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4-5.ポヨ


 いまこの街で起きている現象を説明するには、押さえておくべき世界の理が2つある。まずこの街を覆っている被膜、その正体が恐らく『神』であるということだ。


「な、何を言ってるんです? これが神様……?」

「正確には土地神ですけどね」


 動揺しながら改めて頭上を見上げるクラリスに、ククルゥはそう補足を加えた。


「ときどきあることなんですよ。この世界には微精霊と呼ばれるとても小さな神様のもとみたいなものが無数に存在しているんです」

「神様のもと……?」

「たとえ話ですけどね。何かの拍子にそれが寄り集まることによって、たまにひょっこり土地神や精霊が生まれたりするんですよ。ほら、ちょうどこの子みたいに」

「あーこらー、姫たまー!」

「え、ちょ……何ですかそれっ⁉」


 ちょうど良い実物がいたので、髪の中からむんずと引っ張り出して提示する。反応からして、初めてお目にかかったのだろう。


「話が違うのにー!」


 ジタバタと短い手足で抵抗しているノームさんを、クラリスはゲテモノでも見るような視線でまじまじと見つめていた。


「この子が一応、いま言った精霊と呼ばれる存在にあたります」

「一応じゃない、れっきとした大精霊でしょーにー! もーなんてことするの⁉ もっとかっこいー登場パターンいくつも考えてたのに! 姫たまのバカー!」

「仕方ないじゃないですか。これが一番、手っ取り早かったんですから」

「姫たま……?」

「そこは気にしないでください。この子たちが勝手にそう呼んでいるだけなので。聞いているか分かりませんが私、一応は精霊術師という奴なんですよ。こういう子たちに好かれやすいタイプみたいで」

「精霊、術師……?」

「聞いてなさそうですね……。まぁそれはさておき、話を戻しますが」


 脱線しないうちにノームさんを髪の中に戻し、ククルゥは続けた。


「その辺りの経験とか豆知識が人より豊富な私からみても、まず間違いありません。あれは土地神です。比較的最近、ここ数年のあいだに発生した個体と思われます」

「でも、おかしいじゃないですか! 土地神って、つまりは守り神ですよね! 守ってくれるはずの存在が、どうしてこんな風に人を襲ってるんですか⁉」

「まだ確証はありませんが……『堕天』と呼ばれる現象があります」

「堕天……?」


 それが押さえるべき理の2つ目だ。


 「詳しいことは私も分かりませんが……。神さまいわくそれは力の弱い土地神や精霊が特有でかかる、ある種の病気のようなものだそうです。それを引き起こすウイルスもまた、この世界には無数に存在しています。そして堕天してしまった神様は自我を侵食され、やがて人を襲うようになるんです」

「じゃあ、これがその堕天した土地神ということなんですか?」

「その可能性が高い、という話です。それを確かめるために、今からそこにいる『依代よりしろ』の方に話を聞きにいくのですよ」

「その言葉はウィレクさんからも聞いたことがあります。確か……」

「土地神や精霊の発生はそのほとんどが偶発的なものと言われていますが、一度発生したらずっとこの世界に存在を保てるわけではないんです。何かしらの媒体、寄りかかれる別の存在が必要になります」

「……?」

「そうですね、ちょうどこの子たちみたいな精霊と精霊術師わたしの関係でしょうか。放っておいたらこの子たちも、いつか存在を保てなくなって消えちゃうんですよ。そこで私を宿主として魔力を分けてもらうことで、存在を保つことができるんです」

「故にボクラのプリンセス、姫たまなのです!」

「その呼び方はわりとやめてほしいんですけどね」


 じゃじゃーんとまた息を吹き返したみたいにノームさんが現れて、そんな混み入ったククルゥの説明を締めくくる。理解できたような、できなかったような。


「あまり時間も無さそうなので、質問は後で受け付けます。ひとまず今は、あの依代さんに話を聞きに行きましょう」

「あ、はい……」


 まだいろいろと頭が追いつかなくて、呆気に取られるばかりのクラリスだった。



 あの被膜の正体が堕天した土地神なら、依代が何かしら事情を知っているかもしれない。


「すみません、ちょっとよろしいですか?」

「え……?」


 そんな類推のもと、ククルゥが声をかけたのは路地裏に座り込んでいた1人の青年だ。身なりからして、恐らくは冒険者だろうか。まるでもう何日も寝ていないかのような弱り切った顔を上げ、ククルゥの呼びかけに彼は応じた。


 彼の名はテイラー。この街の冒険者で、今あの被膜を突破すべく陣頭指揮を執っているギルド長の息子らしい。聞けばやはり、彼があの土地神の依代のようだった。


「じゃあ、やっぱりそうなのか……。あれはポヨなんだな……?」

「ぽよ?」

「街の奴はみんなアイツをそう呼んでたんだ。それしか言わないからな」


 懐かし話を語るように、でもどこか諦観を交えて彼は語り始める。


「森にいたポヨを最初に見つけたのが、俺なんだ」



 テイラーがそれと出会ったのが数年前のことだ。ギルドマスターである父に憧れ、子どものころからずっと冒険者になることを夢見ていた。それが規定年齢に達するのを待てず、誰にも内緒で森へ出かけたときのことだ。手ごろな木枝を手に冒険気分を味わっていると、ポヨンと弾むようにして茂みからそれは現れた。


「うわっ!」


 まだ魔物なんていないエリアのはずだったので、驚いて尻餅をつかされる。だが――。


「なんだこれ、スライムか……?」


 途端に、拍子抜けした。それは両手のひらに収まるほど小さく、見るからに弱々しい何かだったからだ。ぱっと見、最初はスライムかと思った。でも赤いし、形状も平べったい。透き通っているが、ナメクジと言われた方がしっくりきた。


「ぽよん!」


 おまけに鳴き声も珍妙なそれが、見るも不安げな瞳でテイラーを見上げているのである。まるで慈悲を乞うように。ともすれば、この場における生殺与奪の権がどちらにあるかは明らかだった。そうと分かれば、怖くない。


「へっ、恨まねぇでくれよな」


 まったく自分としたことが、何をビビッているのか。気を取り直して、テイラーはすっくと立ちあがる。それから手にした木枝をあたかも片手剣に見立て、たぶんこんな感じだろうと浮かんだ脳内イメージのままそれらしい構えを取った。気概はもうすっかり冒険者のそれだ。


 今から始まるのは命のやり取り、明日をかけた死闘である。そしてこれが、自分にとって最初の冒険となるのだ。いずれ相手が街に迫りくる、恐ろしい飛竜となる日を夢見て。


「いざ尋常に、勝負だーっ!!!」


 そんな宣言とともに、戦いの火蓋が切って落とされる。しかしその顛末は、テイラーが思い描いていたのとはまったくかけ離れたものとなった。――なにせ、小一時間後。


 「ゼェ……ゼェ……」


 すっかり体力を使い果たし、地面に手を付かされていたのはテイラーの方だったのだから。


「くそ、どうなってんだ……! おまえ、ただのスライムじゃないのかよ……!?」


 息も絶え絶えになりながら、悪態をつくようにしてテイラーは訴える。いくら突いても叩いても、まったく手ごたえがなくダメージを受けているようにも見えない。挙句にこれならどうだと放った火炎魔法にもケロリと耐えてみせて。ただのスライムなら絶対にありえない耐久力だった。するとその得体の知れない何かは。


「――ポヨっ!」


 まるで友達になろうよとでも誘うみたいに、敵意もなくテイラーのもとまで弾んでくるのだった。

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