口減らしに捨てられたんだ。いまさら帰ったって母さんたちは喜ばない』



ーーーー


 不快な言葉で弟の寂しさを怯えに塗りつぶすことはできる気がした。

 俺は中身は成人済みの大人だし、これでもこれまでの人生では手段を選ばずに自分の望む方に身近な人間の行動を捻じ曲げてきたこともある。


 でも、今の俺はそんなこと選択肢が見えてもしたくないと思っている。

 今世、弟に向かい合って付き合った結果、まっすぐ慕ってくれる兄弟を知ってからは、弟の本心にそわない行動はできるだけしたくなかった。

 だから最悪いますぐ森での生活が終わってもなんとかしてみせる。計画は崩れるけど、行き当たりばったりの行動は俺の性分だ。

 そう思いながら、弟にもう一度つぶやいた。


「オーシャン、村に帰ってもいいよ」

「ーーーへのーーやげ」

「ん?」

「俺、かあちゃんへのおみやげとれてない」


 お、おう

 予想外の言葉にとまどっていると、オーシャンは言葉を続けた。


「にいちゃんみたいに強くなって、えものとれてからかえる」

「・・・そっか、じゃあ修行がんばるか」

「うん!!!!」


 顔を上げた弟の顔は晴れやかだった。

 うちの弟が健気でつらい。俺が言った母さんへの誕生日のことをしっかり覚えていたのだ。優しい子だ。本気を出せば既に狐も狩れる実力は持っているのに。いつの間にこんなに優しくて強い子に育ったのだろう。みんなに見せてやりたい。俺は遠い過去の我が子を年賀状にする人間の気持ちを初めて理解した。


「にいちゃん木の家にかえろう!きょうそうで!」


 無邪気な弟の笑顔に頷く。オーシャンが無意味に傷つかなくてもいいように、これからできることを精一杯しよう。俺は改めてそう誓った。


「そうだな帰ろう。どっちに行けばば帰れるかわかるか?」

「わかんない!」


 わからないんかい。


 意欲に満ちた弟の気の抜ける返事に力がぬける。つい笑いながら、俺たちは森の拠点へ帰った。


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