七話 星群のヘラ(3)
「ヘラからの映像はこの後も引き続きこの会議室に直接リンクさせます。記録を続行しつつ、ディテクタは予定通り19時間後に発射します。」
フザカは皆に宣言する。そして参加者の中で最も地位の高い、否、星群において最高権力を有する一人であるルイ主席議長に向かって敬礼する。
「ルイ議長、それでは一言お願いいたします」
60歳にてすでに体の大部分をテラマテリアル製の人造臓器や人造骨で治療しているルイは、会議室の最も高い席に座ったまま、周囲に視線を回す。
「まずはフザカ君をはじめ、本プロジェクトを成功させたチームメンバー全員、ご苦労だった」声帯も人造製のために聞きづらい声ではあるが、それでも威厳ははっきりしていた。
「我々が地球から旅立って600年、しかし第二の地球は今なお見つからず、一部の人民には諦めている者もいると聞く」ここで一旦、ルイ議長が言葉を切り、皆を見回す。
「そのような倦怠感のある現状の中、このような地球の姿を公開した場合、どのような事が起きるのだろうか?」
タナーは自分の心を代弁されたように、ルイ議長の言葉を聞いていた。
そう、先程だれかが零してしまった言葉の通りなのだ。地球に帰りたい、あの大地に降り立ち、空気を胸いっぱいに吸い込み、太陽の光を薄着一枚の姿で浴びてみたいのだ。
600年前の地球は大部分が粉塵や煙に覆われて全世界から色彩がなくなっていた。もし今送られている映像で地球が600年前と変わらないようであったら、こんな望郷の念などなかっただろう。人工改造された惑星の人工都市にある人工公園の方が心安らぐ場所だと思えたはずだ。
しかし見てしまった。フィクションの映像でしか見た事がなかった地球の美しく自然豊かな姿を。自宅より研究所にいる時間のほうが長く、生体テラマテリアルの開発が生きがいと言い切れる自分でさえ、今見た地球の上ですごしたいと猛烈に感じている。
「この映像は公開できないだろう」「あまりに衝撃が大きすぎる」
そして周囲もまた同じ考えのようで、ルイ議長の問いかけに対し、隣席と議論する小さな声があちこちで聞こえる。
「この映像は計画通り、40時間後に第一報を一般公開する予定だ。この後は詳細を打ち合わせたい」
ルイ議長が宣言した。
えっ、という驚きの声があがる。タナーも驚いた一人だ。しかし当初の予定通り、フザカをはじめ、何人かの高位技官や政府高官が議長とのミーティングを始めてしまった。そこには技術スタッフは誰もいなかったし、政府側から要望がない限り参加する権利もなかった。仕方なしにタナーは丹下に小声で話しかけた。
「こんな映像をみんなに公開したら、地球に行きたいという人間がたくさん出ると思う。きっと、いえ絶対に騒ぎになるわ。収集つかなくならない?」
「それが狙いなんだろ」
丹下は言外に何をいまさらという感じで返す。しかしタナーは意味がわからない。
「なぜ?こんな映像を見たら第二の地球を探すより今の地球に戻りたいと願う方が自然でしょ?私達の目標である第二の地球探しに悪影響があるんじゃない?」
半分呆れたような顔をしながら丹下は少しの間だまっていたが、何度も目線で答えを促してくるタナーに根負けしたように、小声で話しだした。
「ルイ議長らの権力者にとって第二の地球なんてどうでもいいんだろ。次の選挙に勝つための金看板が地球になったって事さ。今から地球に帰るのに何年かかる?議長は地球に着くまで生きちゃいない。でも地球に帰る計画を立てれば生きてる間は金も権力ももぎ取り放題だ。」
タナーが地球の映像から受けた衝撃が熱い羨望であったなら、丹下の言葉で受けた衝撃はまさに氷点下の悪意であった。丹下はやっと理解したかと更に呆れた顔をしたが、視線を議長席側に向けると諦めたように言葉を告げる。
「俺たちは罪を犯してそれを償うことなく家出して絶縁されたドラ息子だ。地球はそれを覚えているが俺たちはそれを都合よく忘れている。地球は迷惑だろうな、追放したはずのドラ息子が帰ってくるんじゃ」
「そんな事……そんな……」
タナーは反論したかったが、しかしできなかった。星群の学校でも教科書でも、星群は人類が住めなくなった地球から脱出し新たな母星を開拓すると教えられる。ただテラマテリアルを研究する人間にとって、この物質や物性が生まれた発端を学ぶ際に、どうしても隠された真実と歴史を知ってしまう。
◇
620年前の先進国家間で起こった月面戦争と地球への核ミサイル投下、その戦争下で生まれたのがテラマテリアルの雛形であるプラズマシールドだった。そのプラズマシールドを有する国だけが地球圏の外で活動する事ができた。20年に渡る戦争により地表と月面の2つが失われた状況となり、国家の領地は宇宙空間でプラズマシールドに保護された宇宙ステーションや宇宙船のみとなった。
プラズマシールドは名の通り当時の戦略兵器に対する完璧な盾であったため、国同士の戦いは一時的に無意味となり、各国はあらたな地面を求めて火星や木星とその衛星へ旅立った。それらの星は取り合いになるほどの資源も財宝もなかったが、テラマテリアルが運良く開発され、人類は第一次宇宙技術革命というべき進化を遂げることに成功した。
その後も紆余曲折を経てエーテル通信とパルス式多段圧縮エンジンによる超光速駆動エーテリオンドライブを進化させ、戦争と宇宙開発を生き延びた国家はそれぞれ思い思いの方角に向かって太陽系外へと旅立っていった。
戦争により地球を瀕死にしつつも、それでも技術は限りなく前進した。そして戦争に参加した国家は、母星を住めない環境にしてやっと戦争を集結し、母星を滅ぼした技術を使って新たな母星を見つけるしか道はなかったのである。
◇
テラマテリアルやエーテル振動を研究すればするほど、どれだけ愚かな行為でその技術が生まれたのかを思い知る。タナーも10代後半からそれを学び取りつつ、生体テラマテリアルの開発に従事してきた。数年前に地球観察プロジェクトが発足したときも、地球はすでに死の星なのではと考えた一人である。
丹下が今の地球を「生き返った母親」と言ったときにやるせない怒りが沸き起こったが、冷静になってみれば言う通りであり、考えれば考えるほど望郷の念は薄れていった。