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5-2.迷子の勇者


 いったい、どういうことなのか。


 朝っぱらから思いもよらない珍事を聞かされるなり、続きは下に降りてからだと促されてひとまず後に続くククルゥである。ところでここは2階で、車椅子を余儀なくされているレインがどうやって階段を上り下りしているのかと言えば、答えはこれだ。


 とくに何か操作している様子もないのに、階段の手前で一時停止した車椅子がフヨンと浮き上がる。そのままリニア的な動きで、スイーと滑り台みたく降りていってしまって。


「相変わらずたくましいことで」


 そんなことを呟きながら、自分のペースで階段を降りていくククルゥだった。このようにレインの車椅子には、自律駆動やさっきのパネル操作できるマジックハンド以外にも様々な機能が取り付けられているのだが。ちょっと歩行器としてはどうなのだろうと思わされる多彩な機能性を備えていた。ともかく――。


「うーむ……」


 一階に降りると、何やら小難しそうな顔つきで、一人卓に胡坐をかきながら唸っているノアを見つける。


「やはりこの位置で間違いないようじゃ」


 降りてきたこちらを見つけるなり、然りと頷いて見せる彼女だった。


「何か分かったのか」

「うむ、この付近に何やら強力な転移術式が展開したかのような形跡が見て取れる。時間は今朝がたと言ったところか。この場所でリガリオンが起動し、転移門が開いたのじゃろう」

「なるほどな、これだけ探しても見つからないわけだ。問題はそれが意図したことなのか、事故なのかだが」

「エルも言っていたが、奴の部屋には私物のほとんどが残されておった。恐らくは事故だろうとは思うのじゃが……ククルゥよ、お主はなにか知っておるか?」

「あの、まだ状況がちゃんと掴めていないのですけれど、つまり――」


 改めて聞けばつまり、そういうことのようだった。今朝からクラリスとリガリオンがセットで行方不明、そしてこの付近には転移術式が起動したかのような痕跡が見て取れる。


 いまは付近をエルとイルルが捜索しているようだが、(イルルはかくれんぼのつもりでいる)手がかりはいまだ掴めていない。財布や貴重品も部屋に残されていて、夜逃げの用意があったようにも思えない。


 それら状況を総括すれば、そう結論付けるのが妥当だった。恐らくクラリスは何かのアクシデントで、リガリオンの機能によりどこかへ飛ばされてしまったのだろうと。


 ちなみにリガリオンというのはククルゥも以前にお世話になったことのある銀製の羅針盤みたいなやつで、異世界人の送還や緊急時に勇者を転送するためにも使われている神器なのだが。


 なんでそんなことが起きるのかと、よくよく尋ねてみれば戦犯はノアだった。どうやら昨晩、ノアはリガリオンをこの卓上に置きっぱなしにしていたらしい。


「いやなに、あやつが夜な夜な騒ぐのでな。そういえばしばらく手入れもしてやれてなかったと思い出し、久々に持ち出してきたわけじゃ。しかしその……昨日は何かと忙しくての」

「面倒くさくなったんだろう、途中で」

「致し方なくリガリオンに詫び入れ、明日まで辛抱してもらうことに」

「しかも出しっ放しにしたまま、寝ちゃったんですね」


 図星だったのか、ノアが腕を組んだまま気まずそうに口ごもる。あまりにお粗末だが、どうやらそれが事の真相であるらしかった。ちなみにこれも余談だが、数ある神器にはそれぞれ大なり小なり神様が宿っているらしい。


 リガリオンも例外ではなく、騒ぎ出したなどといきなり擬人法が持ち出されたのはそういう裏事情が絡んでいたりした。さておき、そこでコホンと咳を入れるノアである。


「こうなった以上、うかうかしてはおれん。一刻も早く、クラリスを見つけ出さねば!」

「でも実際、どうするんですか? クラリスさんがどこに飛ばされたのかも分からないのですよね? リガリオンもないですし」

「そこは安心せい、このワシを誰だと思っておる。この場の痕跡をトレースし、1人くらい転送することなど造作もない!」

「……えっ?」


 壮絶に嫌な予感がした。


「あの神様、ひょっとして私たちをそのお迎えに遣わせようとしてたりはしませんよね?」

「心苦しいがそれしかない。転移門を開けることはできるが、ワシ自身が行くことはできないのじゃ」

「えぇっ!?」


 普通に肯定されてしまった。


「さて問題は、お主らのどちらに行ってもらうかじゃが」

「残念だがノアよ、その適任者は私ではないぞ。なにせいま、奴の教育担当はククルゥだからな」

「おおっ、そうじゃったな! では頼んだぞククルゥ!」

「えぇちょっと⁉ なんで勝手に話を進めてるんですか⁉」

「後輩のピンチだ、今ごろ膝を抱えて泣きべそをかいているかもしれん。先輩としてかっこいいところをみせてやれ」

「ずるいですよレインさん、自分が行きたくないだけでしょう⁉」


 そう抗議しているあいだにも、両手を天に向けたノアが転移門を開いていた。風に攫われる木の葉のように、たちまちククルゥの身体が宙へと浮き上がる。


「すまんのククルゥ、多少の誤差はあるかもしれんが、なるべく近くに送り届けるからの!」

「ちょ、ちょっとタイムです! 待ってください!」

「クラリスを頼んだぞー!」


 おのれこんちくしょうとレインを見やれば、これぞみがしにほくそ笑まれて。


「許しませんからねぇえええっ!」


 かくして、転移は成功する。ちなみになんの当てつけか、行きついた先はどこかの牧場だった。近くにはもさもさと牧草を食むっている牛さんがいて。


「もおおおおおおっ!」


 ひっくり返りながら、何処とも知れない空に向かって抗議するククルゥだった。

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