テンプレ聖女の私が断罪回避をして幸せになるまで
気まぐれで書いたゆるいお話です。
恋愛要素は薄め。
■最後の部分をお兄様→弟君に修正。ご指摘ありがとうございました。
その通達を目にした瞬間、私は血の気が引き、気を失った。
――このままだと断罪される。
そう思いながら。
私は何の変哲もない、少し貧乏だが特に不自由も感じず平穏な日々を過ごす平民の娘だった。
読み書きと簡単な計算、平民が不便なく暮らせる最低限なマナー程度だけ身につけ、将来はその辺の釣り合いが取れる男性と結婚し、何事もなく生涯を終える。
そんな未来しかないと思っていた。
それが一瞬にして覆されたのが一通の通達。
この国では貴族も平民も魔力を持つことがある。
そのため、15の年になると全員が無料の魔力検査を受けることが義務付けられている。
魔力があれば訓練を行うためにそれなりの機関へ入学、魔力がなくても特に蔑まれることはなく一般教養を身につけるために教育機関へ入学する。
私はその魔力検査で、あろうことか聖女であると判明してしまった。
50年に一人いるかいないかの貴重な存在。
勿論、周りはおろか国中が騒然となった。
聖女は国にとって大切な存在だ。場合によっては国王にも匹敵する。
ただでさえ信じられず困惑していたところに、その通達は来た。
――男爵家へ養子入りし、王立学園へ入学すること。
私が気絶するには充分な理由だった。
最近周りで流行っている物語がある。所謂悪役令嬢と呼ばれるヒロインが、浮気する婚約者やその浮気相手を断罪する物語だ。
悪役令嬢の婚約者は決まって王子や公爵家など、王家やそれに近しい身分の者たち。その婚約者は学園で出会った平民出の聖女と恋に落ちる。
悪役令嬢は自分をそっちのけで聖女と愛を育む婚約者を諌め、聖女にも忠告する。そんな悪役令嬢に嫌気がさした婚約者は、悪役令嬢のありもしない罪を作り糾弾して婚約破棄を迫るが、悪役令嬢は立ち向かい逆に完膚なきまでに反論して婚約者と聖女を断罪するのだ。
その後、婚約者と聖女は廃嫡や追放などを受け、逆に悪役令嬢は愛するものと結ばれ幸せになる。そんな物語。
何故主役なのに「悪役」なのかと言うと、このような物語が流行る前には文字通り悪役令嬢として婚約者と聖女に断罪される話が流行っていたからだ。
そしてこの話は完全な作り話ではなく、近隣の国で実際に起こった出来事を着色して書かれた物語らしい。悪役令嬢と呼ばれた方のお傍にいらっしゃった方が書かれた物語だそうだ。
私はその物語に出てくる聖女と正しく同じ立場になろうとしている。しかも、二つ上の学年には王太子殿下とその婚約者の公爵令嬢がいらっしゃるのだ。
こんな状況、不安に思わざるを得ない。
聖女とは、皆に愛される存在だ。それは比喩でもなんでもなく、聖女の力がそうさせる。
聖女には等しく、魅了の力が備わっている。
我を失うほどの効力はないが、それでも無条件に惹かれ好意を持ってしまうのだ。この国の王太子が近づいてこない保証はない。そうなれば元平民の下級貴族の私には逆らうすべもない。傍から見れば婚約者のいる相手に言い寄る卑しい平民の出来上がり。公爵令嬢やその取り巻きに目をつけられて終わるだろう。
男爵家へ養子入りするまでの1ヶ月で、私は考えに考え抜いた。
そして、結論に達した。
何とか頑張って、公爵令嬢を味方につけようと。
どうしてその結論に達したかというと色々あるのだが、一番は私が悪役令嬢のような女性に憧れがあるからだ。
悪役令嬢と呼ばれてはいるが、物語で出てくる悪役令嬢は成績優秀、礼儀作法も申し分なく、非の打ち所もない完璧な令嬢であった。
そんな物語上の彼女があまりにかっこよく、大好きだった。
そして公爵令嬢の評判も、物語の悪役令嬢のように完璧で、それでいて心優しく芯が強いとのことだった。そんな理想の女性にお近付きになりたいという下心も多分にある。
まずは男爵家へ丁寧にご挨拶をした。そして、高等教育を学ばせてほしいと頼み込んだ。
男爵家へは聖女を養子に迎えるにあたりかなりの報奨金が入っているが、それに加えて私の聖女として選ばれた際の報奨金も全て男爵家に手渡した。養子に入る家には恵まれたようで、心優しい義両親は快く引き受けてくれた。
こうして私は厳しい教育を受け、入学までに何とか下級貴族以上上級教育未満ぐらいのマナーまで身につけることができた。さすがに1年足らずでは理想までは届かなかったが、まあ一旦は許容範囲であろう。不快になるようなマナー違反を起こすことはないはずだ。たぶん。
こうして、私は入学を迎える。必死で身につけた作法により何とか淑女らしい微笑みを浮かべているが、内心は心臓バクバク顔面真っ青、手はかなり冷えきっている。
式を終え、自由時間が訪れる。
廊下を歩く私の目の前に、やんごとなきご一行が現れた。
――来てしまった。
そう震えながらも、そう見せないように私は可能な限り綺麗なカーテシーを決める。
王太子殿下の対応によって、今後の行動が決まる。
「やあ、君が噂の聖女だね」
「お初にお目にかかります、王太子殿下」
「学園では畏まらなくていい。僕のことはアルフレッドと呼んでくれ」
「いくら学園内では生徒は平等とは言え、王族の殿下と元平民のわたくしでは身分に雲泥の差がございます。ましてや殿下はわたくしの先輩となるお方。いくらお許しがあったとて、そのようにお名前を口にすることは畏れ多くございます」
「そうかい? 本当に気にしないんだけどな、君がそう言うなら無理強いはしないよ。よろしくね」
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」
そう言うと、王太子殿下ご一行は別れの挨拶をして去っていった。私は一礼をして見送りつつ、周りの様子を探る。私の付け焼き刃の作法に、高位貴族の方にも感心をいただけているようだ。一先ずは好感をいただけたことに、必死で頑張ってよかったと胸をなで下ろした。
王太子殿下がわざわざ挨拶にいらしたのも、今の所問題なく受け止められている。それだけ聖女という存在には価値があるのだ。気軽に接してほしいと言われたのもその範疇にはある。ただ、そのまま私がそのように接していれば世間知らずの元平民と顔を顰められていただろうが。
私も思ったよりあっさりと引いた殿下に、危惧してたようにはならないかなと安心していたが、すぐにその考えが甘かったと考えを改めた。あれ以降ことあるごとに殿下は私の前に現れ、婚約者を差し置いてランチや街の散策などへ誘ってきた。王族からの誘いに元平民の男爵令嬢ごときが断れるはずもなく、殿下と行動を共にせざるを得なくなってしまった。
こうして予想通り、周りの空気が怪しくなってきて、私は胃が痛くなってきた。自分からは殿下に近づかないようにしているが伝わっているのだろうか。公爵令嬢に弁明したいが私から話しかけることのできる相手ではない、どうしたものか。そうぐるぐる考えていると、ある日とうとう公爵令嬢からのお呼び出しがかかってしまった。
私は速やかに指定の場所へ向かい、カーテシーをする。公爵令嬢は広げた扇を口元に添え、取り巻きのお方と共にお待ちになっていた。
「お時間をいただきありがとうございます、セラ様」
「ご機嫌麗しゅうございます、マリアンネ様。お呼びいただき光栄にございます。わたくしは聖女とは言え平民出の男爵令嬢の身。どうかわたくしのことはセラ、とお呼びください」
「そう、そうさせていただくわ」
ぱちん、と公爵令嬢であらせられるマリアンネ様は開いていた扇を閉じる。それにセラ、つまり私は思わずびくっとしてしまったが、何事もなかったかのように笑みを続け、目線を下げて敬いの姿勢を保つ。マリアンネ様はひとつ息を吐くと、話があるのだけれど、とお話をされた。
「あなた、最近王太子殿下と親しくされているわね。婚約者のいる殿方に近づくことの意味、おわかりになって?」
やはりその話だったか。私は唾を飲み込み、覚悟を決める。ここで彼女の助けを求めなければ私は終わる。まずは勢いよく頭を下げた。
「はい、それにつきましては重々承知しております。申し訳ございません。わたくしとしても誤解を与えるようなことはしたくないと思っており、自分からは殿下に近づくことはしておりません。ただ、殿下からお声掛けをいただいてしまい、身分の低いわたくしには断ることもできず大変困っております。マリアンネ様もご存知と思われますが、聖女には魅了の力がございます。それは制御でどうにかなるものではなく、それによって殿下も私を気にかけてしまっているのではないかと大変心苦しく思っております。わたくしには王太子殿下にお近付きになるなんて畏れ多い願望はございません。聖女とはいえ平民出の下級貴族でありますので、身をわきまえたく存じております。マリアンネ様にはご理解いただき、王太子殿下から距離をとる助けをいただけますと幸いでございます」
私は一気にまくし立てた。こんなに一方的に喋るのはマナー違反だと思うが、そんなものに構っていられない。必死にマリアンネ様に害がないことをアピールしなければならない。頭を深く深く下げて、マリアンネ様の反応を待った。
「……あなたの言動は把握しております。あなたに殿下に近づく意図がないことは信じましょう。顔をお上げになって」
「! ありがとうございます!」
「殿下にも困ったものね、王族には魅了に抗う手段があるというのに、それを使った気配がない。魅了されていると思いもしていないのでしょうね」
「えっ」
そんなものがあるのか、と思わずマリアンネ様を見つめてしまった。でもよく考えたら聖女の魅了なんて今に始まったことじゃない。一つ一つの判断が影響の大きい王族には魅了対策などあって当然だ。そうなると、もしかして王太子殿下はアホな類のお方……?
私の考えを察したのか、マリアンネ様は神妙な顔で頷いてくださった。これは昔から相当苦労されているのではないだろうか。
「悪い方ではないのよ。ただ少し、考え方が甘くていらっしゃるの」
「それ、ここで喋って大丈夫なやつですか、不敬になりませんか」
「大丈夫よ、ここにいるものは皆口が固く信頼できます」
思わず口調が崩れてしまったが、おおらかなマリアンネ様は咎めずにお返事をくださった。取り巻きの方々も次々と頷く。
「いいわ、私があなたを殿下からお守りしましょう。私と共に行動すれば、周りもあなたに殿下と親しくなる意図などないと伝わるでしょう」
「あっありがとうございますっ!」
「これからよろしくね、セラ」
「はいっ! あ、あの、ひとつよろしいでしょうか……!」
「何かしら?」
私は言おうか迷っていたが、今しかない、と口を開いた。
「わ、わたくし、マリアンネ様に憧れておりますのっ! お、お姉様とお呼びしてもよろしいでしょうかっ!」
「……あら」
マリアンネ様は目を大きく見開いた。そんな姿も大変麗しくいらっしゃる。素敵。ちなみにお姉様呼びはお許しをくださった。
そんなこんなでマリアンネお姉様と親しくさせていただいていると、遠くから様子を見ているだけだった同級生からだんだん声をかけてもらえるようになった。聖女ということもあって孤立気味だったが、今では親しい友人と呼べる方々(身分はどなたも上だが)もできた。初めの方こそ殿下からお声がかかることもあったが、どうやら殿下は完璧なご令嬢であるマリアンネお姉様が苦手らしく、私がお姉様と共に行動していることを見ると声をかけなくなった。
こうして、身分の高い方に囲まれてはいるものの平穏な日々を過ごし、お姉様から勉強やマナーを教えていただいて完璧な令嬢を目指しているうちに、お姉様や殿下の卒業の日を迎えた。
私には婚約者がいないので、同じく婚約者のいない友人のご令嬢と共に卒業パーティーへ参加し、卒業生を迎えた。
マリアンネお姉様をエスコートした殿下が中央へ立ち、卒業パーティーが始まるのだなと思ったとき、事件は起きた。
「皆の者、パーティーの前に、話したいことがある。私はこの度、マリアンネ公爵令嬢と婚約解消をし、新たに聖女であるセラと婚約を結びたいと考えている!」
殿下の発言に私はぎょっとした。殿下からはお声掛けをいただくこともなくなり、もうこれで大丈夫だとすっかり油断してしまっていたのだ。まさか小説で読んだような強硬手段を取るなんて。殿下から前へ出るよう呼ばれ、私は真っ青な顔で中央に向かう。表情がわかる距離まで近づいた辺りでお姉様の様子を伺うと、力強い表情で頷いてくださった。きっと何か対策があるのだ。それだけで私は安心し、気を取り直して殿下の御前へとたどり着いた。
「マリアンネは確かに賢く美しい。だが、上に立つものとしてはそれだけでは駄目だと判断した。私はセラのような努力する者こそ相応しいと考えている。なにより、私はセラを愛している。これ以上に相応しいものなどいない」
馬鹿なのか? と思わず変な顔をしてしまった。小説のようにありもしない罪をでっちあげなかっただけマシかもしれないが、努力している者が相応しい? マリアンネお姉様のどこを見て努力していないと思っているの? 何より愛しているからって、王族が言うこと?
周りもみんな呆れ返ってしまっている。誰も私が殿下を奪い取ったなどとは思っていないし、お姉様が恋路を邪魔する悪役令嬢とも思っていない。私とお姉様の努力の賜物だ。
「この、馬鹿息子が」
そうしていると、何と国王夫妻がいらっしゃった。卒業パーティーに参加なさる予定ではなかったので驚き思わずお姉様の方を向いてしまうと、目が合ったお姉様は可愛らしくウインクをなさった。お姉様の対策はこれなのね。それにしてもウインクなんてそんな最高なものをいただいてもよろしいのでしょうか。
お姉様のかわいさに身悶えているうちに殿下は衛兵に捕まり退場させられていた。ちなみに側近の方々は日頃から殿下を諌め、親などに相談をしていたらしく、あまりお咎めはなかったそうだ。というのは後から聞いた話。少し安心した。
国王陛下から仕切り直しのお言葉をいただき、まるで何事もなかったかのように恙無く卒業パーティーは終わりを迎えた。
さて、その後殿下がどうなったかというと、魅了解除(と言ってもここ暫く近づかないようにしていたので効果はほぼなかったらしい。それはそれで問題だ)ののち、王位継承権の剥奪をされ王宮内で再教育を受けているそうだ。問題は起こしたが普段はそこそこ優秀でいらっしゃること、虚偽の罪などをでっち上げなかったことから思ったよりは重い処分にならなかったらしい。私のせいでひとりの人生を歪めてしまったという気負いもあったので、少し安堵した。
マリアンネお姉様は正式に王太子殿下との婚約を殿下の有責で破棄された後、1歳下にいらした第二王子殿下との再婚約となった。第二王子殿下がこの歳で婚約者をお持ちになっていなかったのだが、どうやら元王太子殿下の考えの甘さに前々から危うさを感じていたようで、何があっても問題のないように備えていたのだとか。用心深い。と思ったがあれはお姉様に惚れていただけだなたぶん。そしてお姉様も第二王子殿下のほうがお好みだったようで。急に積極的なアピールを受け、顔を真っ赤にしているかわいらしいお姉様をよくお見かけするようになった。
そして私はと言うと、なんとマリアンネお姉様の弟君であり、次期公爵様との婚約が結ばれてしまった。
聖女とは言え元平民の男爵令嬢ですが!? と慌てたのだが、マリアンネお姉様のご指導の甲斐があって高位貴族としても申し分のないレベルまで成長できたようで、教養に関しても問題ないだろうとのことだった。マリアンネお姉様の弟君とはお姉様と親しくする中で何度かお話させていただいたことはあったが、とても畏れ多くて婚約とかそのような目で見たことはなかった。しかし弟君は私のことを大変気にかけてくださっていたようで、是非、と請われてしまった。最近は恥ずかしいぐらい愛を囁かれている。ひええ。
憧れからマリアンネお姉様、と呼ばせていただいていたが、本当にお姉様になってしまわれた。こんな幸せがあっていいのか。末永くお慕い申し上げます。