22. 湖からの帰還
湖から走って帰った俺は窯の近くに備蓄していた薪を使って火をおこし、濡れた服を脱ぬがせた後に俺の服をかぶせ、焚火に当たらせた。オーシャンが温まっている間、花畑の中にある毒消しの薬をいくつか採取してすぐすりつぶし、沸かした湯に溶かして飲ませる。水は吐かせたが、病原菌が入っていないとも限らないためだ。
焚火の前で落ち着いた弟を見ると申し訳ない気持ちになった。俺は馬鹿か、ひとりで森で生きられたから他の兄弟も守れるだろうと油断して、目を離しただけでこの体たらくだ。
それなのに元気のでてきた弟はこちらに笑顔を見せて言ってくる。
「にいに、たすけてくれてありがとう。にいにはすごいや」
「オーシャン…」
そんな言葉に泣きそうになるが、俺が泣いてもしょうがない。空元気を隠して俺はオーシャンの頭を撫でた。
「おれはお前の兄ちゃんだからな。あたりまえだ。」
「うん」
「でも一人で水に入るのはあぶないぞ。誰もいないとこで入っちゃだめだ」
髪の水気を拭いてやりながら注意をすると、タオルの中でもまれながら弟も謝ってきた。
「ごめんなさい。でもあの、あのね」
「うん?」
申し訳ない顔をした弟の懐からニュルリと何かが出てきた。黒くのたうち回る姿に一瞬驚いたが、これはあれだ。
「ウナギ?」
「にいに、これうなぎっていうの?」
「あ、うん」
「わなにかかってたからオーシャンとろうとしておちちゃったの。ごめんなさい」
ちぢこまった体でつぶやく弟を叱るわけにもいかなくなった。こわばったオーシャンを布ごと抱きしめる。小さな体はまだ少しひんやりとしていた。抱きしめる力を強くして言葉を重ねる。
「お前が無事ならいいさ。今日のご飯も見つけてくれたから、今日の一等賞はオーシャンだな」
「これたべれるの!ほんとう?」
「ああ、ありがとうオーシャン」
そういうと弟はやっと照れくさそうに笑顔を見せた。
ウナギはすみやかにさばかれ、摘んだ香草で味付けをしてみんなで食べた。
大変おいしかった。
オーシャンは湖事件の後、翌日に熱を出したのでできあがったツリーハウスで寝かせ、看病しながら森の整備と窯の整備を続けた。オーシャンが休んでいる寝床の警備はもちろん厳重にしつつ、折をみて様子を見ては水をあげたり、汗をぬぐったりした。妹ブライトはその間、俺の背中が定位置になっている。
即席の薬しかあげられないのが歯がゆいが、今村に降りても、しっかり加工された薬なんて上等なものはない。俺は得意ではない治癒魔法を少しずつかけながら弟の回復を待った。
回復魔法は魔法の中でも少々特殊な魔法で、簡単に言うと自分にはかけるのは難しくはないが、他人にかけるのはすこぶる難解なのだ。ただこれは血縁には比較的行使しやすくなる。弟はもちろん兄弟なので、俺の魔力の許す限りこまめにかけていった。
湖の魚や薬草など十分な栄養を取ったこともあって、オーシャンは徐々に回復に向かってくれた。そして予想外なことに、全快後なぜか弟は魔力操作を体得していた。なんとなく回復魔法をかけたからかもしれないと思った。俺が過去湖で沈んだ時もそんな効果はなかったし、それ以外に原因が思いつかない。
真相は謎だ。
これでは森での生活、大幅に予定が狂う。実は森で生活する間、俺は食料を制作することに力を入れ、その間弟は修行と称して魔力操作を訓練させようと思っていた。しかし弟はその課題をなぜかこの数日でクリアしてしている。
そんな弟をどうやって時間を潰させるか、新たな悩みが生活に追加された。




