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4-8.届いてる


 突如として街を揺るがした巨大な地響き。それを合図とするように、たちまち森の方角から隆起するように姿を現したのは巨大なスライム状の何かだった。


 濁り、くすんだ色合いのそれが木々をなぎ倒し、飲み込みながら今も肥大を続けている。あれはいったい何なのかと人々が恐れ慄き、悲鳴をあげるなかで――。


「バカな、あれは……!」

「親父?」


 その存在の何たるかにいち早く気づいたのが、ギルドマスターである彼だった。いや、彼だけではない。この街の古株や重鎮であれば、誰だって知っている。忘れるはずもない。だってあれは――。


「あれはかつて、この街を襲った災禍だ」

「なに……⁉ そんなわけないだろ、だって勇者が倒してくれたって!」

「そのはずだ……我々も確かにその瞬間を見ていた。それが何故……」


 動揺する彼らに、ククルゥが答える。


「ノアさんから聞いたことがあります。かつてはまだ勇者の力が弱く、魔神を完全に倒すことは難しかったそうです。一時的な処置として、封印や無力化に留まるケースも多かったと」

「じゃあまさか、あれが本当に復活したその魔神だっていうのか⁉」

「恐らくは……。たぶんずっとまえに目覚めていて、勇者わたしたちに気取られないように息を潜めていたのだと思います」

「なんということだ、寄りにもよって逃げ場のないこのタイミングで……! 勇者殿、どうか力を貸していただきたい! 一刻も早くこの被膜を打ち破り、あれの迎撃に向かわなければ! 我々もできる限りのことを」

「だから、そうじゃないんですってば!」


 そこで耐え兼ね、ククルゥはピシャリと言い放つ。


「ポヨさんは私たちを閉じ込めていたんじゃない! むしろその逆です!」

「逆……?」

「守ってくれてたんですよ! だから街の人たちだけでなく、私やたまたま近くを通りがかっただけの旅人や商人たちも含めて手あたり次第、自分のなかに引き込んでいたんです! そうじゃなかったら今頃、数えきれない人たちがあれに飲み込まれていたかもしれない……!」

「じゃあまさか、被膜が内側に迫ってきていたのは」

「少しでも守る範囲を狭めて、被膜を厚くするためだと思います。皆さんを外に出さないように。たとえあれの一部でも、決して内部に侵入させないように」


 ククルゥの懸命な訴えを聞き、辺りがシンと静まり返る。テイラーたち父子が、クラリスが、そして周囲に居合わせた街人や冒険者たちが呆然と頭上を見上げる。そして――。


「じゃあポヨはまだ、ちゃんとポヨのままなのか……? 堕天は」


 声を震わせるテイラーを勇気付けるように、ククルゥはそっと言葉を添えた。


「――していませんよ」



 自分はなんて出来損ないの神様なのだろう。

 おぼろげな自我の世界で、ポヨはぽつねんとそう思った。


 なにか嫌な気配が少しずつ忍び寄り、徐々にその力も増してきていると、その前兆にはずいぶん前から気付いていたのだ。それなのに結局、自分は何もできなかった。


 何か大きな危険が迫っていると懸命に伝えようとはしてみたけれど、ちっとも伝わらなくて、面白がられてばかりで。こうして街を丸ごとシェルター状態にして閉じ込めておくくらいしか、確実にみんなを守れる方法が思いつかなかったのだ。


 ボクはとても、頼りない神様だね……。

 迷惑かけてばかりで、ごめんね。


 間一髪、駆けつけてくれた友人に心からそう詫びいる。


「何を言っておる、水臭いこと。ワシとお主の仲ではないか」


 だけど彼女はさも当然のようにそう立ち上がり、言ってくれたのだ。


「――共に守ろうぞ、お主の大切な者たちを!」


 たったそれだけで、どこまでも力が湧いてくるみたいだった。



「――ふん、ひどく気が立っておるようじゃの。まぁ無理もあるまい。長い眠りからようやく覚め、これから思う存分腹を満たせるかと思っていた矢先にこれじゃ。お主に邪魔され、ずっとお預けにされていたのじゃからの。よほど鬱憤も溜まっていたと見える」


 ようやく肥大化も終わり、最大サイズまで膨らみ終えたか。タプンと濁ったそれと対峙しながら、面白そうに言ったのはノアだった。本当は今すぐにでも目の前のご馳走にありつきたいのだろうが我慢ならず、ひとまず一戦交えるまえの腹ごしらえにと手ごろな雑穀から漁ったのだろう。


 エネルギー効率は悪いし、味も薄いだろうに。まったく仮にも神でありながら見るに堪えない意地汚さと、失笑ものだが。


「どうやら見かけだけ、というわけでもなさそうじゃな。――来るぞ」


 そして凪のような静けさが訪れた直後、先に動いたのは魔神の方だった。冗談みたいな動きでプルプルと身を震わせたかと思えば、自らの一部を空に向かって打ち上げたのだ。ビシャビシャと飛び散った無数のそれが弧を描き、こちらに向かって降り注いでくる。


 せっかく良い天気なのに、いきなり泥水を吹っ掛けられたみたいで不快だった。実に汚らわしい。


「バッチぃの!」


 対して、天に向かってパッと大きく両手を広げたのはノアだ。すると何もない空にたちまち光のアーチが描きだされ、そこから無数の光弾が射出される。そして降り注ぐ魔神の一部を次々と穿ち、浄化していった。


 わずかに打ち漏らした分がビチャビチャとポヨの表面に張り付くが、問題はない。逆に自らの内側に取り込み、あっという間に吸収・分解してしまう。飛ばした自らの飛沫を堆積させて包み込み、あとは時間をかけてゆっくり中身を平らげてやろう。大方そんな腹積もりだったのだろうが。


「当てが外れたの、堕落者だらくもの。ワシがここに居合わせたのが、貴様の運の尽きじゃ」


 攻守はともに盤石。次はこちらの番だと、再び空に手をかざしたときだった。


「ぬわっ!」


 ポヨンと、ノアが立っていた足元が大きく弾み、バランスを崩したのは。トランポリンみたいな弾力のうえで尻餅をつかされる。


「どうしたのじゃ、プルガトリオ! いったいどうして……なっ⁉」


 すると何やら慌てた様子のポヨの思念が伝わり、何事かと魔神とは反対方向を見やるノアである。見れば――いつの間に回り込まれていたのか。ポヨの後方が魔神の侵蝕を受けていた。森から次々と現れる魔神の一部がビチャビチャとポヨに張り付き、今もその範囲を広げているのである。浄化のスピードが間に合っていなかった。


「しまった! 待っておれ、いまワシが」


 すかさずフォローに入ろうとするノアだが、魔神の本体がそれを許さない。再び前方から飛沫が飛んでくれば、その対処に向かわざるを得なかった。予期せぬ前後からの挟み撃ちを受け、徐々に戦局が傾きつつあったそのときだ。


 ポヨは、自らの内側にそれを感じ取る。外からの魔神の侵蝕だけではない。微かだが内側からも被膜が傷つけられているのだ。そして耳を澄ませば、いくつもの懸命な叫び声が聞こえてくる。きっと冒険者たちが、外に脱出しようと攻撃を加えているのだ。


 今はダメ、みんな大人しくしてて!

 ボクがちゃんと守るから、大丈夫だから!


 懸命にそう心の中で唱えるけれど、彼らは攻撃の手を緩めてはくれない。無理もないと思った。だってみんな、恐ろしくて仕方ないはずだ。こんな逃げ場のない場所に閉じ込められて、外からは魔神が迫っていて。


 不安だろう。怒っているだろう。自分がもっと力のある神様だったら、こんなに怖い思いをさせずに済んだかもしれないのに。


 やっぱりボクは、ダメな神様だ。

 ポツネンと、1人取り残されたようにそう思う。

 だけど――。


「違うぞ、プルガトリオ。そうではない」


 苦しげな笑みを滲ませながら、ノアがその声に答えるのだ。


「お主の想いはもう、ちゃんと皆にも届いておる」

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