一話 地球のグレビレア(1)
宇宙に進出して600年、すでにゆりかごとして人類の記憶にしか残らない地球から旅立った人類は、しかしそれでもなお第二の地球となる星を見つけられていなかった。衛星や惑星を開拓し都市と工場をつくり、生活と開発の拠点を広げつつ、しかし宇宙服なしで安全に生活できる環境を持つ星を見つけられなかった。
また完全人工物といえる宇宙ステーションも開発コストに対する生産性の低さからそれほど普及せず、星の地表や地下に密閉された集合型の人工都市を建築し、そこで生活を営む状況にあった。地球で誕生し育まれた人間が、地球と同じように外を宇宙服無しで出歩き自然に触れ合い呼吸できる星を見つけること、それこそが宇宙開拓に旅立った人類の希望であり夢であった。
◇
「波木主査、グレビレアの搭乗準備をお願いします」とオペレータにコールを依頼してから数分後、小柄で若い男性が部屋に駆け込んできた。
「ササ司令、いよいよか!」と嬉しそうな声で作業机に体を乗り出してくる。波木の鍛えられた両腕を受け止めた頑強な机が軋んだ音を立てる。
この机は天然樹木の一枚板による最高級品であり、もう二度と手に入らないレベルのレア物だ。その所有者であるササの顔がゆがむ。
「あのな、波木。何度もいうが、この机は俺の宝物であり先代から受け継いだパートナーなんだ。粗雑に扱うな」
「そんなことより早くグレビレアを使わせてくれよ」
「そんなことより……?」波木の肩を掴んで力一杯握りしめるササ。しかし鍛えられた波木の筋肉はびくともしない。
「くそ、さすがシステムに選ばれた肉体だ。全然びくともせん。」
「ササ司令、いい加減に話を進めてください」左隣に控えていた若くて黒い長髪の女性がしかめた顔で告げる。
「ああ、すまんすまん。レイコくん。では波木主査、君へのミッションを伝える」
「はっ!」
3人は部屋から出てカーゴ室に向かう。部屋には油の独特な臭いが漂い、灰色のジャケットを着た作業員が何人も集まっていた。部屋の中央ではその場のリーダと思わしき見事な髭を蓄えた壮年の作業員がこちらを見つけると、周囲の作業員に何か声をかけた。どうやらこちらの到着を待っていたようで、作業員たちが一斉に整列し、敬礼姿勢となる。
波木と言われた男は敬礼を返しながら一気にそこに駆け寄る。極上の餌を前に我慢しきれない猟犬のように、目をギラギラさせ、体中から生命力を溢れさせていた。
先走った波木にようやく追いついたササは、リーダ格の男性に声をかける。
「知っていると思うが、彼がグレビレアを操縦する波木主査だ。よろしく頼む、タナベ主任。」
「はっ」と低く大きくしっかりした声で返答をするタナベと言われた男。そして波木に破顔しながら伝える。
「波木主査、こちらが貴方が乗る宇宙戦闘機、グレビレアです。」
「ああ、開発チームから意見を聞かれたときから恋い焦がれてきた船だ。やっと、やっと乗れる。」
目をギラギラさせながら波木が答える。そこには一隻の乗り物があった。
宇宙用の特殊戦闘機、グレビレア。ラグビーボールのような形状の本体に6本の細長い尻尾が生えているような外観だった。更に本体の前には尻尾と対になるような太いひげのような長い突起が、これまた6本生えていた。そして本体の脇にはバラの刺のような突起が至るところにつけられていた。
本体は金属的な表面ではあるが、薄い紫色がかった本体色も鑑みると、まるで植物のような見た目であった。ただその大きさが、全高だけで10mもあるので、遠くから見ればの話である。