最終話 ベロボーグ(3)
「タナーのやつ、内蔵安全装置すら付けていなかったんだな……。だから実績のない人間が上に立つと失敗したときが恐ろしい事になる」
戦闘機パイロットが味方指揮官を故意にターゲットにした場合、それを制御で防ぐのがセーフティだが、タナーのパイロットシステムにはその仕組が無いようだった。そもそもウェアラブルマテリアルによるテルースシステム自体、これから実戦というテスト段階だったものを、強引に採用した事からして可怪しかったのだ。
ヘラ・ヘカーテシステムはすでに2年もの実績を経て採用されたのに、テスト段階のテルースシステムに置き換え、結局セーフティもなく暴走。丹下としてはテルースパイロットが暴走しなくても最終目標には影響がなかったが、試しにパイロットを揺さぶった事で事態をより混乱させる事ができ、儲けものだった。
彼はアルタイル星群を最も警戒していたエグザ星群と協力し、この発射口の破壊工作を担った。エーテリオンドライブそのものの破壊は太陽系側のグレビレアによる攻撃で行われたが、その後の発射口や管制塔の破壊は、エグザ星群の工作員によって行われた。
ただドライブ航路の破壊によって発射口の異常共振が生じたことは想定外であったが、それも結果的にプラスとなり、丹下としては十二分に任務を達成した。丹下自身は惑星ヘリオスの衛星軌道面にある特別本部に居たが、観測窓と多点映像モニタから、ベロボーグ計画が完全に失敗したことをその目で確かめることが出来た。
復讐心にかられたパイロットには残念だったが、すでにタナーは管制塔から脱出済みだった。しかしテルースが勝手に動作し、よりによって管制塔に向かって攻撃した事は記録されており、それだけでもタナーへの責任追及は免れないものとなった。
また星群の軍事予算をつぎ込んだテルースを全機消失したどころか、30年に渡って構築してきた太陽系へのエーテリオンドライブ出発港を破損したこの事件は、ベロボーグ事変と後日言われるようになる。そしてそのベロボーグ事変について、カムラとタナーの2人が引き起こしたものと記録された。
「どうしてこんな事に……。なぜこんな事に……。何が悪かったのか、誰が問題だったのか……。」
脱出用のシャトルに乗りながら、カムラは何度も呟いた。右手はモニタの端をつかみ、左手は制服の裾を握りしめていた。右手と額からは脂汗が浮かび、ギラついた目でモニタと周囲を見回していた。
「外部からの攻撃か?エグザの星群か、もしくは地球反乱軍か、そいつらの攻撃を受けたのか?」
モニタにテルース発射から異常振動の発生まで何度も再生させながら、原因を探る。しかし特に発射口やヘリオスへの攻撃は見えない。そもそもエーテリオンドライブの事故において今回のような事例はなく、また惑星ヘリオスは完全にアルタイル星群領域にあり、外部からの攻撃を受けようがなかった。
カムラは自分の責任を取らない事でここまで出世してきた。そのため今回も、責任は自分にはなく他人にあると考えていた。無人戦闘機は30機も問題なく発進したのに、テルースの発進で事故は生じた。ならテルースが原因では?という誰かの声が届くと、「テルース!、やはりテルースが今回の事故の原因なのか!?テルースに何か異常があって、こんな事になったのか?!誰だ?テルースの開発責任者は誰だ!?」カムラが目をギラつかせながら叫ぶ。
「テルース開発責任者はタナー助教です」周囲の誰かが答える。
「タナー!タナーはどこにいる?!」
「ここに居ます」
カムラの叫びとも呼びかけとも言える声に、震えながらタナーが返答する。テルースが発射直後に生じた破壊衝撃、確かにテルースの開発においてシミュレートや近似テストは何度も行った。しかし実際のエーテリオンドライブを用いた試験は時間の都合から行えなかった。それが悪かったのだろうか、何か問題があったのだろうか、しかし今回のような破壊に至るまで問題があったとは思えない。
そもそも機体設計は自分ではなく宇宙戦闘機の設計チームが担当していた。ならば彼らが悪い。
いや、途中から自分がテルース開発の最高責任者に就任した。いや、でも私が実際に開発したのはパイロットだけ、機体に問題があったとすれば、機体の設計開発チームに責任がある……。
そう、カムラに早口で震える唇で説明をするタナー。私は責任者ですが、実際に私が直接携わったのはパイロットだけ、ドライブ中に機体が原因だったとしたら私ではなく機体開発者に問題が…… と何度も言い訳をする。
「ではその機体開発は誰が行った?そして今どこにいる?」
カムラが冷たい目でタナーに尋ねる。しかしタナーではなく隣りにいた事務補佐官が答える。
「基本設計はグライン主務ですが、途中で交代してフザカ氏が担当となりました。しかしフザカ氏はヘカーテ喪失の責任を負って交代、設計部門の人間ではなくタナー助教が責任者を兼務する形となっております。タナー助教からは設計部門からフザカ氏の後任を選定されておりませんので、現時点で設計責任はタナー様にあると考えます」
「何よ、それ!私が設計していない部分まで私の責任なの?!おかしいじゃない!」
「いえ、ですからフザカ氏が退任された際に、機体設計に関する責任者を任命して下さいとお伝えしておりましたが、ご自分で兼務されると宣言されたのがタナー様でした。申し訳ありませんが、議事録及び人事決議書すべてに記録がありますので、後ほど確認して頂ければわかります」
怒りで怒鳴る直前だったが、補佐官に説明を受けて、ふと思い当たる事があった。パイロット方式について自分のテルース方式が正式採用となったが、様々な部分が未試験状態だったため、機体設計チームから様々な質問が発生した。テルース方式には不明瞭や不確実な点が多く、実績のあるヘラ・ヘカーテ方式に変えたいと設計チームリーダから意見が出た際に、そのリーダを更迭しタナーが兼任する事で、テルース方式への反対意見を黙らせたのだった。
人より数倍も切り替えの速さがタナーの特徴であったが、しかしこの瞬間、自分以外に責任を取らせる他人が居ない事を明確に悟った。そしてカムラが、自分にすべての責任を押し付けてくるだろうことも、冷静に感じ取っていた。失敗時に、責任を押し付ける相手を作っておく、これが星群で長期にわたる権力に座り続けるための極意であった。若いタナーは、すべてにおいて経験不足だった。
一方のカムラも、ベロボーグ計画の失敗をタナーに押し付けるにしても、作戦立案や実際に目の前で起こった事故そのものの責任は自分にかかってくる事を理解していた。作戦司令本部長フージは、今回の失敗をすべて自分に押し付けてくるだろう。タナーだけではスケープゴートにはあまりに不足している。どうする?妻のエミーも一緒に処分するか?
そう逡巡していた時である。先ほどタナーを追跡していた事務補佐官の声が上がる。
「カムラ技術本部長、ルイ議長から出頭命令が入っております」
その瞬間、シャトル内部の空気が凍り付き、音と動きが失われた。カムラも言われた内容を理解しきれず、事務補佐官の目を見返しながら、もう一度内容を確認した。
「ルイ議長から、なんだって?」
「もう一度説明いたします。カムラ技術本部長はこの後、直ちにルイ議長の元に出頭するようにとの事です。場所は星群作戦司令本部が置かれているヘリオス特別本部。今向かっているところです」
「……わかった。いや、当然だ。到着したらすぐに向かう。タナー君も同行するように。あとエミ・・・」
「いえ、出頭はカムラ技術本部長お一人で、という事です。だれも同席同伴は認められておりません。」
再び、周囲の空気が凍るように感じる。少しの間、沈黙が流れ、そして皆が理解した。カムラはこれで最期だろう、と。
「そうか、いや、わかった。いや、きちんと説明すれば理解して頂けると思う。いや、理解して頂けるように説明する。」
もはやカムラが誰に向かって言っているのかすら分からない状態だった。カムラの目からは力が失われ、その後はブツブツと聞こえない声を上げていた。
70分後、シャトルはヘリオス特別本部建物に到着し、入り口にて即座にカムラは複数の屈強な制服姿の男たちに強制連行されていった。それを見送りながら、タナーは自分もまた、決して明るくないであろう自分の今後について考えざるを得なかった。
◇
その後、星群内ではベロボーグ計画の延期が発表された。またエーテリオンドライブの無人航路を有人宇宙船で進行する技術とそれに関するプロジェクトも一旦白紙となった。惑星ヘリオスの破壊されたドライブ発射口についても、その復旧予算がまかないきれず、必要な調査の継続と最低限の機材搬出のみ行われていくことになった。
◇
このベロボーグ事変において、太陽系側の人的被害はゼロ人、アルタイル星群側の人的被害は宇宙飛行士80名殉職、現場作業員や関係者が158名死亡という結果が発表された。
アルタイル星群と太陽系との宇宙戦争は、距離的には数百光年だが半径1kmにも満たないドライブ航路内でのみ行われ、太陽系による防衛が成功し、アルタイル星群の侵攻と計画そのものの瓦解したというのが地球側の記録である。
アルタイル星群側では、ベロボーク計画は太陽系への侵攻を意図したものではなく、単なる有人宇宙船の実験であり、実験中の事故により中止とだけ記録された。
このベロボーク事変の後、星群内では大きな人事異動が生じたが、特に情勢への影響はなかったとされる。ただし地球不可侵条約の破棄や地球犯罪組織ERの撲滅を宣言した事について、宣言の取り消しはなかった。
後の軍事記録において、
「地球側は最高技術を用いて最小の被害に抑え、最大の成果を得られた宇宙一小さな防衛戦争だった」
「アルタイル星群側は最高金額をつぎ込んで最大の被害を受け、最小の成果を得た宇宙一失敗した侵略戦争だった」
と記録されるベロボーク事変だったが、アルタイル星群は最後まで地球側の攻撃を把握できないままであった。




