5-1.キャッスル
ククルゥの1日はキャッスルで始まる。
キャッスル、つまりはお城だ。たぶんまだ小さな女の子が一度はこんなお城に住んでみたいと夢見て画用紙にクレヨンで描くような、塔が3つほど立った良い感じのそれである。
その最奥にある大理石でできた寝室で、くあと欠伸をしながら今日もククルゥは清々しい目覚めを迎えていた。もちろんいくら職業が勇者と言ってもそんな宮殿がキャッシュでポンと建てられるほど優遇されてはいない。
だからと言って実は親がビッグでしたなんてこともなし。ではこの豪華な住まいが何なのかと言えば、早い話がククルゥの持つ神器『精霊郷門』の持つ力の一端だったりした。
ここがいわゆる『彼ら』の世界――精霊郷だからだ。普段はククルゥの私生活に、事あるごとに首を突っ込んでくる彼らだが、その逆も然り。ククルゥがこうして彼らの世界にダイブすることも、また可能なのである。
最初は煌びやかすぎて落ち着かなかったが、せっかくそんなものが用意されているのにまったく使わないというのも勿体ない。故にククルゥは夜から朝にかけての就寝時のみ、このキャッスルで過ごすことにしていた。ちなみにカーテンからすごく良い感じに差し込んでいる光は陽光ではない。
「おはようございます。今日も朝からご苦労様ですね、ソーラーさん」
「なんのその~」
窓の外から下ろされたロープにつかまり、ピカーンと発光している彼女の尽力によるものだった。雨の日も、風の日も、彼女は毎朝決まった時間にこうして光を照射し、光の目覚まし時計になってくれているのである。
そうしてククルゥが起きたことを確認し、ロープを揺らして上に合図を送れば。
「皆さーん! 姫たまのお目覚めですよおおおおおーっ!」
今度は『彼ら』の大声大賞、ソナーさんシャウトがキャッスルの全域に轟き、バッタンと勢いよく部屋の扉が開かれる。するとバタバタと守衛さんたちが駆け込んできて隊列を成すなり、入ってきたのは司祭服を纏ったビショップさんと、その後ろからついてくるシアだ。
いつだってククルゥの生き写しのように瓜二つ、同じ姿をしている彼女だが毎朝このときばかりは違っている。まだパジャマ姿のククルゥに対し、シアの身なりは髪も服もすでに整えられ、つまり普段のククルゥの恰好をしていた。
「あーい、姫たま。いつも通り、立ちんぼしてー」
その肩もとにちょこんと乗っかったノームさんから促され、はいはいとククルゥも立ち上がる。そうしてまったく同じ顔の2人が向き合ってから。
「では今日もお願いしますよ、シア」
ククルゥが言うと、シアはコクンと頷いてから目を瞑った。すると徐々にシアから発せられた光の粒子がククルゥに移り、包み込んでいく。ところでシアは光由来の精霊だ。その性質はすなわち、『鏡面』である。
当たり前のことだが、実像と鏡像は鏡映しの関係でなければ辻褄が合わない。言い換えればシアが主であるククルゥに光を移す、あるいは取り込むことによって、向き合った両者は必ず同じ姿に復元されるのだ。
今回は前者。よって光が収まったとき、そこには身なりの整ったククルゥがいた。原理はよく分からないが、光のやり取りのときに上手くやってくれているのだろう。ククルゥが着ていたパジャマは今、きれいに折りたたまれた状態でシアが預かってくれている。
ともあれ、これでいつも通りのククルゥの完成だ。恐らくは世界でただ1人、これはシアの主であるククルゥにしかできない朝の時短テクニックだった。さて身支度も済んだことだし、そろそろあっちに戻ろうかと、そんなことを考えていたときだ。
「おや?」
何やら引っかかるような感じを覚えて、天井あたりを見上げる。
「――外で、誰か呼んでいますね」
◇
森の奥に人知れず立つボロ屋、その名も『神様のギルド』。
昔は本当に冒険者ギルドとして使われていた屋奥らしく、1階は食堂と受付、2階は宿屋とざっくりそんな間取りの建物である。その寝室のうちの1つ、今はククルゥに宛がわれている部屋にレインはいた。
といっても室内に本人の姿はなく、生活の痕跡のないデスクにただ1冊、書物が置かれているだけだが。辞典みたく分厚いその本に短く声掛けしてからしばらく経つが、まだ反応がない。届いていないのか、あるいは居留守のつもりなのか。
仕方ないと、もう一度声をかけようとしたときだ。リンゴーンと本の表紙から光の魔法陣が浮かび上がり、中空に大きく描き出されたのは。
「っと!」
そこからシュッと、ダストシュートみたく吐き出されてきたのはククルゥだった。両手を開いてはいるものの、軽い身のこなしの片足着地である。それを見て、ほぅとレインは関心を漏らした。
「慣れたものじゃないか」
「やっぱりレインさんだったんですね。え、何がです?」
「最初の頃はよく尻餅をついてヒィヒィ言っていたというのに」
「あぁ、そういえばそうでしたね。まぁさすがに毎日のことですから、身体が覚えましたよ。それはそうと、どうされたんですか。珍しいじゃないですか、レインさんがこんな朝早くに尋ねてくるだなんて」
何となくレインのような気がすると察してはいたが、答え合わせが済んだとて意外ではある。基本的にレインは朝が弱く、仕事に手を付けるのも午後からと地位に胡坐をかいた堂々のフレックス制だ。
そんなレインがこんな朝から、ククルゥを訪問してくるなんて。
してくるだなんて――――。
「あいたたたた。あれ急にお腹が」
そんな洞察を重ねてから打って変わり、お腹を押さえながらオロオロとその場にうずくまるククルゥである。自分としたことが、なぜ気づくのが遅れてしまったのか。
こんな朝からレインが尋ねてきた、その事実だけでロクでもない事案に決まりきっているというのに。だが、相手が悪かった。その無意味で拙い抵抗をまえにふっとレインはほくそ笑む。
「あれー、おっかしいなー! 昨日なにかおかしなものでも食べたのかな!」
「そうか、ではさっさと用を足してくるといい。待っていてやる」
「……あ、そうだ! すっかり忘れてましたが今日は女の子の日……」
「嘘を付くな、お前のそれは先週に済んでいるはずだ」
「ちょっと、なんで私のプライバシーが筒抜けになってるんですか⁉」
「前に何度か同じ言い訳を聞いたが、個人差を加味しても計算が合わん」
「……なんだかちょっと熱っぽいような気もぶへぇッ!」
か細く、最後の抵抗に出た直後のことだ。突如として飛来してきたマジックハンドがビタンと、ククルゥの顔面に勢いよく張り付く。レインが腰かけているやたらメカニックな車椅子に備わった機能の1つなのだが。
「問題ない、平熱だ」
引き剥がそうと格闘している間に、レインが手元のパネルでピコピコやりながら無慈悲な判決を下していた。故に、もう言い逃れできない。
「ひどい、こんなの横暴です……」
「何を言っている。あらゆる方向から部下をマネジメントし、サポートケアすることこそ上司の務めだろう。手は抜かん」
「部下のおでこに平手打ちかますことがマネジメントですか、サポートでケアなんですか⁉ ほら赤くなってる!」
「お前が下手な嘘を付くからだろう。まぁいい、その様子だとシロのようだな」
「……へ、シロ? 何がです?」
するといきなりそんなことを言われ、キョトンとするククルゥである。そして続けざまにレインは告げた。
「今朝からクラリスの姿が見えない。まだ調査中のことだが、どうもリガリオンの誤作動によりどこかへ飛ばされた線が強そうだ」




