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5-13.勇者クラリス


 ――というわけで。


 諸々アクシデントはあったものの、迷子の勇者クラリスを無事に保護し、晴れてミッションクリアとなったククルゥである。期待していたようなシチュエーションには結局ありつけず、そのときちょうど駆けつけた様を演じるしかなくて。


「ああっ見つけた! クラリスさん、こんなところにいたんですね!」

「あれ先輩、いつから……?」

「探しましたよ、もう! ともかく無事ですか、いま何かすごく大きな音がしましたが……ってうわ、なんですかこれ⁉ 何かあったんですか⁉」

「んん……?」

「く、クラリスさん?」

「見えづらいので気のせいだったらすみませんが、何か誤魔化してます?」


 何やら顔をマジマジと見られてから、いきなりそんな看破を受けたときは流石にギクリとなった。いたって自然な合流を装ったはずなのに、なぜ見抜かれたのかと。その所以も、帰ったあとでレインから聞かされることになったけれど。


 ――時点は変わり、翌日のこと。


「看破の加護、ねぇ」


 街並みを一望できる灯台に陣取り、双眼鏡を手にしながらぼやくように口にしたのはククルゥだった。そのレンズの捉える先では今、クラリスが街のパトロールに勤しんでいる。一応は監督役として、その働きぶりを見守っているところなのだけれど。


 ツカツカツカ、クラリスが人波を縫うようにして足早に歩いていく。いったいどこへ向かっているのかと思えば、その先にいたのは今にも泣きだしそうにぐずっている迷子だった。その手を引くなり交番まで連れて行ってあげて事なきを得る。


 それからまたツカツカツカ、その先にいたのは陸橋のまえでオロオロしていたご老人だ。荷物を肩代わりし、向こう側に渡る手伝いをしてやって。


 他にも木に引っかかってしまった風船を取ってあげたり、真っ昼間から飲んだくれている輩の喧嘩を仲裁したり、はたまた降りれなくなってしまった子猫を地上まで下ろしてやったり。


「はえー」


 なんというか、すごく地味ながら目を見張るほどの躍動ぶりを見せていた。驚くべきはその動きの迷いのなさである。まさか適当に歩き回ったとて、あんな風にはならない。


 まるで今どこに困っている人がいるのか、その緊急性も含めてすべてを補足しているかのように。クラリスの辿る、一見してランダムに見えるルートは極めて無駄のないものだった。


 ともすれば、もはや受け入れざるを得ない。看破の加護。そんな聞くも恐ろしい力を生まれ持ってしまったのだと、特筆すべき彼女の生い立ちについて。つまるところ彼女は人の心が読めてしまうと、そういうことらしい。


 だからその恐怖や不安を聞きつけて、ああやって瞬時に駆けつけることができるのだそうだ。幸い同じ勇者などにはその力も鈍るそうなので、あのときはギリギリ誤魔化しきれたみたいだけれど。


 クラリスの躍動ぶりに感服しつつ、ククルゥは考える。人の心が読めてしまうだなんて、それはどれほど迷惑な恩恵だろうかと。きっとその半生は壮絶なもので、味わってきた苦痛も想像を絶するものに違いない。


 だからこそ困っている誰かや、弱い立場の人間を見捨てることができないのかもしれない。そんなバックストーリーを想起すると、たちまち目頭が熱くなった。


 そんな彼女にあんな強い神様が宿って、望まぬ力を本物の恩恵に、ようやく自己実現に向かえたのだと思うと。ぐすんと鼻を鳴らし、曲げた指でそっと目元をぬぐうククルゥである。


「姫たま、泣いてゆのー?」

「えぇ、私としたことが不覚にも心を打たれてしまいましたよ。でもこれならばもう、大丈夫そうですね」


 それから気持ち声を大きめにして、その独白へと繋げた。

 キュルキュルと背後から近づいてくる、軋む車輪の気配にも注意を向けながら。


「彼女はもう十分、一人でやっていけます。どこに出しても恥ずかしくない、身心ともに立派な勇者の一人です! それも私などよりよほど高潔で、清廉とした魂の持ち主! これ以上、私などと一緒にいたところで悪影響しか」

「ほぅ、それは朗報だな。奴とくっつけておけば、お前もよほど多くのことを学べるというわけだ」


 これでもかとヨイショしたところで、その気配が隣へと並び立つ。そこにいたのは言わずもがな、車椅子に腰かけながら意地の悪い薄笑みを浮かべる幼女。ククルゥ直属の上司にあたるレインだった。


「あ、あれ? レインさんじゃないですか、もしかして今の聞かれちゃいました??」

「どうせ最初から聞かせるつもりで吹いたのだろうが。わざとらしい」

「えぇー、そんなことありませんよ。ないのになー?」

「おまえ、間違ってもそっちの道はやめておけよ。演技力ゼロだ」

「ひどい言われよう」


 見抜かれているというなら仕方ない。

 とりあえず茶番はそこまでにして、切り替える。


「どうだ、奴の様子は? 変わりないか」

「そうですね、すっごいキリキリ働いてますよ。昨日あんなことがあったばかりなのに」

「そうは言っても、一方的だったのだろう?」

「まぁ、そうですけどね」

「ウィレクも言っていたが、見かけによらず肝は据わっているらしい」

「そういえば見つかったんですか、あの人」

「依然、逃亡中だ」

「ですよねー。まったくもう、あの人は」


 そんなやり取りを交わしつつ、レインからもたらされたのは昨日の一件の詳細についてだ。聞けばあれは、単なる神器の誤作動というわけではなかったらしい。


 実際のところ、ククルゥもそんな予感はしていたのだ。昨日あのあと、吹き飛ばされた異世界人がどうなったかを念のため見に行ったのだけれど。すでにそこに男の姿はなく、代わりにまだ熱のあるリガリオンが近くに転がっていたから。


「恐らくリガリオンはあの場所に異世界人が潜伏していることを察知していたのだろう。その対処に向かわせるために偶然近くを通りがかったクラリスを転送したと、どうやらそういうことらしい」


 あれからリガリオンと深く交信したというノアの意見も踏まえ、レインが示したのはその現状でもっとも濃厚だという見解だった。神器は別名、意志ある魔道具とも呼ばれているので、その説明にさほど違和感も覚えない。


 ククルゥの持つ童話の神器、『夢幻郷門アレグリア』やレインの腰かける車椅子にしたって、それは同様のことだから。


「やっぱりそうだったんですね。でもなんで昨日まで誰も気づかなかったんでしょう? 私も見てましたけどあの人、ぜんぜん来たばかりって感じじゃなかったですよ。むしろノリノリっていうか、誰かが来るのを待っているみたいでした。私たちはともかく神さまも気づかないなんて、そんなことあるんでしょうか?」

「そこはまだ調査中のことだが、偶然漏れたとは考えづらいだろうな。加えて近ごろ、やけに異世界人の数が多いようにも思う」

「そういえば。ひょっとして、力の強い魔神とかが絡んでたりするんですかね?」

「かもしれん。いずれにせよ、しばらく用心するに越したことはないだろう。異世界人は見つけ次第、即転送だ。力を使わせる間もなくな」

「分かってますよー」


 耳の痛くなる話になりそうだったので、ククルゥは話題をクラリスの方に逸らすことにした。


「それにしても、珍しくまともな子が入ってきましたよね。私の知ってる限り、勇者に選ばれるのって人として難のあるのばかりなのに」

「おまえが言えたギリか」

「それは認めますけど、レインさんだけには言われたくないです」


 はていったいどこへいったのかと、街のあちこちを双眼鏡で覗き込むククルゥである。そんななかで、レインは呆れたように鼻を鳴らすのだ。


「あれがまともだと? どうだかな」

「へ、それってどういう……?」


 そうして次に見つけたとき、クラリスはまぁとんでもない場面に登壇していた。それすなわち、白昼堂々の銀行強盗である。サイレンなりがファンファン鳴ってすでに完全包囲されている建物のなかで、小さな子どもを人質に取った犯人チームとクラリスが向き合っていた。


「ちょ、何やってるんですかあの子ぉ⁉」


 早い話が、クラリスは固い。

 もうむっちゃくちゃに硬くて、堅い。


 その気になればテコでも動かず、肉弾戦においては無類の強さを誇る。クラリスを選んだのは、とにかくそんな頑固で意固地な神様らしい。


 だがさしものクラリスも、人質がいては迂闊に動けないだろう。仕方なく援護に向かおうとすると、レインがそれを止めるのだ。


「まぁ見ておけ、たぶん興味深いものがみられるぞ」


 と、なんだかすごく面白そうにしながら――。


 一方、その騒動のただ中に佇み、冷静に状況を見極めていたクラリスである。何の気もなさそうに視線をゆっくりと巡らせながら、彼女はいま犯人チームらの感情を1人ずつ順番に解析しているところだった。


 相手は3人。だがそのどれに目をやっても、読み取れるのは不安と恐怖の感情ばかりである。もう逃げ場なんてどこにもないことは、本人たちが一番よく分かっているのだろう。ただ自分たちのしでかしてしまったことの大きさに今ごろ気づいて、怯えているようだった。


 つまるところ、どいつもこいつも小心者だ。ならばこうするのが一番手っ取り早いと、クラリスは無言のまま腕を前に突き出す。


「このガキがどうなってもいいのか! 言う通りにしねぇとこの頭ぶちぬくぞぉ!」


 そんな実に三下じみたコケ脅しもまったく無視して、ちょうど傍らにあった柱をドゴォォンとその怪力をもって粉砕した。ビキビキとその亀裂が天井にまで広がって。


「その子に傷一つでも付けてみろ! 地獄の果てまで追いかけて、私が必ずその報いを受けさせてやる! お前たち、1人残らずにだッ!!!」


 激情に煮えたぎったクラリスの怒号が響き、それでおしまいだった。


「ひ、ひぃ……!」


 あまりに強引なやり口で犯人チーム全員の首に遠隔の白刃を突き立て、その場を制圧してしまったのである。


「うっそぉ……」


 そんな光景を見せつけられれば、さしものククルゥも双眼鏡を手にぎょっと目を剥くしかなかった。


「あれがまともとは、お前の懐も広くなったものだな。ククルゥよ」

「前言撤回ですよ。なんですかあれ、鬼……? バーバリアン?」

「聖騎士パーチェム、それが奴に宿った神の称名だそうだ。ともあれ、しばらくは頼んだぞ」

「あぁもう、なんでこんなのばっかり」


 これまたとんでもない奴の面倒を押し付けられてしまったと頭を抱え、項垂れるばかりのククルゥだった。

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