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宇宙一小さな宇宙戦争  作者: みなぎ
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四話 星群のヘラ(1)

やっと本編です。

存外な人気の地球調査が高まっているアルタイル星群では、直接探索線を地球に送り込むプランが立ち上がった。すでに星群同士の距離が数十光年となり、星群の間で政治的な連携がなくなりつつある今、宇宙進出の黎明期に国家間に結ばれた「地球への不可侵条約」は星群内では有名無実となっていた。そして地球という存在が神格化されつつある今、地球を手に入れたいというかつての帝国主義や支配主義もまた蘇ったのである。


大規模な予算を費やした無人の地球行きの船は計画より1年遅れて完成し、太陽系内に向かって発進した。40mほどの円筒形本体に10m長のブロック状作業用アームを4本持つ地球探索船ヘラは、約2年後に地球に到達する。更に有人による地球調査の計画も立ち上がり、人々は探しても見つからない第二の地球よりも、かつて捨てていった地球に求愛するかのように、時間と予算を費やし始めていった。


いくつかの問題や諸事情により計画が遅れたが、宇宙暦600年という記念すべき年において、無人地球探索船ヘラはとうとう地球をその眼下に置くことに成功した。そして星群がかつて地球上の国家であった時に、監視衛星を数多く打ち上げていたラグランジュポイントに到達した。


ヘラは4本の巨大なアームを展開し、アームに備えられた観測機器が地球表面の撮影を開始した。また同時に本体からの超々光速のエーテル通信を星群の監視基地に繋ぎ、約1日の時間差をもって地球の映像を送信した。太陽系到達、地球到達、そして地球重力圏への接触というフライバイのニュースごとに沸き立つ群衆は、地球表面の映像を今か今かと楽しみに待ち望んでいたが、一般公開する前に政府高官を中心に映像が審査される事となった。



地球映像が上映されるシアターは最大800人が集う第一会議室が選ばれたが、秘匿性が高く無許可の地球圏侵入という違法性もあるためか、100人ほどの政府関係者に40人ほどの技術スタッフだけが入室を許可された。報道関係者はゼロ、政府高官の家族や関係者もゼロ、開始時間も会議室の利用目的も極秘。そのような状況で、地球からの映像が会議室中央の浮遊多面モニタに映し出された。


ヘラが多点同時撮影した8枚の映像には、予想以上に美しい緑と青の海が、七色に色を変える空が、風が吹くごとに命の息吹を感じられる大地があった。星群が太陽系から旅立った時代、地球は核戦争による灰色がかった粉塵が成層圏まで到達し、当時有名な環境評論家は地球復興に三千年はかかると述べていた。それは言い過ぎであっただろうが、しかし当時の各星群は、荒廃した地球の環境復元に費やす事と、太陽系外に新たな母星を探す事を天秤にかけ、地球を棄てる道を選んだのである。


それ以降、地球の情報は基本的に全てシャットダウンされ、また星群も積極的に地球への調査を行わなかった。そもそも地球への不可侵条約があり、それを幸いにと、どの星群も荒れ果てた地球の事を思いやることなどしなかったのである。


ヘラが数百年ぶりに地球の姿を捉えるまでは、地球の復興はまだであろうというのが星群の見立てであった。ただ600年前の粉塵乱舞は流石に収まっているだろうから、今の星群が持つ惑星の改修技術を持ってすれば、地球環境の復元は可能だろう。そしてその成功率やコストは、新たに第二の母星を探し出すより安価であろう、という計算で地球への復帰計画が立ち上がったのである。


しかし地球探索機ヘラが届けてきた、美しい地球の映像は、あまりに予想外で強烈で鮮烈であった。海の青色キャンバスに、大地の茶色と雲の白色と木々の緑色が映える。太陽光に照らされた地表からは海や大地の香りが漂ってきそうな錯覚を覚え、太陽光が届かない夜の部分はまた神秘的な色彩を放つ。海面は波しぶきを上げ、日光を複雑に反射していた。森林は深い緑色から赤茶けたものまで、溢れる生命を漲らせていた。ある高官は涙し、ある女性事務官は言葉を失い、ある軍事責任者は直立不動の姿勢を崩してモニタに精一杯顔を近づけ、あるプロジェクトリーダは両手を上げて計画の成功と地球の姿に喜んだ。


なぜ、人類はこんなに美しい星を捨て、暗闇と有害な環境と工場生産物しかない宇宙に進んだのだろう。そして何千億とある銀河系の星々で、なぜ地球と同じような人類の愛すべき母になってくれる星が一つもないのであろう。現在の地球を示す映像を見ながら、その場にいたスタッフの大部分が同じように思っていた。


「戦争で地球を入院させた家出息子だろ、俺達は」


20代半ばの短髪で整った顔立ちの丹下が小さな声で毒舌を放つと、隣りにいた女性が驚いた顔で振り向いた。2人はテラマテリアルの応用開発に携わる同期であり同僚であり、地球の映像を最初に見られるほどの実績を誇る俊英でもあった。


「反抗期に家で暴れて母親刺して遠くに逃げたクソガキが幸運にも金持ちになったけど、世間は冷たいし恋人も見つからないからこっそり実家を覗いたら、そこに生き返った母親がいたってだけじゃねぇの」なおも丹下の毒舌は進む。

「そんな言い方……そもそも貴方だってこの計画に自分から進んで応募したんでしょ!?」テラマテリアルによる破壊工学を担当する丹下に、隣で映像を見学していた生体系テラマテリアルの技術スタッフであるタナーが周りに聞こえない程度の声で叱咤する。


しかし丹下は冷めた目で映像とタナーを見ながら、なおもため息混じりに零す。


「地球と月を散々壊して逃げるように家出した俺達が、償いも手土産も持たずに家に帰ったところで父さんと母さんが許してくれるか?」


なぜこの男はせっかくの場の空気を乱そうとするのだ。歴史と伝説から想像されるよりもはるかに美しい地球の映像を見て、心から震えていた自分の感情に水をさされ憤慨したタナーであるが、しかし再び映像に捉えられた物を見て驚愕する。


「渡り鳥!しかもあんなにたくさん!」


地球では季節という年間を通して気温や湿度が大きく変化するため、自分たちに適した環境を求めて長距離を移動する鳥がいる。まさに宇宙に進出した自分たち(人類)と似た習性として、渡り鳥は宇宙進出のシンボルであった。そして歴史の教科書には「相次ぐ地球環境の破壊により、渡り鳥はほぼ絶滅した」と記されていた。


そんな伝説とも言える渡り鳥が、1日の時間差はあるものの最新の地球の映像で確認されたのである。さまざまな惑星探索で磨かれた望遠撮影技術は、衛星軌道から3万6千キロメートルも離れた小さな生き物も完璧に捉えていた。生物学者でもあるタナーの目は瞬きも忘れるほど開かれ、何十羽の渡り鳥が陣を成して飛び続ける映像に釘付けになった。


「なんてきれい……」憧れのアイドルを見たとき以上の興奮を感じるタナーをよそに、丹下はひとりごちる。「父さんが気付かないうちに引き返した方がいいと思うんだがな。」

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