4-9.またね
謎の被膜に覆われた街と、その内側に捉われ外に出ようと力を尽くす冒険者たち。その構図は当初、ククルゥがこの街に放り込まれたときと何ら変わらぬ光景と喧騒だ。けれど、彼らの心向きは大きく違っていた。
「くそっ、クソが……ッ! なんでだよ……ッ!」
ある者はそう悪態をつきながら、無我夢中になって大剣を振るっている。この後に及んで被膜を傷つけるなんて、そんなこと本当はしたくないのだ。
でも、仕方ないではないか。
いくら声を張り上げても、届かない。
自分よがりな土地神が頑なにそれを聞き入れてくれないのだから。故に彼は心を殺し、ひたすらに武器を振るい続ける。せめて自分も、その神様と同じところに並べるように。
「俺たちをここから出しやがれ、クソがぁーッ!!!」
◇
「ねぇ、なんでよポヨ! どうして私たちを信じてくれないの⁉ 今までだってずっと一緒に戦ってきたじゃない!」
またある女冒険者は、被膜に手を付き懇願するように訴えていた。この状況にずっと違和感を感じていたのだ。堕天なんて言葉を、ギルドマスターから聞かされたときはまさかと思ったけれど。
やはり思い違いなどではなかった。ポヨはポヨのままだった。そうと分かったらもう、自分がすべきことなんて決まりきっている。今度はこっちの番だって、やっと嬉しくなれて駆けつけたのに。その結果がこれでは、また悔しいばかりではないか。
「こんなのってないじゃない、私たちも一緒に戦わせてよッ!」
◇
「――なぁポヨ、まさかまだ聞こえてねぇのかよ。みんなの声」
そんな前線の後方に立ち、声を震わせる一人の青年がいた。もう散々に味わった無力感をかみ殺して、不器用なりに言葉を探しながら彼もまた訴える。
「もう分かんだろ。この街の連中はみんな、お前に助けられたことのある奴ばかりなんだよ。その借りをやっと返せるって、せっかくこんなに集まってくれてるのに……必死になって呼びかけてくれてるのに……。お前まだ向き合わないつもりなのかよ、なぁ⁉」
いくら耳を塞いでも、ずっと届いてしまっていたテイラーの声。
それがひときわ強く、ポヨの脳裏へと響いた。
「今すぐ俺たちをここから出せッ! 俺たちに背中を預けやがれーッ!!!」
そして――。
「ふむ、そろそろ頃合いですかね」
「先輩……?」
「クラリスさんは今回、見学ということで。必要以上に勇者が目立つのも問題ですから、私のそばから離れないようにお願いしますね」
いつものように本のページ開きながら、ククルゥは言った
「さぁ皆さん、そろそろお仕事の時間ですよ」
◇
やっぱりボクは、ダメな神様だね。
守らなくちゃいけないはずの皆を、危険にさらそうとしてるんだから。
「そんなことはない、ワシだってそうじゃ。1人ではとても手が回らなくての、皆の助けを借りておる」
……少しだけなら、頼ってもいいのかな。
「少しと言わずとも良いのではないか? 人も神もない、困ったときはお互い様じゃ。まさかこの世に、全知全能の者などいるはずもないのじゃからの」
キミがそう言うのなら、間違いはないんだろうね。
ところで……ひょっとしてだけど、一人は精霊を連れてるのかな?
なんか結構な数の気配がいきなり感じられるんだけど。
「おぉ、言ってなかったか。ワシと一緒におった2人も勇者での、片方が『童話』の適合者じゃ。土精と、『宝石箱の小人たち』を連れておる」
あはは、そりゃあ心強いや。
「もう向こうも相当もどかしくしておるようじゃ。ここで水を差せば、それこそ不義理というものじゃぞ?」
そっか……。
それなら少しだけ、寄りかからせてもらおうかな。
「そうするが良い。なんだかんだ、困っている者は捨て置けん奴じゃからの」
その子にも、後でお礼を言っておいてくれると嬉しいな。
「――。うむ、心得た」
じゃあ、行くね。
迷惑かけちゃうかもだけど、後のことは……。
「あぁ任せておけ。また会おうの、プルガトリオ」
うん。またね。
ありがとう、ノルディア。
◇
それから程なくのこと、街に溢れたのは冒険者たちの歓声や鬨の声の数々だった。
周囲を覆っていた被膜はすでに消え去り、街は元の姿を取り戻している。あらん限りの声をテイラーが張り上げた直後、ようやくポヨが自ら街の封鎖を解いたのだ。
堰を切ったようになだれ込んでくる魔神の一部を、負けじと打って出た冒険者たちが総力をあげて討伐に向かう。そうして一時、街は魔神と冒険者たちとの混戦状態に陥った。
本来であれば、通常の武器で魔神にダメージを与えることは難しい。だがそれでも彼らが優勢を保てたのは、ククルゥが小人たちに指示を出し、密かに魔神たちを弱らせていたからである。そうなればいかに魔神と言えど、冒険者稼業を生業とする彼らの敵ではなかった。
物量こそあったがさばき切り、今に至る。ついには魔神の脅威から街を守り切ることに成功したのだ。負傷者もほとんど出なかった。しかし、その一方で――。
「なんで、なんでだよ……ッ⁉」
訳が分からないと困惑し、泣き叫んでいるのはテイラーだった。今度こそ魔神の脅威が消え去ったのは良い。けれど、その代償はあまりに大きかった。誰よりその歓びを分かち合いたかった友人がいま、テイラーの腕のなかで光に消えようとしているのだから。
「なぁ、これはどういうことなんだ! ポヨが、ポヨが……!」
「恐らく、魔神の本体との衝突で力を使い果たしてしまったのでしょう。そうでなくとも、ずっと張り詰めた状態が続いていたはずですから。もうずっとまえに限界だったんだと思います」
「助からないのか……?」
「そうなってしまってはもう、私たちではどうにもなりません。神様でも」
「そんな……!」
冒険者たちが、街の子どもたちが、なにか様子がおかしいと集まってくる。皆がポヨの名を呼び続けたが、その願いは届かない。
「いかないでくれよ、ポヨ……」
押し殺すようなテイラーの祈りも虚しく、ポヨは光の粒子となって空に消えてしまうのだった。こうして皆から愛された小さな神様は、この世界から旅立って――。
◇
「――はぁ、死んでないッ⁉」
そんな悲しい別れに立ち会ってからの帰り道、素っ頓狂な声をあげたのはクラリスだった。
「うん、何を驚いておる?」
すると前を行くノアから平然と答えられ、訳が分からないとあたふたする。
「だって、すごい感動的な感じで光が空に昇って行ったじゃないですか! あの演出はどう見ても……!」
「何を言っておるか。ワシら神はつまり、概念にも近しい存在なのじゃぞ? この世から完全に消え失せることなど、そうあることではない」
「じゃあ、あのポヨって子はどうなったんですか⁉」
「力を使い果たして、しばらくは実体を保てなくなっただけじゃ。時間はかかるじゃろうが、いつかまたひょっこり姿を現すじゃろうて」
そんなことを言われてまだチンプンカンプンそうにしているクラリスに、ノアがこれ見よがしにニヤつく。
「そういえばクラリスよ、あのときお主はどこにおったのじゃ? 急に姿が見えなくなったが。まさか影でほろりと?」
カァ~とたちまちクラリスの顔が赤くなって、やいのやいのと泣いた泣いてない論争に発展する。やれやれとその後ろを歩きながら、ククルゥは肩元に尋ねた。
「それでノームさん、大体どれくらいなものなんですか? ポヨさんが帰ってくるのって」
「大体そうねぇ~。まぁ、半年くらい・・?」
そして――。その見立て通り、数か月後のことだった。いつものように森に出かけていた金髪の青年を、その弾むような声が呼び止めたのは。
「――ポヨッ!」




