19. 戦闘
「にーに?」
眠そうな顔でオーシャンが籠から顔をしていた。腹を減らした雹赤熊は小さな弟の方が与しやすいと思ったのか、俺を無視してそちらに向かっていった。俺がいる場所からは熊のやつのほうが先に弟のところに行きついてしまう。
しかたない。体の成長的にまだ使うつもりはなかったが俺は魔力を体の外に放出した。身体強化を使って加速し、追いついたそいつの背中にしがみつくと、強化した肘で魔力を使って思い切り力を叩き込んだ。いつもの身体強化に加えて体の魔力を体外に伸ばして変質させる。その結果、赤い衝撃波が発生した。この人生での初めて魔法の行使だ。
魔法によって威力の増した攻撃がさすがに効いたのか、くぐもった鳴き声を上げて雹赤熊は倒れこんだ。すぐさま熊の背上から飛びのいて、目が覚めてしまった弟の元に駆け寄る。冷たい朝の空気に息を白くしながら、オーシャンは駆け寄った俺にすぐさま抱き着いてきて熊の方を見る。ふりくと既に態勢を戻した熊は呻きながら殺意を帯びた三つ目でこちらを睨んできた。俺はしがみつく弟の手を取り、言い聞かせる。俺は何度も対峙しているチュートリアルのような敵だが、弟にとってそうではない。そんな弟に余計な心配はさせたくはない。できるだけ、安心させるように言葉を選んだ。
「おはようオーシャン。修行の話は覚えているか」
「う、うん」
起き抜けの弟はまだ状況がわかっていないようだが緊迫した状況であることはなんとなく察したようだ。恐怖をむやみに深めないよう俺はそのまま畳みかけた。
「必殺技の見本をみせてやる。めったに見られないからよくみておくんだぞ」
実際この時期の俺の魔力では、今からする魔法の発動は一回が限度だ。ミスったら少々やばい。
「うん」
オーシャンは素直にうなづく。
「よしいい子だ。ここから絶対に出たらだめだぞ。兄ちゃんが絶対に守るからな」
「にいに、こわくない?」
心配そうな表情を浮かべる弟に、俺は普段使わない表情筋をできるだけ動かし、不敵に笑って見せた。
「兄ちゃんは強いからな。俺が負けると思うか?」
「ううん!にいにだもん!」
弟の信頼がでかい。俺のハードルは上がったが、弟の顔から不安は消えていた。よかった。いい顔になったオーシャンの頭をくしゃりとなでる。
地面に線を引いてその内側に弟をとどまらせ、俺は弟達を背に雹赤熊に対峙した。
これから俺は魔術を使う。この時期に魔力を身体強化以外にあまり使いたくはないんだが、この熊は事実、チュートリアルにしては強すぎる。
俺は小刀を指に突き刺し、零れた血を掌に広げ、拳を握った。さっきの打撃で臨戦態勢になった熊はこちらに正面から向かってくる。勝負は一回きりだ。
吠声をあげながら突進した雹赤熊に対峙したまま半身になり、拳を引いた。雹赤熊が俺の間合いに入り、鋭い牙が口から覗いた瞬間、タイミングを合わせて強化した腕を全力で振るった。




