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婚約者が他の令嬢と親しげにし始めたと思ったらいつの間にか恋人を引き裂く悪女にされていた〜政略の道具として利用されるだけの幸せが、本当に幸せと言えるのかは分かりかねますが〜

作者: リーシャ

シャウリン・ゼ・エルトマン。


しがない子爵家の娘だけど、将来は公爵家の御曹司、ハッバトルテと結婚することになっていた。


幼い頃からの婚約で、まわりからは「素敵なご縁ね」と、うらやましがられていたの。


でも、ハッバトルテが王都の貴族学園に入ってから、少しずつ様子がおかしくなっていく。


手紙の返事が減って、会っても上の空。


ある日。


学園から届いたのは信じられない噂。


「ハッバトルテ様が、学園で恋人を作ったらしいわ」


最初は信じたくなかった。


期待は粉々になる。


学園の交流会で久しぶりに会ったハッバトルテの隣には、笑顔で寄り添うアメリアという伯爵令嬢がいた。


最悪な気分だ。


シャウリンを見ても、ハッバトルテは顔色一つ変えなかった。


アメリアはシャウリンをちらりと見て、勝ち誇ったように微笑んだ。


その日から、学園生活は一変。


今までハッバトルテの婚約者、として親切にしてくれていた学園の生徒たちが、手のひらを返したように冷たくなった。


「あの人、ハッバトルテ様の婚約者なんでしょ? 邪魔じゃない?」


「恋人を引き裂こうとしてるらしいわよ。ひどい女ね」


「アメリア様の方がハッバトルテ様にお似合いだもん」


廊下を歩けばひそひそ話が聞こえてくる。


食堂では、シャウリンの周りだけ席が空いているのに、誰も隣に座ろうとしない。


すれ違う生徒たちの視線が、まるで汚いものでも見るように冷たい。


心が張り裂けそうだった。


なにも信じられず。


悔しくて、悲しくて、毎日泣いていた。


どうしてこんなことになってしまったんだろう。


何か悪いことをしたの?


ハッバトルテは、もうシャウリンのことなんて見ていない。


みんな、シャウリンのことを恋人を引き裂こうとする悪女、だと思っている。


頭は真っ白。


放課後、人気のない図書室で一人、古い本を読む。


こうすれば一人なれる。


もう、誰にも会いたくなかった。


なにも考えずにいればいい。


その時、一人の男子生徒が近づいてきた。


彼はラナキャス。


いつも一人でいることが多くて、学園でも少し浮いた存在だ。


自分も人のことは言えないか。


「君、いつも一人でいるな」


ラナキャスはぶっきらぼうに、そう言った。


シャウリンは驚いて顔を上げる。


彼がシャウリンに話しかけてくるなんて、思いもしなかったから。


「な……何か、ご用ですか?」


声が震えた。


こんな時まで、変な噂を流されるのは嫌。


ラナキャスはシャウリンの向かいの席に座り、じっとシャウリンを見つめた。


その視線は、他の生徒たちのような冷たいものではなく、どこか寂しさを秘めているように見える。


「君は、悪女なんかじゃない。おれには、そう見える。それに順番が違うだろ?」


その言葉に、シャウリンの心臓がどきりと音を立てる。


誰も言ってくれなかった言葉。


誰も信じてくれなかった言葉。


「……どうして、そう思うんですか?」


涙がこぼれそうになった。


ラナキャスは静かに言う。


「ハッバトルテとアメリアが楽しそうにしている影で、君がどれだけ傷ついているか、おれにはわかるから」


ラナキャスの言葉は、凍り付いたシャウリンの心を、ゆっくりと溶かしていくようだ。


今まで誰にも話せなかった胸の内を、彼に打ち明けた。


ハッバトルテとの幼い頃の思い出、学園での辛い日々。


どうしていいかわからない、今の気持ち。


ラナキャスは、ただ黙って聞いてくれた。


時折、シャウリンの目を見て、小さく頷く。


視線は、シャウリンが引き裂く意地の悪い悪女なんかじゃないと、本当に信じてくれているようだった。


「おれは、他人の噂話なんて興味ない」


シャウリンが話し終えると、ラナキャスは静かに言った。


「それに、ハッバトルテが本当に君を大切に思っていたなら、こんなことにはならない。君がどうこうしなくても、結果は同じだったはずだ」


残酷だけど、その通りだと不思議と納得できた。


そう、ハッバトルテが本当にシャウリンを愛していたなら、アメリアのことなんて好きにならない。


距離を取るはず。


シャウリンは、ただ婚約者という肩書きにしがみついて、現実から目を背けていただけなのかもしれない。


それから、シャウリンたちは時々、図書室で会うようになった。


ラナキャスは、普段はあまり話さないけれど困っていると、さりげなく助けてくれる。


例えば、課題でつまづいていると、隣でそっとヒントをくれたり。


冷たい視線を向けてくる生徒たちから、シャウリンを守るように立ってくれたり。


ある日のこと、ラナキャスがこんなことを言った。


「あのハッバトルテとアメリアの話、裏があるって知ってるか?」


シャウリンは驚いて、ラナキャスを見た。


「え? どういうことですか?」


「ハッバトルテは、公爵家と伯爵家の結びつきを強めるために、政略結婚させられるらしい。相手はアメリアだ。婚約は、あくまで表面上のこと。ハッバトルテ自身も、あまり乗り気じゃないと聞く」


まさか。


そんなことが。


シャウリンの心臓が激しく脈打った。


「でも、アメリアは、とても楽しそうにしています」


「それは、アメリアが公爵夫人になりたいだけだ。ハッバトルテは、誰にでも優しいから、アメリアにつけ込まれているだけだ」


ラナキャスの言葉に、シャウリンは混乱した。


ハッバトルテが、自分からアメリアを選んだわけじゃない?


政略結婚のために、シャウリンとの婚約を破棄させられると?


彼が弱いから、シャウリンは酷い悪女のレッテルを貼られたままだと?


怒りと悲しみ、ハッバトルテへの複雑な感情が入り混じった。


「じゃあ……どうすればいいんでしょうか」


シャウリンの問いに、ラナキャスはまっすぐシャウリンを見た。


「君が決めることだ。ただ、周りの目を気にして、自分を偽る必要はない。君は、君のままでいいんだ」


また涙が止まらなくなった。


今までの涙とは違い、胸の奥にずっとあった重いものが、少しずつ解き放たれていくような温かい涙。


ハッバトルテが、アメリアとの政略結婚に利用されている?


だとしたら、シャウリンが今まで抱いていた怒りや悲しみは、どこへ向けたらいいんだろう。


「君が決めることだ。ただ、周りの目を気にして、自分を偽る必要はない。君は、君のままでいい」


ラナキャスの言葉が、シャウリンの頭の中で何度も響いた。


人生を、他人の評価や噂に左右されて生きて。


でも、もう、そんなのは嫌。


シャウリンは、ハッバトルテとの婚約を、きちんと清算しようと決意。


決めた。


この学園での日々を、らしく、胸を張って過ごしていきたい。


次の日、シャウリンはハッバトルテに面会を申し込んだ。


学園の応接室で、シャウリンはハッバトルテとアメリアに向かい合った。


アメリアは、シャウリンを見るなり、鼻で笑った。


「まだ諦めてなかったの? ずいぶんしつこい女ね」


シャウリンは震える手で、大切にしまっていたペンダントを取り出した。


それは、ハッバトルテが、シャウリンたちの婚約が決まった時に贈ってくれたもの。


小さな銀のハートに、シャウリンたちのイニシャルが刻まれている。


「ハッバトルテ、これを……お……お返しします」


シャウリンはペンダントをハッバトルテの前に置いた。


ハッバトルテは、一瞬、目を見開く。


その顔に、初めて動揺の色が見えた気がした。


「シャウリン、君……君は……」


「わたくしは、もうこの婚約を続けるつもりはありません。わたくしは、ハッバトルテの意思を尊重いたします」


シャウリンの言葉に、アメリアは驚いた顔でハッバトルテとシャウリンを交互に見た。


そして、すぐに勝ち誇ったような笑みを晒す。


「あら、ようやく観念したのね。賢明な判断だわ、子爵令嬢」


シャウリンはアメリアを真っ直ぐ見据えた。


「アメリアさん、どうぞお幸せに。ただし、政略の道具として利用されるだけの幸せが、本当に幸せと言えるのかは、わたくしには分かりかねますが」


シャウリンの言葉に、アメリアの顔から笑みが消え。


一瞬、ひきつった。


ハッバトルテも、はっとしたようにシャウリンを見る。


もうこれ以上、この場にいる必要はないと感じた。


一礼して、応接室を出ようとした、その時。


「シャウリン!」


ハッバトルテが、シャウリンの名前を呼んだ。


振り返ると、彼の顔には今まで見たことのないような、深い後悔の色が浮かんでいた。


「待ってくれ、話が……まだ……ある」


シャウリンは、もう振り返らなかった。


彼の言葉に、縛り付ける力はなかった。


シャウリンの心は、もう前を向いていたから。


応接室を出た後、ラナキャスの姿を探した。


彼は、いつも通り、図書室の窓際で本を読んでいる。


「ラナキャス」


シャウリンが声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。


「ん?……終わったのか」


シャウリンの手には、もうあのペンダントはなかった。


「はい。わたくし、決めてきました」


胸を張って微笑んだ。


ラナキャスは、何も言わずに、ただ優しい目をして、シャウリンを見てくれた。


その視線が、今のシャウリンには、何よりも温かく感じられた。


シャウリンはもう、恋人を引き裂く悪女じゃない。


自身の道を歩み始めた、一人の人間だった。

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― 新着の感想 ―
うーん、こうなるかなぁ? ならないと思うんだけど…… まず、公爵家が息子と子爵家の娘を婚約を認めたのなら、それは相応の理由があるはずなんですよね。 身分違いですから、子爵令嬢でも許容出来るだけの旨味が…
高位貴族家の令息がコレではヤバいね
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