二十一話 ヘラのパイロット(2)
オンライン会議の終了後、消えたモニタに向かってササは愚痴をこぼす。
「極秘か公開か、きっぱり決めてくれた方が良かったな。相手によっては個人的な判断で教えてよいなんて、えこひいきだと言われそうだ。」
会議に同席していた副官から修正を受ける。
「ササ司令、個人的判断ではなく責任者としての判断です。お間違えのないように」
「似たようなものでしょ。言うかどうかレイコくんに任せようかな。」
「それは無責任というものです。もし本気で私に選ばせるのであれば、完全に情報を隠します。」
「そうだね、それが一番だろうな。どうせこの情報の広まり方も、諜報部にとって裏切りそうな人間を調べる材料の一つだろうし。」
少し驚いたレイコも、ああと納得する。
「そうですね、部隊員どころか議員でも星群に情報を売り込もうとする人間も居たくらいですから、綱紀の乱れを正す必要はまだありそうです。」
「信頼しても信用はするな、だっけ。今回のスパイダー乗員と波木、計7名には明日にでも情報を伝える。それ以外には現時点では公開なし。そして情報部には7名のリンク追跡を依頼し、接触者を記録。気は進まないが、この方針で行こうと思う。」
「了解しました。私もその内容に賛成です。」
「まだ戦闘の掃除も残ってるけど、明日使う部屋の予約と準備をお願いできるかな。情報部には私が直接連絡する。」
翌日、ブリーフィングルームには、スパイダー戦闘機にてヘラと交戦した6名と波木が集められた。そして壇上にはササ司令が立ち、副官のレイコがモニタ操作席に座った。
「さて、忙しい中集まってくれてありがとう。そして昨日の戦闘も完璧だった、素晴らしい。あとみんな無事で良かったよ。」
スパイダー搭乗員の6名は立ち上がり、敬礼を返す。第二防衛隊が誇る戦闘機パイロット6名、年齢順にアツシマ、オーモリ、カイリン、シズキ、マツヤ、トーリとなる。カイリンとシズキは女性である。
波木も部下の6名を見ながら敬礼する。
「全員、自分から見ても素晴らしい操縦だった。今回、初見ともいえる敵兵器に対して、無事に成功を収めた事を誇りに思う」
「はっ、ありがとうございます。」6名が揃って敬礼を返す。
その後、ヘラと第一防衛隊との戦闘データや、監視システムが記録した様々なデータがモニタに映し出された。また回収した実機の分解調査にて、現在までに得られたヘラの戦闘能力も並行して副官のレイコから説明された。
「さて、諸君。この後少しショッキングな画像が入る。覚悟して欲しい。本当ならば君たちにはこの情報を見せないという選択肢もあった。が、この後さらに火星に到達する星群からの探索機と相対するのは高確率で君たちだと思う。なので今この時点で情報を共有したいと考え、司令本部に許可を頂いた。」
説明が進み、そして問題のヘラ解体の映像を写す直前、ササが発言した。7人の戦闘機パイロットがそれぞれ軽くうなずくのを見た後、映像が再開された。
ヘラの頑強な制御室を開けるため、工作機が苦労しながら作業している映像の場面でレイコの説明が続けられる。
「ヘラと交戦した第一防衛隊の情報により、ヘラが無人ではなく有人操作であると修正されました。そして皆様の尽力により、ヘラは破壊されず、こうして制御部の分解調査が可能となりました。」
「レイコくん、私がその後を説明する。君は映像操作だけでいいよ。」
すいません、と小声でササに謝るレイコ。そして二重の隔壁で囲まれていたヘラの制御部が開放された映像が映った。制御部内に照明が当たり、中心部に大きさが1メートルもない透明なボックスと、その中に胸像のような物が見える。何だろう、あれは。と誰かの声が聞こえた。ササは皆に告げる。
「これがヘラの操縦席だ。そして彼が、ヘラのパイロットだ。」
7人は宇宙戦闘機のパイロットとして突出しており、瞬時の判断力に優れた者たちである。その説明だけで皆が理解したのだろう。生唾を飲み込んだ音と誰かの短い悲鳴、そして普段は気にもとめない椅子の軋む音さえ大きく響いた。
映像は停止する事なく、技術員がヘラの制御部……いやコクピットというべきだろうか……を調査する様子を写し続ける。カメラが近づき、液体の中に浸かった上半身だけの人間がくっきり映された。
目や鼻や口に繋がれたケーブル、脳と直結されたAIサーバ、両腕は上腕のかわりに平たいベルトと接続されていた。腰から下は存在すらしておらず、趣味の悪い胸像のようだった。
さらに映像がパイロットに近づくにつれ、皮膚の代わりに硬質テラマテリアルで体全体が覆われている事にも気付く。パイロットは映像の最中、微動だにしなかったが、心臓に繋がれたチューブだけが脈動しており、生きている事を感じさせていた。
「まだ詳しい調査はこれからだが、医療班の多大な努力により、ヘラのパイロットは今も生きた状態であの場所にいる。ヘラのパイロットには様々なインとアウトのケーブルが繋がっているが、そのケーブルを外して良いか確証が取れるまで、申し訳ないが今の場所に居てもらう予定だ。私個人としては、なるべく早く操縦席から降りて、楽にしててもらえたら、と思っている」
映像から聞こえる音声以外、誰もが無言だった。皆が映像から目を離せなかった。敵とは言え、自分と同じパイロットだ。もし自分が星群にいて、あんな状態で宇宙船を操縦する事になったら……。そんな想像をしている者もいるのだろう。7人の顔がみな色を失っていた。
その中でも特に白い顔をしていたシズキがササに向けて軽く挙手をする。ササはレイコに一旦映像を切るように、そしてシズキに発言をと伝えた。
「第一防衛隊によって、ヘラは無人探索機ではなく、有人戦闘機と判断された理由がわかりました。この中で一番はじめにヘラの攻撃を受けた私も、AIではありえない状況判断や戦術変更だと思いましたので……。ただ正直な所、交戦中にヘラはAIではないが人間でも無いなと感じました。理由は、あの、うまく言えないのですが、必死さが無かったというか、ただ状況を受け入れていただけと言うか……」
自分のときより立ち直りが相当早いなとササが感心していると、スパイダー部隊で最も年上のオーモリも口を開けた。
「たしかにそうだな。スパイダー6機に囲まれた後のヘラの戦い方だが、普通のパイロットなら勝ち残るために体当たりとか、あらゆる手段を使って、それこそ最後まで全力を振り絞ってたと思う。でもあの時のヘラは諦めてたと言うか、必死さが全く感じられなかった。」
オーモリは戦闘中、ヘラの進行ルートに割り込む場所を担当したため、ヘラとシズキの乗るスパイダーとの戦闘を俯瞰出来ていた。ヘラが有人機だと聞かされていたが、敵陣に乗り込んできた割に妙に手応えがない事が不思議だった。
「たしかに自分がヘラのパイロットで、あんな状態だったら、必死になれないと思う。」
他の4人からも、人間が操縦していたとは思えない、状況判断は素晴らしかったが正直呆気なかった、といった意見が出される。発言しなかったのはグレビレアに待機していてヘラとの戦闘に直接参加しなかった波木だけだった。




