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5-10.女神の残骸


 昨晩、目の当たりにしたことはもしかして、すべて悪い夢か何かだったのではないか。


 いつもより数時間ほど遅い起床を迎えた翌朝、クラリスが最初に思ったことがそれだった。そうであって欲しいと願う気持ちで妙に気だるい体を起こし、一階までヨタヨタと降りていく。


 しかし窓から外を見やったところで、その期待がいかに淡いものであったかを知った。晴れ渡った空の下、緑の景観のなかに黒い影が1つ。昼寝でもするかのように、見覚えのある風体の男がダイノジで寝そべっているのだから。


 はぁとため息をついてから数分後、その影から少し離れたところに仕方なく腰を下ろすクラリスである。それはちょうど、昨日の今ごろとほぼ同じ構図だった。違うことと言えば、その距離が半分ほどに短縮されていることくらいで。


「まぁ昨日よりかマシって辺りが、視覚的に分かりやすいのは助かるんだがよ」

「…………」


 そっぽを向いているクラリスに目をやり、いまだ遠い心の距離をまざまざと見せつけられて。


「それにしたって遠いんだよなぁ」


 これでもかよとげんなりし、ゆるゆると首を横に振るウィレクだった。



 結局その距離は保ちつつ、草いじりをしながらしばらくウィレクの話に黙って耳を傾けていたクラリスである。


 ウィレクの素性が勇者であることはもはや認めざるを得ないと諦めて、次に気になるのは昨晩に現れたあれが何だったのかだ。正確には自分ではなく、自分の中の何かを狙ってやってきたのだと、そんなようなことをウィレクは言っていた気がするけれど。


「あれはまぁ、いわゆる魔神ってやつだな。『女神の残骸』って、俺たちはそう呼んでるよ」

「女神の残骸……?」


 聞きなれない言葉に眉根を寄せる、そんなクラリスにウィレクは淡々と続けた。


「なんでも大昔にずいぶん力の強い、安寧やら秩序やらを司る女神様がいたらしくてな。そいつが『堕天』って言うんだが、まぁ簡単に言うとボケちまってよ。大事なもんもそうでないものも見境いなく傷つけてぶっ壊して、世界を守るどころか逆に滅ぼしかねない大魔神になりかかっちまったわけだ。そこでその女神様は手を打つんだが、ちなみにあんたならどうする? 自分の頭がどうしようもなくやられちまって、放っておけば大切な誰かの命さえ奪っちまうかもしれないって事前に分かっていたとしたら。聖人君子になったつもりで考えてみてくれ」


 ふいの問いかけ。

 だがその答えにはすぐに行きつき、まさかと洞察するクラリスに「まぁ妥当な判断だわな」とウィレクが応じる。


「そう、女神さまなりに自分で自分って概念を抹消しようとしたんだよ。だがそれも完全にはうまくいかなかった。意志に反して体が抵抗してな、結局のところ殺しきれなかったんだ。結果として、粉みじんに砕け散った力の欠片が世界のあちこちに降り注いじまってよ。それが土地神とか精霊とか、大体この世界の神秘や摩訶不思議どもの正体になる。もちろん、あんたの持つ加護も含めてな」


 とても現実味のない話のなかで、さらっと自分の持つ力の根因についても明かされてしまった。そんなクラリスを半ば置き去りにして、ウィレクはダラダラと続ける。


「ここで肝心なのは散り散りになった力が全部、元は1つだった女神と堕女神のもんに分類されるってところだ。でもって、そいつらの争いは単位が細かくなっただけでいまも続いてる。力の強い神は魔神を浄化してから取り込み、魔神はそれより力の弱い精霊とか土地神を食って大きくなるってオセロゲームの具合でな。呆れるだろ?食う食われるの関係が神次元でも繰り広げられてるってんだから救いようがねぇ。ちなみにその勝手にやっててほしい抗争のなかでとばっちりを受ける人間ってのが極まれにいるんだが、それが俺たち勇者だよ」


 どういうことかと聞いてみれば、神には大きく2種類のタイプがいるらしい。一方は幅広い人々から寄せられる信仰心を頼りに、この世界での存在値を高めていくオーソドックスタイプ。いわゆる古来の神の在り方がそれだ。


 そしてもう一方はそのまったく逆で、自分と相性の合う特定の何かを選んで居つき、自らの存在の一端を担わせるタイプ。『依代』という言葉を、クラリスが初めて耳にしたのがこのときだった。


 要は駆け込み寺だな、とその在り様についてウィレクは皮肉りながらたとえる。攪拌される世界の循環のなかで偶発的かつ突発的に発生してしまう神、なんてものが時おりこの世界には現れるらしい。


 だが彼らは力こそ強いもののその存在はかなり不安定で、放っておけば数日で霧散してしまうほどに脆いのだそうだ。よしんば存在を保てたとしても、上位の魔神などに見つかればたちどころに取り込まれてしまう。


 だから彼らは、自身ではない別の何かにその存在の一端を委ねるとのこと。つまるところそれが勇者の正体になのだと、そんな前置きを経てからウィレクは改めてクラリスに告げた。


「これで分かったろ。昨日のあれが何で、どうしてあんたを狙ってやってきたのか。最初に俺の言ったことがそのまま答えさ」


 そのときは世迷言やたわけとしか受け取れなかった、今となっては受け入れざるを得ない事実と、その真意を。


「あんたがもう俺たちの同類――加護を持ち、神にも選ばれちまった勇者だからだよ」



 その夜、またも眠れぬ夜を過ごしていたクラリスである。


 殺風景な天井を見上げながら考える。昼間にウィレクからされた、途方もない話の数々について。かつて世界を平定していたという大女神。すべては彼女の存在から派生したという、今も続く神と魔神の争い。


 その過程のなかで生まれてしまった勇者と呼ばれる人々。そして自分もまさに今、彼らと同じ境遇に立たされかけていること。そのどれもが夢物語のようで、とても現実味のない話だ。


 やっぱり自分はあの男に騙されているのではないかと疑ってしまう。だがその度に昨晩見せつけられたあの光景が蘇ってくれば、もう受け入れざるを得なかった。その冗談みたいな話のどれもが、もはや自分と何も無関係な話などではないのだと。


 いま自分の内には加護の力のみならず、生まれたてだという神の力まで宿ってしまっているらしい。それは言い逃れできないほどに立派な勇者の資格だとウィレクは言っていた。なぜ自分が選ばれたのかと尋ね返せば。


『そればっかりはなぁ、神のみぞ知るだ。俺も一度聞いてみたいくらいだぜ』


 諦めたように、そうゆるゆると首を横に振られてしまって。冗談めかしてはいたが、恐らくそれだけは本当に彼の知るところではないのだろうことは、そのたっぷり諦観の込められた口ぶりからも察せられた。


 一応はでたらめでなく、その在り方と性質の似通った相手を選んでいるよう、とだけ補足はあったけれど。ともあれだ。まだ追いつけない部分はあるにせよ、ウィレクによれば今の自分に提示できる選択肢は2つだけらしい。


 一方は勇者たちの支援を受け、その保護監視下に入ること。加護だけならばともかく、神まで宿ってしまってはまた魔神に付け狙われることはこの先も避けられない。


 そこで王都レインヴァースに拠点を移し、彼らの庇護下に入るのだ。

 あそこなら安全だから、今まで通り不自由のない生活を送れるとのことだった。


 そしてもう一方はその逆で、戦う道。正式に勇者としての仲間入りを果たし、神の軍勢として反対勢力を迎え撃つ側に回る。確かなのはいずれを選んだとしても、これまで通りの生活というわけにはいかないということ。そう2本の指を折ってからウィレクは告げる。


『どっちを選んだって構わねぇんだ。まずは決めちまって途中で変えたっていい。まぁ今夜一晩くらいは待ってやれるからじっくり悩んで、自分の納得いく答えを出してくれ』


 そう言い残して、またウィレクは行ってしまった。どちらを選ぶか、悩める時間はそう多くない。だがこのときクラリスのなかで、もうおよそ心は決まっていた。


 ずっと悔しいと思ってたのだ。

 時おり街に出かけていくと、行き交う人通りのなかに『声』を拾ってしまうことがあったから。


 憤懣、嘆き、嫉妬。

 どうやら自分のこの力は、とりわけ人の感情の仄暗い部分を敏感に感じ取ってしまうらしい。だがその多くが自分の力ではどうしようもないことで、見て見ぬふりをするしかなかった。


 たとえ人の悪意を聞きつけてしまって、これから誰かが傷つけられることを知ったとしても。証拠がないから。信じてもらえないから。粛清できるだけの力が自分にないから。


 意味もないのに耳を塞いで、足早にその場から立ち去ることしかできなかったのだ。いつか自分もあの人のように、どん底にいる誰かに手を差し伸べられる人間になりたいと、そう願ってきたはずなのに。その力が、どうしようもなく自分には足らなかった。


 だが、もし――。


 もしその力が図らずも、この身に宿ってくれたのだとしたら。

 守るべき者を守れるだけの力が、この手に入りかけているのだとしたら。


 クラリスに選べる答えなんて1つしか残らなかった。天井に向かってゆっくり伸ばした手をグッと握り込み、空を掴む。迷いなんて微塵もないことを自分自身に確かめて――。


「まじかぁ」


 その答えを翌早朝に平然と突きつけられ、呆気に取られてからずり落ちそうになるウィレクである。本来ならば迷いようのない2択のはずだ。


 とりわけクラリスは常識人のように見えたから、間違いなくそちらを選ぶと思っていたのに。当人ときたら何をそんなに驚いているのかと分からなそうにキョトンとしているから恐れ入る。


「見込み違いだったな。やっぱあんたも相当ぶっ飛んでるぜ」

「は、意味がわかりません。なんでそうなるんですか?」

「なんでこう物好きばっかり集まるのかねぇ、俺たちは」


 改めて神の目利き力に恐れ多ささえ感じながら呆れ半分、黒髪をがりがりとかき上げるウィレクだった。

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