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20. 三人生活の始まり

 朝、太陽が昇った頃、森の平地に大きな体躯の猛獣が倒れていた。まだ体は暖かさを残しているが、心臓は止まっており、完全に息絶えている。

 動かずに倒れた雹赤熊の目の前には幼児ともいえる年端もいかな子供が立っており、静かに立ち尽くしていた。落ち着いた呼吸のその後ろでより小さなもう一人の子供の目には、目の前の兄の背中が倒れている怪物よりも大きく見えた。

 拳に血糊をつけた年長の子供は血の滲んだ右手を隠しながら弟に振り向くと、無表情ながら柔らかい目をむけて弟に声をかける。その声は年不相応な落ち着きを帯びていた。


「オーシャン。これが必殺技だ。修行の始まりだぞ」

「うん!にいちゃん!」


 極寒の季節、厳しい環境の森で珍しい光景が朝方の木々を明るく照らしていた。



なまってるーー。今世で初めての戦闘を終わらせた俺の感想は散々なものだった。いやーこんなに腕が鈍っているとは思わなかった。今世の魔獣との初戦闘で、俺は自分のブランクをかみしめていた。

戦闘に入ればカンを戻すのは早かったが、記憶より自分の手ごたえがない。あれ、俺こんなんだったっけ?て感じだ。記憶の中で原因を探していると、答えは単純、前回の人生で腐ってろくに鍛えもせずまともに実践もなかったせいだ。体はいつも最初から戻るとはいえ、精神はそうではないと思っていだ。だが一回人生をさぼるだけでこんなに後を引くとは。今日から鍛錬もやり直しだな。

 弟のオーシャンがキラキラとしたこちらを見る目にこそばゆさを感じながら、さっそく俺は倒した雹赤熊の下処理にかかる。魔術を行使した拳には布をさいて巻きつけた。衛生的な理由もあるが、弟に血を見見せるのも悪いし。

 魔術を使うには体外での魔力放出が必須だが、実はこの年齢でやると魔力回路に負荷がかかるのだ。最低5歳以降、6歳以上がベスト。今の魔力量的に出せる出力も大きくないので、今回は体の血液を少々使って、魔力放出にブーストをかけた。これをやると血は失うが魔力回路の損傷リスクが低い。身体強化の応用で、自分限定なら魔力をまわせば回復もブーストできるので、回復と身体強化二つを維持しながら熊を引きずっていった。冬眠する動物が多いとはいえ、血に飢えた獣はほかにもいるので、まずこいつを川に投げ込んで隠す。もちろん流されない且つ流水のある岩の狭間を選んで。流れる冷水が勝手に血抜きもしてくれるので、水に沈めたこいつはしばらく放置だ。


 いまだキラキラの目をむけてくる弟と手をつないで、これから森の生活の拠点にする予定の場所に向かった。夏の間に目星をつけておいた場所だ。ちなみに今背負っている籠の中の妹もいつの間にか起きていた。いつから起きていたのかわからないが、泣かなくてよかった。起きたら森にいたにも関わらず落ち着いていた妹は、熊を見たとしても泣かなそうではある。肝が据わっているのかなこの子。


 これからしばらく生活する基地はこれまでの前世で森で見つけていた場所だ。周囲より高台で、日当たりが良く、そばに花畑のある広場だ。樹高の高い木が多いこの森にしては珍しく、膝丈の植物が群生しており、薄暗い昼の森の中でもひときわ開けた場所だ。これは特別な植物のせいである。薬学では二十紫魔蘭と呼ばれる植物は、生育した場所を自分に都合の良い環境に周囲を作り変える性質がある。光合成のために周りの高木の生育を防ぎ、地中の温度を適温に保つ。煎ずれば万能な薬草との呼び声も高い。魔獣の住んでいる場所に生えることが多いため採取の難しさから希少価値がついており、うたわれている効能の一つに魔獣を避ける効果があるので、休むには最適な環境だ。この群生地のそばには湖があり、水にも困らない。花畑の効果が薄い周囲の木の上に簡易の寝床を作ると、俺は弟と向かい合った。


「よし、これから修行の始まりだ」

「わかった!」


 拠点に到着して一段落したころには日はすっかり昇っていた。雹赤熊を倒した早朝から時間は立っているが、オーシャンは興奮冷めやらずキラキラというよりギラギラした目でこちらを見てくる。なんだか思いもしなかった期待が嬉し怖い。その眩しすぎる視線に目をそらしながら続けた。


「修行のためにはかあさんととおさんともしばらく会えない。

でも必殺技を覚えたら、獲物をとって、お土産をあげれるぞ。春にはお母さんの誕生日もあるしオーシャンも取れるようになろうな」


 二歳児に無茶ぶりを言っている気がするが、オーシャンは元気にうなづいてくれた。

 母の誕生日は冬の終わり、春の初めのあたりだ。そのあたりには村に変えるつもりだ。予定では。


「もし修行中に魔獣がいてもにいちゃんが守ってやるからな。お前ならできる!」

「うん!」

「う!」


 元気な弟の声と同時になぜか妹も返事をした。

 こうして俺達兄弟の森での合宿生活が始まった。


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