十七話 ヘラ VS 地球防衛軍(2)
無人地球探索船ヘラは、地球の衛星軌道に到着後、計画通りに4本の作業アームに備えられたレーザ走査型カメラを使い地球の観測を始めた。そして同時にエーテル通信を発信させ、得られた観察情報から必要な物を抽出し、星群セントラルエリアに送信するフェーズへ順調に移行した。
順調ではなくなったのは、衛星軌道到達から15時間ほど経ってからである。観測していたカメラや測定器にノイズが入り始めた。それが10分間ほど続き、補正を行うか判断に迷っていたときに、ヘラは空間全体の違和感を感じた。
ヘラの観察系統は可視光域だけでなく非可視光領域まで幅広く察知しているが、その波長帯では違和感を検出していなかった。となると違和感の正体はエーテル振動となる。そうヘラは判断した。
エーテル振動は地球上の物質を貫通してしまうため、観察系統には使用されないが、ヘラにはエーテル通信やエーテリオンドライブのためにこのエーテル振動の検出装置も備えられていた。しかしこの検出装置ですら、周囲の空間に作用している状況を感知できなかった。
ヘラはこの状況を整理し、その非常事態の重さから、現状取得できた情報すべてをエーテル通信にて星群のセントラルエリアに送信した。送信作業自体は完了したが、しかし受信した側から返ってくるはずの完了信号はいつまで経ってもヘラに届かなかった。
ヘラはしばし考え、敵による正体不明の通信障害攻撃を受けていると判断した。また間髪おかずに複数の飛行物体が高速で自分に向かっている事を検知した。飛行物体が近づくほど自身が持つ機器への妨害が強くなるようで、すでに様々な測定器の妨害が発生していた。そのため飛行物体の情報はまったく入手できないが、肉眼で見た限りでは自分に仇なす存在と思われた。
このままではジャミング攻撃だけでなく、物理的な攻撃を受ける確率が高いであろう。そこでヘラは直下の状況を打破するため、自身に備えられた防衛装置を展開し始めた。
4本の作業用アームから観察系統を格納し、戦闘系統をオープンさせた。そしてアームを本体から切り離し、本体の護衛を再優先事項と位置づけた。通信妨害のためアームは有線で本体とつなぎ、本体を中心に正方形の防衛陣を敷いた。アームを変形させ、超短パルスレーザ砲と炸裂式バードショットの発射準備を開始した。各種追尾式ミサイルは不使用とした。
ヘラ本体も観察系統の機器を一時収納し、最終的に離脱まで視野に入れた高速移動形態となった。完全に周囲を取られると判断した場合のみ離脱、そうでなければこの空間にて迎撃する事をミッションと定めた。ジャミング環境では敵の攻撃手段も限られているだろうと推察し、超短パルスレーザをメイン武器に選び、射程位置まで待った。
ヘラが推察した通り、地球表面からこちらに一直線に向かってくる飛行物体はミサイルと思われる飛翔体攻撃を第一陣として発射してきた。ヘラは4本のアームから時間差で走査型パルスレーザの面射撃を行い、ミサイルをすべて破壊した。
その後、敵機本体もまた指向性パルスレーザを放ちながら幻惑するような陣形でこちらに波状攻撃を加えてきた。ヘラは敵機の動きは最終的に自分の周囲を包囲する事にあると看破した。
ヘラは敵機体の変則的な動きに惑わされず、敵のレーザをアームの防御面で受け止めつつ、3次元駆動によって囲まれない位置にまで移動した。そして移動中に超超短パルスレーザのエネルギー密度を最大にまで上げ、敵機が射程範囲に入った瞬間に走査型レーザの面射撃を行った。
面射撃は点で発射される超短パルスレーザをアルキメディアン・スクリュー軌跡で連続発射することで、任意の円全体を一様に攻撃する方法である。元々は地表をある程度まとめて掘削するために開発されたレーザ照射技術だが、星群はこれを宇宙空間用の攻撃兵器に昇華させていた。大気成分のある惑星表面に近いほど威力は減衰してしまう欠点があるが、ヘラの有する3次元の高速機動と組合せることで、大気の薄い衛星軌道では十分にその威力と効果を発揮した。
敵性機体の表面は妙に光を反射していたため、対レーザコーティングが施されているだろうと思われたが、惑星表面の堀削に使われる衝撃波発生タイプのレーザには効果が薄いだろうと推察した。結果、その通りにヘラのレーザは照射を受けた敵機表面を浸透してその裏側に激しい衝撃波を発生させ、内部に壊滅的な被害を与えた。
そして10機の敵機をすべて撃墜した後、次に来るであろう敵機の索敵を開始した。残念ながらジャミング状態は解決できなかったため、この場所からの脱出も視野に入れながら、冷静にヘラは次の行動を計画した。




