二十三話 ヘラのパイロット(3)
「これで皆にヘラの情報を伝えたが、しばらく内容は秘密にしておいて欲しい。また新しい情報や展開が判明したら追って連絡する。最後に、まだ一言も発言していないけど波木君、何かいいたい事はあるかい。」
ヘラの情報映像を見ながら今の今まで、波木は一回も口を開けていなかった。ただ食い入るように映像を見ていたが、ササの目には波木の感情がわからなかった。仕方ないのでとりあえず波木に質問を投げたが、彼は首を振るだけだった。
「そうか、ではこれで会議は一旦終了だ。みんな、昨日の戦闘から今日に至るまで本当にお疲れ様。しっかり休んでくれ。では解散」
はっと全員が敬礼し、スパイダーパイロット6名が部屋を退出した。レイコは映像の片付けを開始し、ササは凝り固まっていた肩をほぐそうと腕を回した。しかし波木は退室せずに残ったままだった。
「どうした?波木君。まだ何かあるかい?みんながいると話しにくい事かな?」
ササが再度質問をすると、ようやく波木が口を開けた。
「ヘラのパイロットは生きているが、人間としてこの後生活できるまで回復なり処置なりできるのだろうか?ササ指令。」
波木の目が細められこちらを睨んでいた。そして何より激しい怒りを抑え込んでいた。
「医療班の話だと、正直むずかしいとの事だ。元に戻すことをまったく考慮せず人間をあの状態に改造した、と断言していたよ。操縦に不要な部分は全部外されていて、ヘラの燃料が切れる辺りでパイロットの命も一緒になくなるように生命維持システムも計算されているようだと言っていた。そして今の我々が持つ技術では、どうしようもないという事だった……。」
ササは段々自分の声が小さくなる事を自覚していた。
カタンっと何かが落ちる音がした。横を見るとレイコが机の下にペンか何かを落としたようだった。すいません、と謝りながら床にかがむが、かがんだ瞬間に手を口に当て、ポロポロ涙を流し始めてしまった。
ああ、そうか。彼女はずっと我慢していたんだ。昨日の映像から今日の午前中に行った解析班と医療班からの報告もすべて一緒に聞いていて、何も言わなかったけど我慢していたんだ。すまない事をしたなぁ、彼女は今日の会議に入れない方が良かったか……とササが後悔した時だった。
「ササ指令、次に来る星群からの探索船、ヘカーテと言ったか。それは俺に対峙させてくれ。そして操縦席を撃ち抜かせてくれ。人間として生きられないなら、この手でパイロットとして死なせてやりたい。」
波木の言葉は、暗い闇に沈んでいたササの心をすくい上げてくれた。ああ、そうだ、こういう奴だった。自分に波木を紹介した友人だけでなく自分にとってもこの男は希望だったのだ。だから自分は波木に賭けてきたのだ。自分がやるべき事は、波木がまっすぐ進めるように道を作るだけだ。
「確約はできないけど、出来る限りその希望を叶えるようにする。多分、君が一番の適任者だと思う。ありがとう。」
「何のお礼かはわからないけど、俺はやりたいようにやる。ふざけた宇宙船をぶっ壊して、星群に一泡吹かせるだけだ。」
「そうだね。本当にふざけた宇宙船を作ったもんだよ、星群は。地球を汚した時から変わってないんだろうね。だから地球にこんな船を送ってきた。彼らは今の地球にもこれからの地球にも不要だ。だから親切に追い返さないとね。」
波木もササもそう言い合いながら、ようやく心が軽くなったことを実感した。よし、やるか!そう思ってふと床にかがんだままの副官を見ると、さっきと違って今度は両手で顔を抑えながら泣いていた。ただ先程の、悲しくて我慢しきれなくて泣いてしまったという感じではなさそうだった。
そういえばレイコくんがこんな風に涙や感情を見せるなんて珍しい、というか初めてだよな。と思いつつ、波木を手招いて小声で相談する。
「波木君。そのかわりと言っては何だけど、僕この後用事があるからレイコくん任せていいかな。」
「え?何?俺?何すればいいの?顔を拭くタオルとか持ってくればいいの?」
「ばか!声がでかい。」ササの声もつい大きくなってしまった。
「何もしなくていいです!!二人共早く出ていって下さい!!」
顔を真っ赤にしたレイコが涙の残った顔で睨んできた。
ほら見ろ、おこられたじゃないかと部屋から追い出されたササが波木に言うと、とことん波木は理不尽な顔をした。




