第3戦 化け海鞘
ミセド(ミセスドーナッツ)に寄った後で貴子とあずみと別れて薬局に寄ろうとしていたら、
「っ!」
知ってる気配っ。車道を挟んだ路地の向こう! わざと気配を消さない構ってちゃんムーヴっ! この面倒臭さは・・
横断歩道遠いのと車多いね。私は小走りですぐに角を曲がってさらに路地に入って、室外機の陰に隠れ、自分の影からオカブを出した。
「オカブ、ちょっと私に人払いの術掛けて。移動に専念したいから」
「は~い」
オカブは人払いの術を掛けて、私の肩に止まった。
「よっし」
一応、スパッツだけ鞄から出して穿いて、ビルの壁を駆け上がり、屋上を駆け抜け、車道の方に飛び出した!
「ほっ」
途中で空気を蹴って向かいのビルの屋上に着地して、駆け抜け、また跳ぶ。
「ったく、人騒がせなんだから!」
私は風を調整して降下して、路地の奥でしゃがんでベソベソ泣いてる、中学のセーラー服を来た女子の側に着地した。
「鱒子!」
「大豆さーんっ」
同じエリア担当してるもう1人! 家出中の後輩、淵屋鱒子だ。
「あんた、どこまで家出してるの?」
「滋賀まで。お姉ちゃん達から逃げたかったんですっ。お金無くなったから帰ってきましたけど!」
帰りの旅費はちゃんと計算してるんだ。でも、お姉ちゃん『達』か。まぁね。
「無事帰すのに苦労したわい」
鱒子の影から鯰の精霊の式神、トドロキが姿を現した。
「まぁ、いいや。仕事溜まってるし、さっさと淵屋の家に戻りなよ?」
「いきなり戻ったらお姉ちゃん達に何されるか! まずは手柄を立ててから、スゥーって帰りたいですっ。何かないですか? ・・えびせんのお土産あげちゃいますよ?」
えびせんの袋をチラ見せしてくる鱒。
「まぁややこしいのはあるよ?」
そう、私はもう今から気が滅入ってるのがね!
はい下水道に来ました。ドロっドロですわっ。
「ふぁあーーっっ、復帰1発目でコレぇ?! 鼻、爆発しそうですよっっ」
退魔服に襟巻きをマスクにして、半泣きの鱒子。私も似たような格好。
「我慢しなって、本当なら2日掛けて片す予定だったのを1日で片したら・・まぁ、協会の方の評価は『クビにはしないでおく』くらいには戻るんじゃないかな?」
「えー? そんな下がってるんですか、私の評価ぁ」
「上がる要素無いでしょ? オカブ、トドロキ注意してね。あと、トドロキはここ地下だから、地震の力は禁止ね」
「ぬぅ~っ、やり辛いのぉ」
実際ここじゃトドロキは自由が利かない。隙が大きい鱒子のガードに専念してもらおう。
ドロドロな水路の脇の路を進むと、サポーターが2人いた。水路の対岸まで壁と天井伝いに札を貼っていて、それをキープする役割をしてる。
「囲い込んではいるが、相当多いぞ?」
「今夜一晩での討伐に拘らない方がいいわ」
1人は女性だった。
「わかった。行ってくるよ」
「やるぞ~」
「やりたくないですぅ」
「しっかりせいっ」
札の結界の先は、空間がゴリゴリ変質していた。さっきまで悪臭とはベクトルの違う、これは、磯臭さ。
下水道というより曲がりくねった地下洞窟で、何かの肉襞があちこちに張り付いてるっ。
ネズミやゴキブリ何かは肉襞に捕まって、じっくり消化されていっていた。私達も普通の人間なら入った途端、タダじゃ済まないとこだよ。
「手早く首魁を殺る。トドロキは鱒子のガードね」
「わかりましたぁ」
「うむ!」
私達は探知した妖気を頼りに走りだすっ。
進み切った先には、肉襞と繋がった、小山のような肉塊がいた。首魁だ。周囲にはドラム缶サイズの眷属個体も何百といるっ。
化け海鞘だっ。発生し、水と栄養があると増え易い妖怪で、結果的に海から近いか大きな川の側の街の下水でしばしば大量発生する定番の厄介怪異っ!
ブシュウッ! 眷属達が毒気を持つ汁まみれの触手を肉塊の蕾から放ってくるっ。
きーーもーーいーーーっっっ!!!
勾玉混じり数珠から変化させた威吹丸でガンガン斬り裂いて仕止めふ。オカブも頭のはっ葉を鋭く尖らせて糸鋸みたいにして切り裂くっ。
「生理的に無理ですっ!」
と言いつつ、銛の霊器、朧漁で砲撃みたいに化け海鞘達を吹き飛ばしてゆく鱒子。トドロキは守りが甘い鱒子を加減した衝撃波の妖力で防御していた。
本体である首魁は体表に目玉を出して私達を見てくるっ。金縛りの妖力だけど耐えるっ。だけど、
「うぎっ?」
「ぬっ? 鱒子!」
鱒子が掛かったっ。
「もうっ、オカブ! 鱒子のフォロー!」
「は~い」
オカブは鱒子のレスキューに回すっ。何だかんだで近接まで持ち込めた。近付けばわりと私の風と相性のいい相手だ!
ブシュウゥゥゥッッッ!!!!
眷属とはスケールの違う毒液触手!! でも、お前、柔らかいんだよね!
風の刃の旋風で触手と毒液を斬り払いながら化け海鞘本体に飛び掛かり、旋風の勢いのまま、胴の中程までかっ捌いて内臓を丸見えにする。居た! 心臓に張り付く、妖力で発光する化け海鞘っ。本体の中の本体!
「でぃあーっ!」
心臓ごと、ソイツを斬る! 化け海鞘本体の巨体はあっという間に腐り落ち、その腐敗と死は肉襞を伝わって、全ての眷属を殺していった。環境の変質も徐々に解けてゆく。
「ざっとこんなもんですね!」
「ふむ?」
「何だかな~」
金縛りが解け、勝ち誇ってる鱒子。
「・・・」
ま、いいけどね。えびせんもらったしっ。
地上に上がって、サポーター本隊とも合流して、一刻早くシャワー浴びないと死ねるっ。と思っていると、
「鱒子ぉっ!」
「お前、なぁっ」
鎧付きの退魔服を来た二十歳くらいの双子の妖怪ハンターが、怪鳥型の式神から飛び降りてきた。
「ひっ」
青ざめる鱒子。スッと離れて私の後ろに隠れるトドロキ。
「ノゾミさんコダマさん、お久し振りです」
「元気~?」
軽く挨拶しておく私とオカブ。
「大豆ちゃん、ウチの妹のせいで色々ごめんねぇ」
「いえいえ」
「オカブも今度、いい油粕差し入れしとくよ!」
「やった~」
挨拶が済むと、ズカズカと怯える鱒子に歩みよる2人。
「鱒子、お前には説教もあり、鍛え直さなくてはならないとも思ってる。しかし」
「その前に」
「あ、あのね。お姉ちゃん。今、ちょっと臭いし、その、ちょ、待」
「妹よぉ~!! 2週間ちょい心配したよぉーっ!!!」
「よく帰ってきたぁーっっ!!!」
ノゾミさんとコダマさんは岩も砕けよ、ぐらいの勢いで鱒子に抱き付き、実際、骨をゴキゴキいわせたっ。
「ギャーーーっっっ??!!!」
絶叫し、泡を吹く鱒子。
「・・大豆よ、家出した鱒子の気持ちも時に察してやってくれんかのぉ」
「姉はウチも濃いから」
「そだね~」
妖怪ハンター稼業あるある『親族がマジ手強い』。私も気を引き締める、アンモニアまみれの夜だった。