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宇宙一小さな宇宙戦争  作者: みなぎ
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六話 地球のグレビレア(2)

グレビレアの飛行テストを行いながら、ササは通信越しに波木に質問した。


「なあ、波木君。きみは独身だったはずだが、結婚しないのかい?」

『ぁえ?何で大事なテスト中にそんな質問?この会話って録音されてるんでしょ?そんなプライベートな質問に答える必要ある?』

「ああ、ごめん、わざとだよ。作戦中に予想外の刺激をパイロットに与えて、その時の反応思考やエーテル通信に及ぼす反射を確認するんだ」

『へー、なるほど。そんなテストもやるんだ。なんか悪趣味だね……。まぁ失敗できない作戦だから、いろいろするのか。』

「そう。特にエーテリオンドライブ共振破壊はぶっつけ本番に近い。何が起こるか分からないから、いろんな面からテストをしておきたい、との事だ」

『了解。こっちも集中力を切らさないように努力する。あ、あとさっきの質問だけど、回答はノーだ。恋人も居ないし結婚するつもりもない。3年前からこのグレビレアに夢中なんだ』

「そうか、相思相愛で良かったよ。ただグレビレアと結婚できたかな?レイコくん」


隣でグレビレアの監視システムを動作させている副官に尋ねる。


「たった今確認しましたが、残念ながらグレビレアから結婚の同意が得られませんでしたので断られたようです。相思相愛ではなかったようです。フラれた波木主査は諦めて同期テストに備えてください」

『うわ、フラれちまったか、俺。いや、まだ諦めないさ。この同期テストで良いところを見せて見返してやるよ』


波木は14歳で宇宙軍に入隊後、すぐに頭角を現し、10年たった今は最高峰の操縦技術を持つに至った。宇宙軍の指導教官を務めるササの友人が初めて波木の指導をした時に、彼の才能と感性を見抜き、ことさら目をかけて教えこんだ経歴がある。


数年前にササがその友人と飲んだ時に「波木は宇宙船を操縦する事が好きで好きで堪らないようだ。俺が教える以上にどんどん技術を伸ばしていく。あいつが地球側に生まれてくれて本当に良かった。」としみじみ嬉しそうに語ってくれた事が印象深く、今でも思い出せる。


また本人も才能や技術を鼻にかけることなく、とにかく面倒見が良いので彼を慕う同僚や後輩も数多い。また忍耐強さも人一倍で、一部の上司が妬みからか陰でハラスメントに近い行為をおこした事もあるが、波木は反発する事もなく従っていた。その問題の上司が人事権を悪用し、波木を後方支援の事務局に異動させようとした事が発覚した時に、ササは友人と協力してその波木の上司を告発した。嫉妬を制御できない高級士官と、これから星群との来るべき紛争において切り札になり得る若きエースとを天秤にかけた時に、AI審判を是とする司法システムでは完全に後者を支持した。


任務と立場に誠実で勤務態度から操縦まで何もかも優等生であった波木だが、唯一上官を困らせた欠点が女性問題であった。少し小柄だが鍛え込まれた身体に整った顔立ちに目立ちすぎる本人の能力のせいで、入隊直後からいろんな女性から告白されていた。だが彼はササの知る限り、すべてそれを断ったらしい。断られた女性の中には、波木と同じ部隊どころか波木の立場に非常に強く影響する女性上官もおり、部隊の人間関係というか雰囲気が著しく悪化した事も二度三度あった。優秀なAIも職場恋愛についての未然防止には手立てがなかった。


ササの友人は波木の配属に相当苦労したらしく、「早く結婚して身を固めてくれ……」と何度も愚痴を零していた。さらに厄介なことに、波木の実力を知った高級士官が「自分の娘の婿にどうだ?」と、これまた何人も本人やササの友人に薦めてくる事だった。本人に直接来たアプローチにはまだ半人前ですので、といったような交わし方で逃げたようだが……


3年前に対エーテリオンドライブ部隊、通称DEEが編成され、ササが責任者になると、波木もすぐに自薦して配属されてきた。その後、どう見ても波木目当ての女性士官が何人もDEEに配属希望を提出してきた。中には以前、波木にきっぱりと断られた女性も複数人おり、ササは友人の苦労を体験する事になってしまった。


波木本人は女性について真面目で公正な考え方のようで、交際を断った相手と同じ部隊に配属になっても、告白前とまったく変わらない態度を取っていたようだ。それに加えて特定の恋人が居ない事もあり、諦めきれない女性も多かったらしい。波木本人が悪いわけでは無いのだが、波木がいると女性を捕まえるチャンスが減るからといって、DEE入隊志望の男性が撤回する気配もあった。ササはここでも苦労し、友人から「な、大変だろ」と暖かい応援を貰った。



なお過去の国家や企業などの組織形態において、愛人や不貞関係を作った人間が起こす組織崩壊の確率が高い事から、現在の地球防衛軍や地球共同国家では、婚約や結婚は相当に強固な契約となっていた。結婚指輪に相当するテラマテリアルが婚約なら右耳、結婚なら左耳へと一見して分かるように埋め込まれるため、外見や監視システム的に婚約や結婚している事をごまかす事は困難となっていた。さらに婚約や結婚中に不貞を働いた罪状は殺人に準ずるほどの重犯罪に規定されており、密告制度も奨励されていた。ただし婚約や結婚の解消についてはかなり容易であった。



「いや本当に、グレビレアで良いから取り合えず婚約してくれないかな」と半ば本気で思うササであった。また隣りにいる助手のレイコも確か独身なので、波木に惚れないでくれよ困るから、と本人にはとても言えない事を考えていた。

そして今回のテスト試験に参加している、もう一人の独身女性に声を掛けた。


「そうだね。ところでシズキ君は大丈夫なのかな?さっきから会話もないようだけど。」

『大丈夫です。……ただちょっと、この船の機動性に感覚が追いついていないというか……』若い女性の必死そうな声が通信で届く。


シズキとはグレビレアのもう一人の搭乗者で、エーテル振動の検出と共振破壊を主担当とするが、メイン操縦者に何かあった場合に操縦を交代する役目も持つ。波木もシズキも宇宙軍所属の若手パイロットで、先輩後輩の関係にあるとレポートにあった。


宇宙船の操縦者は、肉体的なエリートではなく精神的にゆるぎない人間が選ばれる。宇宙空間という孤独かつ膨大な空間で活動をする人間にとって、運動能力はさまざまなシステムで補助できるが、操縦者の思考は本人の資質によるものがほとんどだった。どんな状況に陥っても絶対に心を乱さない冷静な人間。それが宇宙を駆るパイロットだった。


そんな冷静の塊のはずなシズキが、あまり冷静でない様子にササは訝しんだ。と、同室に居た監視オペレータから声が届く。


「ササ指令、シズキ氏の身体は良好、まったく問題ありません。ただ脳波のエーテル通信加速化に不慣れなためか、空間認識力やシンクロ率が落ちているようです」

『はい、その通りです。このグレビレアを操作しようとすると反応速度が早すぎるのと、自分の手足を動かす感覚も早く感じすぎて、今そのギャップを埋めようとして苦労してます。』


「なるほど、そういえばエーテル通信による人間の反射速度の超速化も、今回はじめて搭載された技術だったな」

『はい、シミュレータと違って実機になると、周りすべてが普段の何倍もの速さで再生されているような感覚を覚えます。しかも自分の目や感覚がそれを完璧に追従できてしまうのも初めて体験で驚いてます。逆に波木先輩がなんで慌ててないのか不思議で仕方ありません』

『いや、俺も普段より何もかもが早いなーって感じてるよ。ただ自分も早く動けるから、とりあえず動かしてるだけ』

『何ですかそれ。私だけ慌てて馬鹿みたい。』

『まぁグレビレアの設計に俺のアイデアがいろいろ入ってるから、こんなもんかなーって感覚。』

「波木はボクシングでも反応速度が桁外れだったからなぁ。そうか、格闘技能の反射検査で適正がわかるのかもな」



グレビレア1号機の記念すべき1回目のテストはほぼ問題なく完了した。例の星群が太陽系に向かう時期は確定ではないが5年以内だろうと推定されている。それまでにグレビレアの数をどれだけ増やせるかが成功する確率を上げる鍵だった。


波木はメインパイロットであると同時に、グレビレアを操縦する他の人員を選定する役目も持っていた。今回、シズキをサブパイロットに選んだのも波木自身であり、グレビレアの増加数に合わせて他の操縦候補生も拡張していく計画である。


波木から出された提案書には、メインパイロットに5人の名前が挙がっていた。全員がまず実機で適性試験を行い、その結果によってはサブパイロットに移ってもらう。またシズキからも他の候補性を上げてもらい、同じようなテストを行う予定であった。


「頼むから恋愛関係のイザコザは起こしてくれるなよ」と本来とは無関係な問題まで気を使わなければならないササであった。

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