17. あの日の夜
「おかわり!」
「俺も」
その日の晩御飯は最近の食卓では見ないような豪勢な食事だった。かったスープには多めの具材に肉のかけらも入っている。そんな俺たちに母さんは笑顔を向けながら、いつになく神妙な表情でこちらを見つめている。そんな顔に知らないふりをして俺たちは晩御飯にありついた。弟は久方ぶりの豪勢な食事に何度もお代わりをし、最近は食料の消費に厳しくなっていた父も何も言わずにそれを許している。
夜の森で食事にはありついているのだが、ばれないように俺も無邪気な振りでお代わりをした。それを泣きそうな笑顔で答える母。この後の展開を知っていると心が痛い。
が、これからの森の計画のことがあるので気を取られるわけにもいかない。すまない母さん。
父と母がいつもより少し長く俺たちを寝床で話した後、子供部屋を出ていった。
森へ連れ出されるのは俺たちが深く寝入った夜で、家を出るまで少し時間がある。その間に満腹でうつらうつらとしている弟にこれからの仕込みをすることにした。
今回俺は冬が明ける数か月後に村に帰るつもりだし、弟達には所謂親に捨てられる、という事実を悟らせるつもりはない。そのための布石だ。うまくいくかはわからないけれど、やらないよりは自分の気が楽になる。これまでの人生で初めてだが一応あらすじを作ってみた。
「オーシャン、起きてるか?」
「にーに?」
可愛い弟はすぐに俺の声にこたえてベッドから降り、手招きするまま寄ってきた。
そのまま内緒話をするように身をかがめると、弟も真似をしてか顔を寄せる。
「オーシャン、お前必殺技知りたいか?」
「必殺技?」
「そうだ、兄ちゃんがつかってる高い高いの技、エクストリームドラゴンストームだ」
「え、エクストリームドラゴンストーム?!?!!!」
最近どこぞの長男の影響で長くてかっこいい名前にはまっているオーシャンは、俺が今付けた適当な技名の響きに目を輝かせた。
「奥義でなかなか人には教えないけど、お前は俺の弟だからな、特別だぞ」
「奥義…!」
ダメ押しでかっこいい単語を追加すると。弟は唾をのみこむ。奥義というのもいま考えた。
「必殺技だからな。誰にも内緒だから、父さんと母さんには内緒だ。しゅぎょうは大変で、しばらく二人にも会えなくなる。でもお前ならできると俺はしんじている。やるか?」
「うん、やるやる!」
「し、しずかに」
大きな声で返事をするのであわてて口に手を当てた。弟もハッとして俺の手の上から自分の手をおおう。かわいいしぐさだ。
「じゃあ明日から修行だ、オーシャン早く寝よう」
「うん!ひみつのしゅぎょうだね!」
よしよし計画通り。素直で兄ちゃんはうれしいぞ。
最近は今日の準備のため夜に活動しがちの結果、昼間うとうとしがちだった。つられて弟にはあまりかまってやれていなかった。修行の意味をよく分かっていなかったと思うが、俺と一緒に遊べると思ったのだろう。ひそひそ話が終わってもオーシャンは少し興奮していたが、満腹の眠気に抗えず、次第に寝息を立て始めた。
そうして俺は浅い意識でベッドに身をひそめつつ、その時を待った。
ーーーーーーー
夜の籠の中、現在俺達三兄弟妹は絶賛輸送中である。狭い籠の中、揺られていると寝ている弟がむずがるので、俺はオーシャンの肩を抱き寄せた。籠の中にはオーシャンよりもっと小さい、麻布に包まれた妹も一緒の空間にいて、小さく寝息を立てている。
俺達が森で置いていかれる場所はいつも同じだ。やり直しでは毎回のイベントなので知っているのだが、今回も籠を背負っているはずの父ドロマイトは何回も道を変えながら森を進んだ。万が一俺たちが起きている可能性も考慮していたのかもしれない。
そんなこんなでいつもの木のくぼみ、風の当たらないような場所でゆっくり籠はおろされた。
俺は眠ったふりのまま、弟を抱きしめていると、親父の大きな手で頭をなでられた。目はあけなかった。一度父に追い縋ってみた時は、どちらにとってもいいことにはならなかったから。
足跡が遠ざかって完全に聞こえなくなって、ようやく俺は目を開いた。
さて眠気はあるが、これからが本番だ。熊がやってくるのは夜が明けるころ、これより数時間後なのでそれまで時間を無駄にはできない。
俺は行動を開始した。




