二十話 ヘラのパイロット(1)
ヘラが動作を停止してから数刻、ロングリーフ司令室ではササ司令が状況を決めかねていた。
「自爆しませんね…… まだ戦闘する意志や能力があるのでしょうか?」
「中に人が乗っているならば、だまし討ちを狙っているか、もしくは気絶してるか、かな。ただ自爆しないのであれば、ヘラを回収できるチャンスだ。無人工作機をヘラに直接接触させ、侵食作業が可能かやってみてくれ。」
「了解いたしました。」
もしヘラが何かしら行動を起こした場合に備え、6機の戦闘型宇宙船スパイダーが人工衛星のようにヘラを中心に周回していた。そこに無人工作機を搭載した輸送船が到着し、安全のために工作機のみヘラに向かわせた。
ヘラからの反応がないまま、10数台の工作機はすべてヘラ表面に到達した。そのまま本体と4本のアームとの分割、ブースタや動力部の完全停止、センサ類の一時的な封印、そして武装の無力化を実行したが、ヘラは完全に停止したままだった。
ヘラの内部に侵入を開始した所、内部でいくつか動力は現存しており、生命反応も確認された。ただ宇宙空間でこれ以上の解体は内部生存者に対する危険も増すため、小型の宇宙貨物船にヘラを格納し、その中でヘラ本体の分解作業を行う形となった。
◇
「これを人間と考えて良いのでしょうか……」
工作班によるヘラ本体の解体が進み、制御室を開けて中を確認した技術スタッフの第一声である。
ヘラは無人探索機の構造であったが、身体を改造された人間が制御部品として搭載されていた。超光速のエーテリオンドライブに耐えられ、更に必要な生命維持を補給する粘性ゼリー体に浸かった人間の上半身が制御室の中央に固定されていたのだ。
その頭部にはAIサーバとリンクケーブルが、目や耳があるはずの部位には各種計器からの信号ケーブルが繋がっていた。そしてヘラ本体を自在に操作するため、脳や脊椎に出力線が、これもまた直接繋がっていた。そして彼、もしくは彼女は未だに生きていた。
「パイロットの操作効率を追求した結果の一つが、このヘラ操縦者になるのかね……」
ヘラ解体の指揮を取っていたササは、ヘラのパイロットが文字通り裸にされていく作業をモニタで見ていた。第一防衛隊のユト・ナーとその副官、そして他の防衛隊責任者もまた、同時リンクされた画像を共有していた。
ヘラと最初に戦ったユト・ナーは、自軍の戦闘機が壊された時よりも更に落ち込んでいた。
「ここまでするかね、かの星群は。人権って言葉を地球に置き忘れたのかね。こんな非道な兵器を我々は相手しなければならないのかね。」
ユト・ナーの隣りにいた副官も顔を青ざめながら言葉を続ける。
「AIの情報処理に人間の判断力を組み合わせた、ある意味理想的な無人機と言えます。これならば効率よく敵の領地内で尖兵として働けると思います。恐怖もなく、裏切ることもなく、冷静に状況を判断して命令を実行する恐ろしい発明です。どれだけ人体実験したのでしょうか、恐るべき完成度です。あと数カ月後に来るという2番目の地球探索機も、同じシステムが組み込まれているのは間違いないはずです。」
全くそのとおりだな、とササは思う。そんな兵器を開発するのはまっぴら御免だったが。
「まず、倫理的な観念や個人の感情は一旦抜きにする。ヘラが分析に耐えられる状態で捕獲出来たのは僥倖だ。ヘラを徹底的に分析し、星群の情報を可能な限り取得する。これを作戦部と諜報部の最優先事項とする。」
司令本部の総指揮官付き技術責任者カーツがリンク映像で宣言する。ササとカーツは同期で年齢も近く、公私に渡り20年以上の付き合いがあった。ササは周りから人が良いと評価されたが、そのササからしてカーツは更に人が良いと言われる人間だった。事実、カーツと一緒に仕事をしたことのある人間から、カーツが怒った所を見たことがないと言われるほど温厚だった。
そのカーツが、傍目からもわかる位に感情が高ぶっていた。しかし彼は技術責任者に任命されるほど、自分の仕事に責任を持っており、ササは彼の感じている憤りを思いやった。
「ヘラの制御部に使われているパーツ、あえてパーツと言うが、これは非常に重要な情報を有していると考えられる。医療班を動員し、パーツの保存は行うが、情報収集を優先する。」
パーツとは言いたくない。だが仕方がない。星群が生きた人間をパーツとして扱っている以上、こちらもそう考えるしかない。
その後も、いくつかの情報交換や今後の計画を話し合った後、ササは司令部に質問した。
「ヘラは現時点でも無人探索機であると考えてよろしいでしょうか?」
少し間を置き、カーツが回答する。
「現時点では、へラは無人地球探索機として扱う」
「では中に人間がパーツとして使われていた事は、極秘でしょうか?それとも公開してもよろしいでしょうか?極秘の場合であっても、直接ヘラと交戦した我が部隊の隊員にも極秘となりますでしょうか?」
「今の時点では極秘としたい。今この会議に参加しているメンバー以外に情報公開は不要と考える。……ただ各防衛隊において、責任者の判断と責任範疇にて、情報を公開しても良いものとする。」
えっと複数の驚く声がオンラインで聞こえてくる。皆が一様にカーツの映るモニタを見る。カーツは一度大きく深呼吸し、ゆっくりと説明を続けた。
「極秘と言ってもここまでショッキングな内容だ。黙っていればいるほど考え込んでしまうだろうし、どうせいつかは分かる事実だ。本部として今は極秘事項ではあるが、最終的には公開する方針と思ってくれて良い。ただ、騒ぎにならないように、各自配慮する事。以上だ。他に質問は?」




