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宇宙一小さな宇宙戦争  作者: みなぎ
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十五話 星群の裏切者(1)

カムラのプロジェクトに所属する研究者がどんどん拘束時間が長くなっていき、ウラケの顔もだいぶ険しくなってきた頃、タナーは久しぶりに定時帰宅を予定していた。というのも地球探索2号機ヘカーテの太陽系到着とその着信データ受信が明日となったからである。


ヘラ消失からちょうど100日後の明日、ヘカーテがエーテリオンドライブにて火星圏内に到達し、明日にデータが届く予定であった。そのデータを受信するため、一部の上層部が特別会議室にて集まる事に合わせ、今日は研究所が一時的に定時上がりとなった。


「先輩、お久しぶりです。」


タナーが更衣室にて着替えている最中、後輩のアオリが入室してきた。


「久しぶり、元気そうね。」

「はい、私は残念ながらカムラプロジェクトには入れませんでしたので、寂しく一人で作業してます」

「あら、じゃあプロジェクトに入れるように先生にお願いしてあげようか?」


悪評高いプロジェクトだ、きっと嫌ですよとか遠慮しますとか返されるんだろうなとタナーが思っていたが、予想と違う回答が返ってきた。


「先輩、先輩の言う先生ってウラケ先生ですか?それともカムラ先生でしょうか?」

「え……ああ、私はウラケ先生の事を言ってたんだけど……」

「先輩は、カムラ教授の事は先生って言わないんですか?」


そういえばお世話になったときから一貫してカムラに対してはカムラ教授と呼んでいた。カムラ夫人と呼び分けるつもりだったのか、それとも若くして教授になった事に対する尊敬の意からか、先生ではなく教授と呼ぶのが常だった。そんな事を考えながら答える。


いや、確か以前、どこかの男性が「カムラ先生」と呼んだ際に、「私を先生と呼ぶな。教授を付けなさい」と叱責した事があった。それを見て以来、自分も教授と呼ぶようになった。あれはカムラの矜持なのだろうが、また自分の知らなかった面を見た思いだった。


「カムラ教授は私が初めてお会いしたときから教授だったし、教授の奥様とも親しいので、ずっと教授って呼んでるわ」

「そうですか。じゃあ先輩はカムラ教授の意見に賛成派なんですか?」

「意見?」

「地球侵略です」


予想外の言葉に喉が詰まる。胃がギュッと縮まる。まばたきを何度もしながら後輩の顔を見る。彼女は更衣室に入ってきた時から笑顔だ。笑顔でこちらを見ている。


「カムラ教授は地球侵攻に賛成しているのは知ってる。でも私は中立で、賛成でも反対でもないかな。」


「地球侵略ですよ。地球に住みたいんですカムラ教授って。そして地球の指導者の一人になって名を残したいんですよ。先輩も同じ意見なのかなーって思って。」


「……何故、カムラ教授の考えがわかるの?勝手な想像とか、何かの噂?」


「え?先輩知らないんですか?カムラ教授が軍部の研究スタッフだった頃のレポートに自論で書いてますよ。論文じゃなくてジャーナル記事ですけど」


「……全然しらなかった。そんな記事。教授のスタッフ時代って何年前?今でも読めるのかしら?」

軽い冗談込の挨拶だった会話が、思いもかけない方向に進んでいった。この会話は外部に漏れていない?危険ではないか?ふとそう思ったが、アオリは笑顔のまま会話を続けた。


「昔は大丈夫でしたけど、今は戦時下に近い状況です。先輩であってもカムラ教授の名前で検索すれば猜疑心を持たれるので止めた方がいいです。あと女性更衣室では音声も画像も記録されていないので大丈夫ですよ。ただ入室後10分くらい経つと女性工作員が入ってこちらの会話を盗聴してきます。」


「え?」


「さすがに更衣室で画像を取るのは法律や倫理の問題からNGだし、盗聴用の荷物をロッカーに置いておくのも犯罪防止システムと相性が悪いんで、専門の女性スタッフがいるんです。あと5分くらいしたら入ってきますよ。」


「……それも知らなかった。そうなんだ、秘密漏洩対策ってそんなシステムだったんだ……」


「ええ、名目上は秘密漏洩防止策。実際はスタッフの監視と弱み入手ですけどね」


自分が知らなかった、そして知りたかった情報をここまで丁寧に教えてくれるアオリ。ここまでくれば、アオリの目的や正体にも勘付く。


「……もしかして、貴方が面接官?」


「さあ、何の事でしょうか。それより先輩、着替えなくて良いんですか?女性スタッフが入ってくると撮影されちゃいますよ。」


そういうアオリはすでに着替えが済んでいた。後から入ってきたのに着替えるの早いわね、などと変な事を思いながら、急いでタナーも作業着を脱ぎ始めた。


「先輩、汗がすごいです。ハンカチお貸しします。返さなくて結構です。」


そう言ってアオリはハンカチを手渡してきた。ハンカチくらい持ってるから大丈夫、と断ろうと思っていたが、アオリの目を見て素直に受け取った。


「ありがとう。ハンカチを忘れてしまったようだから、これで汗を拭わせてもらうわ。明日洗って返すわね」


「はい、また汗が出ちゃうかもしれませんけど。」


と最後まで笑顔のまま、アオリは更衣室から出ていった。



タナーは借りたハンカチを上着の内ポケットに入れつつ、着替えを終えて部屋から出た。ちょうどその時、自分より年上で研究棟の受付担当をしている人と入れ違いになった。タナーはお先に失礼しますと挨拶しながら、彼女が女性工作員かしらと思いながら帰路についた。


アオリから借りたハンカチは生体テラマテリアルの転写式網膜フィルムが縫い付けられていた。研究所から自宅である独身寮に繋がる直通の地下シャトルに乗り込んだ際に、タナーはハンカチを軽く目に当てて汗を拭く仕草で、目の網膜にフィルムを転写させた。


予想通り、それはカムラがまだ研究者時代、星群総合ジャーナル誌が行った若手スタッフへのインタビュー記事の写しだった。


「地球はわが星群が保護すべき惑星であり、今もなおわが星群の領土である」

「今から600年前の国家間戦争で真に勝利すべきだったのはわが星群であり、本来ならば地球を含む太陽系の支配権はわが星群の指導部にあった」

「地球環境の衰退や太陽系外へ進出するにあたり、不可侵条約を形式上締結したが、それは当時における地球の状況を鑑みての話である。地球環境を復活させ、当時成せなかった地球を支配下に置くことは、地球の守護者であるわが星群の役割である」

「惑星フォーミング技術に長け、当時から地球の支配権を持っていたわが星群にとって、来る宇宙暦600年の節目において、地球および太陽系の掌握は最優先すべき政策である」



何度も滅びては蘇る帝国主義がそこにはあった。ある程度は予想していたが、それでも他国を侵略そして支配し、強大な国家をつくろうとする思想を目の当たりにして、タナーは衝撃を受けた。こんな記事が掲載される以上、カムラの他にも帝国主義者が多くいるだろうし、カムラが軍に影響力を持つ以上、帝国主義はこの星群に深く根ざしつつ花開こうとしているのだろう。


星群はこの後、古の帝国主義に則って地球に侵略する事は確実である。そして地球に残った側との戦争になるであろう。自分は果たして星群と地球のどちらに味方するのか、いや、カムラに協力するのか、反対するのかどちらだろうか。いつ、それを決めなければならないのか……。

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