物語が始まる時は
一年前。町で起こったあの惨劇は、今でも夢に出て僕の額を汗で湿らせる。
…
奴等……魔王とその手下共は、何の脈絡もなく各地に現れては人の住む場所を荒らし、悪戯に人の命を奪っていた。
その理由は、ただ単純に「支配する土地を広めたい」なんて自己中心的でくだらないものらしい。到底、魔王には何の共感も得られない。
一言で言うならば、純然たる悪の権化そのもの……誰もが討伐を望む存在である。
…だが、現状人間側にはそれを止める手段がない。同胞たちが散っていく姿を、ただ指をくわえて見ているか、次は自分の番かと怯えることしか出来なかった。
この僕アレフの故郷の町にも、奴等はやってきた。町の家屋や倉庫を荒らすだけ荒らし、目についた人間を快楽のためだけに無造作に殺めていった。
他の被害に遭った町よりかは損害が軽微で済んだとのことだが…。それでも、その爪痕は深い。
多くの人間が奴らの残した魔王の残滓に感染して、病に侵されてしまったのだ。
病棟には、収穫した作物のように所狭しと病人が集められていた。
…その中には、僕の大切な幼馴染、ルナの姿もあった。
彼女は、昔から快活な子だった。内向的だった僕を外に連れ出して、たくさんの友達と巡り合わせてくれた。彼女がいなかったら、今の僕はいないと、断言できる。
ルナと僕を含めて五人で、チームも結成していた。大きくなったら一緒に冒険するんだと息巻いて、幼いころに作ったその関係性は、なんだかんだ今でも続いていた。
ルナは、自分がチームのリーダーだって、いつも無駄に大きい声でアピールしていたっけ。
…だが、そんな彼女も、今ではこんな姿になってしまった。
大きなまん丸の宝石のようだった瞳はその輝きを見せることはなく、やんわりと日に焼けて健康的だった肌も、血色が悪く青ざめていた。
元気だった彼女の姿を知っているから、僕は今の彼女を見るのが辛かった。
…でも、こんな状態になってしまっても、彼女は僕を励ましてくれた。私は大丈夫だから。アレフはずっと元気でいてね。
無理矢理笑顔を作りながら僕の手元に差し伸べられたルナの手に、一滴の雫が零れ落ちる。
…僕の涙で、少しでも彼女の手に瑞々しさが戻ってくれればいいのに。
…
…
でも、まだ希望はゼロじゃない。
もうすぐ、僕の18歳の成人の儀の日が来る。
"イデアル"と呼ばれる魔法の資質を、教会の施設に行って判別してもらうのだ。
今までは知らなかった特殊な魔法も、ここで判明するかもしれない。
…僕は、ルナを助けたい。魔王を討伐して、彼女を呪いから解放してあげたい。
魔王を倒すなら、「勇者」のイデアルがないと話にならない。それが、世間の常識だ。
…資質なんて、判別する前から……下手したら、生まれた時から決まっているのかもしれない。
それでも、僕は……魔王を倒さないといけないんだ。
お願いします、神様。贅沢な奇跡を一つだけ、僕に与えてくださいませんか……。