三十一話 ベロボーグ(1)
宇宙暦621年4月4日、アルタイル星群政府において、地球不可侵条約の破棄が宣言された。
過去に地球およびその周辺で行われた大規模戦争において、アルタイル星群は正当な勝者であり地球の守護者である。他国の攻撃によって地球環境が汚染・破壊された事に対して、復興の義務が我が星群にある。しかし今現在、地球は犯罪組織ERの影響下にあり、これを排除する必要がある。そのため、太陽系および地球からERを壊滅し、地球の編入を行うベロボーグ作戦を開始する事をルイ議長が演説し、その映像が星群全域に公開された。
太陽系に直通するエーテリオンドライブ発射惑星ヘリオスでは、総勢300機を越える宇宙戦闘機が集まっていた。戦法は待ち伏せに対抗するための対ミサイル防御船が18機、その後に間髪おかずに攻撃船が12機、連続して投入される。これらはすべて無人操縦であった。
その後にテルースを1台ずつ計6台が逐次太陽系に侵攻し、戦況を判断しながら領域の確保を行う。そしてテルースからの情報を元に、残る200機を越える宇宙戦闘機を絶え間なく送り続け、火星圏の領域確保を行う。ヘラやヘカーテの失敗を糧に、戦力は小出しにせず最初から最大戦力を投入する必勝の体制であった。軍部の作戦本部責任者はフージ、技術責任者はカムラ、この2人をトップに、ベロボーグ作戦と名付けられた太陽系侵攻が立案され、受理された。
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エーテリオンドライブ出発台は、内部ごと改造された惑星と、その地表に浮く発射口の2つで構成されている。惑星内部をエーテル振動に共振させつつ、指向性の空間圧縮と開放を同期させる事で、発射口のある方向のみ超光速で物体を飛ばす。飛ぶ方向は1つのみ、行くことは出来ても同じ航路で帰ってくる事は不可能という、惑星を使った空気鉄砲であった。
無人エーテリオンドライブの場合、比較的小さい航路で速度はより早くなるが、宇宙船とエーテル振動で圧縮された空間との位相差からくる慣性力は人体に著しい悪影響を与えてしまう問題があった。星群は人間を特殊な箱と粘性液体で覆う事でその影響を極小化し、ヘラとヘカーテの有人操作船を無人エーテリオンドライブで飛ばすことに成功した。ただしこの技術では、パイロットは人間としての生活能力どころかコミュニケーション能力すら失ってしまうため、次世代の技術が望まれていた。
そしてベロボーグ計画では、搭乗者の肉体そのものを特殊なウェアラブルマテリアルで保護や交換する事で、コミュニケーション能力を維持した人間が無人エーテリオンドライブでに耐えうる技術を確立した。ただやはり人体改造が必要であり、その改造はこれまた不可逆であった。さらにウェアラブル改造された人間は、とある状況になると不安定に陥りやすいという欠点があった。しかしタナーはこれを隠匿した。
太陽系圏内への有人エーテリオンドライブ航路は別途探索と構築を行いつつ、すでに構築された無人エーテリオンドライブ航路を使って地球を支配権に置く事が、ベロボーグ計画の概要だった。元々が独裁国家から誕生したアルタイル星群では、人権の上に支配層がおり、尖兵はまさに使い捨てであった。
このベロボーグ計画の要となる有人パイロットはタナーにより開発され、手足を切断され人工マニピュレータが取り付けられ、筋肉や内臓の半分近くを生体テラマテリアル臓器に交換された。ヘラやヘカーテのパイロットは頭部以外の臓器はほぼ除かれたが、タナーに言わせればそれよりだいぶまともな改造だった。ただその改造している最中に、パイロットに選ばれた人間は総じて重篤な精神的障害を負ってしまうため、エミー率いる洗脳チームが精神治療という名目で強力なマインドコントロールを施す事で対応した。
タナーとエミーは80人超の有人パイロットを製造し、そのうち出来の良かった72名がベロボーグ計画に動員された。そして星群歌と賛美歌の元、惑星ヘリオスからまず30機の無人宇宙船が出立した。その30機は無人であるが、有人戦闘船テルースのパイロット思考とエーテル通信により同期し、テルース1台につき5機の無人船が手足となって戦闘するシステムとなっていた。
まず無人機が待ち伏せる地球側のミサイル攻撃に対応している最中に、テルースが到着する。そして状況や現場を把握しつつ、星群に情報を送る。戦場を制圧した後に、工作船セレネーと宇宙ステーションを太陽系に迎え入れ、橋頭堡を確保する。宇宙ステーションが建設できれば、随時星群から絶えず物資を輸送できる。このベロボーグ計画には、数年に渡り星群の年間軍事予算の7割が導入されていた。




