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1-9.またいつか


「――精霊術師、だとッ!?」


 ここに来て明らかとなったククルゥの正体に、ナオタは歯噛みする。盲点だった。確かに精霊の類であればその関係の特殊性からして、ナオタが下していた命令のどちらもすり抜けてしまっておかしくない。


 とんだ失策だった。ここが異世界である以上、その可能性も当然、考慮すべきだったのに。自分ならそれができたはずなのに。


「くそっ、調子に乗るなよ!?」


 声を荒らげ、怒り任せにナオタは立ち上がる。妙な余興に時間を割いてくれたおかげで、どうにか立てるくらいにはダメージから回復していた。するとほぅと関心したような目をククルゥは向けて。


「あら、もう立てるんですね? でもあまり無理しない方がいいですよ。かなりきついのが入っているはずですから、さっき」

「はっ、そうやっていい気になってられるのも今のうちだ、このクソ女ッ! どうせ同じことなんだからな、後悔させてやる!」


 頭に血がのぼり、冷静さも欠いていた。だがそんなことも構わず、ナオタは乱暴に自身の右の前髪をかき上げる。そして、告げた。ありったけの呪詛をこめて、先刻にククルゥを堕としたときと同質の宣告を。


「君は僕の友だちだっ!」


 その瞬間、ナオタは清々しいまでに勝利を確信していた。簡単な話だ。再びククルゥが正気を取り戻すまえに、あの得体のしれない本さえ取り上げてしまえばいいのだから。そうすればもう同じことは起こらないだろうと、そんな算段も立てていて。


「う、ん……?」


 だがすぐに、何かがおかしいことに気付いた。クリンと首を傾げる。最初のときに感じたような手ごたえや負荷、力の流動するような感覚が、なぜかどれ1つとして伝わってこなかったからだ。代償であるはずの脱力感も、今のところまったくない。まさかと見やれば、ククルゥは相変わらずと微笑んでいて。


「あら、そうだったんですか? すみません。私の方はそんなつもり、まったくなかったんですけどね」


 よもや、そんなことを申し送られてしまう始末だった。術が効いていない。いや、発動すらしていない様子だった。


「あれ、なんで……!? くそ、君は僕の友だちだ!」


 変わらず、ククルゥは笑いかけてきている。


「くっ、君は僕の友だちだ! 君は僕の――!」


 それからナオタは、幾度となくそれを繰り返した。言い回しを変え、抑揚の付け方を変え、最後には頭ごなしに怒鳴りつけるようにして。だがいくら試したところで、結果は変わらない。何も起こらない。ククルゥは最後まで、朗らかなにっこり笑顔をククルゥに向けたままで――。


「くそ、なんでだ!? なんで発動しない!?」

「無駄ですよ、いくらやっても」

「なにッ!?」


 堪らず激高するナオタに、呆れたようにククルゥは告げる。


「確かにあなたのその力は、それなりに厄介なもののようです。もし小人さんたちが起こしてくれなければ、私もしばらくはあのままだったでしょう。でもそれなら相応に、発動条件だって厳しいものになるはずですよ。よく思い返してみてください。最初のときを」


 たじろぐナオタに、それからもククルゥは人差し指を立てながら淡々と続けた。


「あなたは私の眼を覗き込めるくらい近くにいましたし、握手もしていたから肌も触れ合っていました。体力や精神力だって、今と違ってほとんど消耗してなかったはずです。分かりますか? 今とは状況が違いすぎるんですよ。友だち、友達って、そんな遠巻きからいくら咆えたって発動なんてするわけないじゃないですか。そんなスキルがあったら堪りませんよ」

「ッ……!?」

「あーそうですよね。そういう反応になりますよね。あると思ってたから、あんな大口で担架も切れたのでしょうし。勢いって怖いですよね。――ところで、気づいてますか? あなたまた、狙われちゃってますよ?」

「……はっ?」

「ほら」


 しげしげと頷いていたククルゥから、すると唐突にそんなことを問いかけられる。何のことか分からずに聞き返せば、ククルゥが指をぶら下げるようにして示したのは、ナオタの足元付近だった。釣られて、素直に見下ろす。


 するとそこに何かがあった。いや、設置されていた。黒い鉄の塊のようなものが。ついでに小人も一匹、ちょこちょこと動いていて。よくよく見てみれば、ナオタはその黒鉄の何たるかを知っていた。迫撃砲である。その重々しいまでの砲門が、ナオタの秘所をしかと捉えていて。


「目標補足、ぇー!」


 するとそんな合図とともに、それが盛大に火を吹いたではないか。けたたましい砲門が鳴り響き、そして――。


「いぎゃあああああああーっ!????」


 着弾。あってはならないならないクリーンヒットが、またもだった。


「いひぃいいいいーっ!??」


 ジッタンバッタン。股間を押さえ、悲鳴をあげながらバタバタと床を転げ回っている。そんなナオタを見るも哀れと見下ろし、ククルゥはため息をつく。


「まったく。こんな密室にか弱い女の子を連れ込んで、あなたは何をしようとしていたのですかねぇ。少しくらい反省の色が見えれば減刑も考えてあげたかもしれないのに、あまつさえクソ女とは……。残念です」

「ぬおおおおおおっ!」

「言っておきますけど、もう肩は貸しませんよ。ってもう、聞こえてないですかね? まぁどっちでもいいですけど」


 そんなことを言いながら、ククルゥはがさごそとバッグを漁る。


「やることは変わりませんので」


 やがて取り出したのは、ナオタにとっても見覚えのある銀製の円盤――神器、リガリオンだった。


「ではそろそろ、チェックメイトといきましょうかね」


 ――まずいっ……!


 その宣告ばかりは聞き逃せず、苦悶に呻いていたナオタも即座に反応した。


「ま、待てっ……!」


 どうにかして、この場から離脱しなければならない。だが立ち上がろうにも、痛みが壮絶すぎてそれどころではなかった。


「違うんだ、待ってくれ! 話を……!」

「いいですよ、どうせ何も違わないので。それより散々、横槍をおかげでちゃんと説明できてなかったかもしれないのですが」


 ナオタの制止も構わず、ククルゥが近づいてくる。すでに起動させたリガリオンをこれ見よがしに、掲げるように持ち上げて、一歩ずつ。


「転移者をもとの世界に返すことに加え、このリガリオンにはいくつか予備機能がついていますので説明しておきますね。1つ、元の世界に返ったあと、あなたには神さまのご加護が付与されます。これにより二度と異界絡みのトラブルに巻き込まれる心配はありません。来世まで有効ですのでどうぞご安心ください。2つ、あなたが獲得してしまったスキルの封印です。これは邪神とか魔神絡みのことなのですが、これも神さまが責任をもって封印しますので大丈夫です。もとの世界では絶対に使えませんので、この点もご心配なく。3つ、記憶の消去です。あなたがこの世界に来てからの記憶は基本的に、すべて消えるものと思ってください。帰った直後くらいだと、もしかしたら少し残っているかもしれないですが大丈夫です。『あれ、僕どうしちゃったんだろう? 夢でも見てたのかなぁ』くらいにしか思わないはずですから」


 つらつらつらと指を3本ほど折りながら、ククルゥはそう説明を締めくくる。


「はっ……!?」


 顔を真っ青に青ざめさせているナオタのまえに立って、にっこりと楽しげに。


「というわけで説明は以上となりますが、何か質問はありますか?」

「あっ……えっ……?」

「なさそうですね! では心の準備もよろしいですか?」


 目の前にリガリオンを持ち上げる。

 それはナオタにとって、死にも等しい宣告だった。


 だっていま、ククルゥは何を言っていた……? 自分は何を言われた……? もう二度と、この世界に来られない? 能力が使えなくなる? 記憶も消える? 意味が、分からない。そんな、そんなの……。


「いや、だ……」


 歯の音を震わせ、ナオタはフルフルと首を横に振る。


「いやだあああああああああああーーーーっ!!!!」


 恐怖に耐え兼ね、たまらずその場から逃れようとした。だが、立ち上がれない。痛みもそうだが、腰が抜けてしまって。


「来るな、来るなあああああっ!」


 ならばと、ナオタは床を這って進んだ。壁に向かってズリズリと。目算なんてない。あるものか。何だってよかった。ククルゥから少しでも遠ざかることができるなら、なんだって。


「往生際が悪いですね。というか、なんで私が悪役みたいになっているのでしょうか?」


 そんな疑問を独り言ちつつ、えいやとついにリガリオンを本格始動させるククルゥである。すると同時に、室内に展開されたのは光り輝く巨大な魔法陣だ。たちまち豪風が吹き荒れ、不可思議な浮遊感とともに、その中心にあったナオタの身体は中空へと攫われてしまう。カーペッドを掴む抵抗などなんら意味を為さないほどの、それは圧倒的な引力だった。


「うわあああああーっ! やめろおおおおおっ、やめてくれええええぇーっ!?」


 気が気でなく中空でもがき、叫ぶ。だが地に足もつかない以上、いくらもがいたところで意味なんてない。そんなナオタを見かねて、下からため息まじりに声をかけたのはククルゥだった。


「もう、最後くらいシャンとしてくださいよ。一応、今生の別れになるのですから。もう二度と会うこともないんですし、別れの挨拶くらいはきちんと」

「違う! そうじゃない、そうじゃないんだ! 聞いてくれ、僕がこの世界に呼ばれたのは、偶然なんかじゃない! きっとなにか大きな意味があるはずなんだ! ずっとこうなる予感がしてたんだよ! そう、運命さ! 僕がこの世界にくることは、それこそ宇宙が生まれるより前から決まっていたことで……!」

「あぁなるほど、そうなんですね! よく分かりました! よく分かりましたよ、ナオさん! 教えてくれてありがとうございます! でも大丈夫ですよ、それはもう完璧に気のせいですから! あなたがこの世界に来てしまったのは運命ではありません! 事故です! 単なる偶然ですから!」

「ふざけるな、そんなわけあるか!? いやだ、帰りたくない! なんで分からないんだよ! だって僕は、王になるんだ! いずれこの世界のすべてを手に入れる、王になるべき存在なんだぁあああっ!」


 そこまで断言されてしまえばもう、ククルゥに打てる手はなかった。希望を見い出そうとしてはいけない事柄というのは、往々にしてあるものだ。これもそのうちの1つ。何事も、肝心なのは諦めと、割り切ることにして。


「本当に……。よくもまぁこの短時間で、そこまで風呂敷を広げたものです。感服です。驚嘆に値します。でも大丈夫ですよ、すぐに忘れますからね」


 最後にそれだけ伝えて、ククルゥは手元の装置の制御に集中した。そのあいだも頭上で何やら騒ぎ声が聞こえていた気がするが、取り合わない。そうしてやっと、待ちわびたそのときは訪れた。


「それではナオさん、色々ありましたがこれで本当にお別れです! どうかお元気で!」

「そんな、嘘だ……。こんなの、何かの間違いだ……。だってこんな……こんな……!」


 魔法陣いっぱいに満ちた光が収束し、次の瞬間、閃光となって炸裂する。そして――。


「夢にまで見た、ぼくの異世界冒険譚があああああーーーーっ!???」


 それが最後の瞬間、彼がこの世界に残した断末魔だった。やがて光が収まったとき、室内に残されていたのはククルゥ1人である。


 まるで蛍の光のように、淡い燐光が空間を舞い落ちる。

 その1つをそっと手に取りながら、彼女は告げた。


「はい、その通りです。何かの間違いだったのですよ」


 もうこの世界のどこにもいない、かつての友人に向けて。


「――さよならです、ナオさん。夢の世界でよければ、またいつか会いましょうね」




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