二話
光速を超える技術を書いています。さらっと読み流して頂いても構いません。
超高圧の空間圧縮破壊兵器から発見、開発されたエーテル振動は、疑似超光速の通信であり移動方法であった。通常空間における振動は光速以上の速度が出せなかったが、空間そのものを振動媒体とみなし、指向性をもつ任意の空間が膨張と圧縮に相当する振動を行うことで、擬似的に光速を超える通信が可能となった。
この空間そのものを振動させるエーテル振動を起こすと、空間の端面ともう一方の端面とが亜光速で接近と離反を繰り返す。この離反時に信号を入射させ、接近時に空間を通り抜けることで、超光速のエーテル通信が可能となった。さらに通信だけでなく、移動方法にも応用され、光速を超えた移動が可能となった。
エーテル振動中を駆動する宇宙船の速度に限りがあるため通信ほどの速度は出ないが、光速を超えるエーテリオンドライブの確立により、人類は宇宙に移住するきっかけを得ることになった。
しかしこのエーテル通信とエーテリオンドライブの欠点としては直進のみの一方通行であり、構築されたエーテル空間を逆方向に進行することは不可能であった。さらに厄介な点として、物体や情報を送る出発点が、必ずしも到着点とならない事であった。エーテル振動の場合、発信と受信は別々の特性となるが、火星などの一部を除いてどちらかにしか適さない地点の方が多かった。
そのためエーテル振動については心無い政治家から糸電話の方がまだ便利だと揶揄されたが、実際にその通りであった。エーテリオンドライブはいわば宇宙空間内での超特急であるが、レールは一方通行で単線のために並走も出来ず、カーブの線路は作れないので軌道はすべてまっすぐという、なかなかに使い勝手の悪い交通手段であった。
しかし駆動中は人類が耐えられる状態で光速を超える事、そして軌道そのものは外部環境からの影響を受けないという安全性から、人類の宇宙進出に無くてはならないものとなった。
このエーテリオンドライブに対しては、ミサイルやレーザといった光速かそれ以下の速度で飛ぶ兵器はまったくの無意味となった。またエーテル通信も一方向かつ振動中は収束もしない点と線の挙動のため、ソナーやレーダといった索敵にも応用できず、エーテリオンドライブで動く物体を感知する方法は、現時点では不可能であった。
さらにエーテリオンドライブは恐ろしいほどのコストとなり、戦争に転用するほどの予算とリスクは当時の軍事大国でも負えなかった。ミサイルをエーテリオンドライブで飛ばす費用を計上した所、独裁国家のトップでさえ10秒後には目元を手で覆ったほどの莫大な予算だった事は軍事資料に載っているほどである。働きアリを一匹ずつロールスロイスで運ぶ方ようなものという冗談も生まれたという。
結果、幸いなことエーテリオンドライブは移動用の手段としてのみ発達し使用されてきた。
開発されてから600年が経過したが、エーテル通信はいまだに使い勝手の悪い超光速の糸電話であり、エーテリオンドライブは直線パイプの中に綿を詰めて息で飛ばすおもちゃの超高級品のままであった。
ただしエーテル通信の発振器は技術革新が進んで直径3mほどのサイズにまで縮小することができたため、現在はほとんどの宇宙船に装備されるようになった。受信機はさらにその1/10サイズとなり、気の利いた無人作業ロボットでも内蔵されるほどである。
しかしこれがエーテリオンドライブになると、有人宇宙船が通過するのに要するエーテル空間を生み出すのに最低でも直径500kmの球型振動子が必要だった。人類の歴史において火星に一番最初にエーテル振動核が作られたが、それが約600年前の人類が国家と越えて共同作業をした最後の平和事業となった。
火星は宇宙への出発港であり、また宇宙から帰ってくる際の灯台にもなるはずだったが、国家間条約により外宇宙から火星への人類帰還は一切禁止となっていた。それが外宇宙に出ていく人類が地球圏内に残された人類に支払った戦争の安すぎる代価だった。
火星に到着するエーテリオンドライブ宇宙船は無人船のみであり、宇宙に旅立った人類はまさに地球を捨てていった民であった。残された地球圏内の人類が、宇宙に向かった星群をどのように思っていたのかは定かではないが、現在の地球では「星群は宇宙への流刑者」と記されていた。