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5-7.加護


 ところでの話になるが――。


 クラリスには生まれ持った加護がある。そうと分かったのはまだ協会にいたころ。同じ修道院の卒業生で、里帰りがてら遊びに来ていたというOGから手招きをされたときのことだった。


「ねぇキミ。――そうそう、キミキミ! ちょっとこっちに来てみて」


 弾むような声をかけられるなり、木陰に1人で過ごしていたクラリスはびくっと肩を震わせる。手にしていたのは文字のびっしり書かれた、大人からしてもなかなかに読み応えのあるノベルなのだが。


 耳に届いた『キミ』とやらの対象がどうか自分でないことを願いながら一応、チラと視線をあげてみれば。――ちょいちょい、ちょいちょいちょいちょいちょいちょいっ! 知らない、白い髪の女の人が実に人懐っこそうな満面の笑顔で、それはしきりに手招きをかけてきているのである。


「…………」


 自分ではないかも、なんて希望を持つのは辺りを見回してもさすがに無謀だった。それくらい付近は誰もいない2人きりで。まぁ無理もないこととは思うのだ。


 ほかの子たちが外でボール遊びをしたり、屋内でお絵描きをしているなかで、クラリスだけはどう見てもその和のなかに馴染めていない。一人だけ明らかに浮いて、孤立していたのだから。


 それを見かけて不憫に思った卒業生が、先輩風を吹かせて声をかけてきたとしても不自然なことなんて何もなかった。実にありそうな流れだ。あるいは手に負えないから何とかしてくれと、匙を投げた職員たちからの差し金かも分からないが。


 どっちでもいいことだった。

 この頃、クラリスは毎日が憂鬱だった。


 てっきり自分だけでなく、周りもそうだと思っていたのに。どうもそうではなさそうだという現実に薄々、感付きはじめていたから。同級生だろうが、先生や職員だろうが、知らない誰かだろうが関係ない。


 誰かの近くにいきたいとか、そういう心持ちにはなれなかったのだ。1日の時間のできるだけ長くを、ただ1人で静かに過ごしたくて。だが、とクラリスは考える。


 ここでいただけない態度を取ればきっと後々、もっと面倒な事となるに違いないと。ならばどちらを取るべきか、苦渋の末にクラリスは選んだ。


「はい、なんでしょうか……?」


 パタンと本を閉じてから腰を上げ、そろそろとその呼びかけに応じに向かう。彼女のまえに立ち、せめて視線が合わないように顔を逸らしながら。


「いや、大した用じゃないかもしれないんだけど、気のせいかな……?」


 するとそんなことを呟きながら、なんのつもりなのか。およそ45度、クラリスが顔を逸らしていた方へウンショと女が位置取りを変えてくる。さらに45度を追加して顔を背けるも同じだ、彼女はまた付いてきた。


 腰が限界を迎えて逆ツイストするも、「てい」とうさぎ跳びみたくピョンと回り込んできて。避けているのが分からないのか、分かっていてわざとやっているのか。細やかな抵抗を幾度重ねても付いてきて、まじまじと実に興味深そうな視線で覗き込もうとしてくる彼女だった。


「い、いや! 放して、放してください……!」


 いつの間にか腕もがっちり掴まれていて、逃げようにも逃げられない。


「あーもう、動かないの! じっとしてる!」


 ついにはバチンと両手で顔を挟まれ、首を固定されてしまった。ともすれば、もはや避けようがない。交わってしまう。まるで無垢な子どもみたいにキラキラと透き通った藍色の瞳に、焦燥した自分の顔が映り込んで――。


「……あれ?」


 だがそのとき、クラリスに訪れたのは不可解な手ごたえの無さだった。来ると咄嗟に身構えていた予兆が、いくら待っても来なかったのだ。もっと正確には、何かしら聞こえてくるはずの『声』が聞こえてこなかった。いったいどうして、と困惑しているクラリスに彼女は告げる。


「あぁ、やっぱりね!」


 その解を得たりと、にっこり笑顔で。

 そしてその日、クラリスは初めて知らされることになるのだ。


「ねぇキミ、たぶん加護を持ってるよ」

「――え?」

「その様子だと、きっともうあるんだよね? 人の『心の声』みたいなのが聞こえちゃったこと」


 誰にも打ち明けることができず、ただ人との関わりを避けるしか対処法がなかった自分と周囲との決定的な乖離。ずっと覚えていた違和感、その根源的な正体を。


 *


 どうやら自分には生まれつき、加護と呼ばれる特別な力が備わっているらしい。


 それはある日、クラリスが会ったばかりの相手から告げられた、思いもよらない事実だった。あまりに唐突で、突拍子もないことである。だがそれをクラリスはさして疑わしいとは思わなかった。思い当たる節は、もうその時点でイヤというほどあったから。


 何かがおかしいと、ずっと違和感は抱えていたのだ。自分には時おり、他の誰にも聞こえていない声が聞きとれてしまうことがある。誰かと話したり、一緒に過ごしているときはおろか、ひどいときは隣に並んで立っているだけでも分かってしまうのだ。


 その相手がいま何を考え、どんな気持ちでいるのか。恐らくは人の表層真理と呼べるくらいのものが、いやに具体的なイメージや、ときに頭の中に直接響くような声そのものをともなって。


 それこそ最初のころは気にも留めていなかった。それはきっとみんなも同じで、普通のことだと思っていたから。だがそれでは説明の付かないことが、年を追うごとにだんだんと増えていって。


 とくに症状がひどいのは、相手と目を合わせてしまったときになる。そうと気づいてから、クラリスは1日のできるだけ長くを1人で過ごすようになっていた。


 望まぬ声にさいなまれないようにするには、もう自分から一人になるしかなかったのだ。しかし、いま――。


「私はちょっと特別仕様だからね、目が合ったくらいじゃその力も効かないのさ。でもその気になれば迎え入れることもできるから、ちょっと待ってね。――これでどうかな?」


 その力の特性がそのまま、彼女の言葉が嘘偽りないものであると、信じるに足る根拠ともなる。映しとったその瞳から流れこんできた声。それがとても澄んでいて、裏表のないものだったから。


 まるで降りたての新雪みたいに真っ白でフワフワしていて、今まで触れたことがないほどに温かった。


「ほら、これで分かったろ? 私はキミに嘘なんかついてないし、悪いことだって1つも考えてないよ。ただ純粋に、困ってないかなーって確かめに来ただけ」

「――――」

「ってまぁ、そんなこといきなり言われても困っちゃうよね! ごめんごめん、でも良かったらもう少しだけ話を……」


 励ますつもりが黙り込まれ、どうにか間を繋ごうとてんやわんやしていた彼女の言葉が、そこで止まる。そしておもむろに伸ばされた掌が、まだ小さかったクラリスの頭のうえにそっと触れた。


「うん、そうだよね。怖かったよね」


 優しく寄り添うようにかけられた、そんな言葉とともに。


 堪えきれなくなってしまったのだ。どうして自分だけがと、欲しかったただそれだけの答えがどんなに探しても見つからなくて、ずっと苦しいままだったから。


 もしかして自分はこの先もずっと一人で、誰かに理解される日なんて永遠に来ないのではないか。そう考えると怖くて、心細くて仕方がなかった。そんな不安に押しつぶされそうな日々が続いていたから。


 ポロポロと抑止できない感情が今、止めどない涙となって溢れてしまう。


「……大丈夫だよ。確かにこれは厄介な力かもしれないけど、コツさえ掴めばちゃんと制御することだってできるんだ。そこは私が力になれると思うから、安心して。今日まで1人でよく頑張ったね。偉かったね」


 ポンポン、よしよしと優しく肩を叩きながら、結局クラリスが泣き止むまでその人は傍を離れずにいてくれた。長く暗いトンネルからようやく抜け出すことのできた。


 この日の彼女との出逢いは今も根強く、クラリスの奥底に息づいている。

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