4-4.拉致られた
「準備を急げ、もう時間がないぞ!」
「少しでも遠距離系の魔法を使える者は中央広場へー!」
「――へ?」
気づいたとき、ククルゥがいたのはバタバタとそんな喧騒の只中だった。ちょっと何が起きたのか分からなくて、呆然と佇む。きょろきょろと辺りを見回してから、また正面を向いて。
「ええと、これはいったいどういう状況で……?」
やはり理解が追いつかず、パチパチと目を瞬くばかりだった。確認すべきことはいくつかある。まず此処がどうやら人里であるということ。こんな山奥だが、地形をうまく利用して切り開かれたのだろう。たとえば街の周囲をぐるりと囲うようにして建てられた先の尖ったログの塀などが、ここに住む人々の恐らくは冒険者稼業と隣合わせの暮らしぶりを現わしていた。
続いて、近くにノアやクラリスの姿がないということ。リガリオンを使ってこの近くに転移し、どこへ向かっていたのか山中を歩いていたのがついさっきのことだが。どうやら此処に連れてこられたのはまだ自分だけらしい。
正確には『誘拐された』とか『拉致された』と表現するのが適切なのだが、まぁその辺りはさておき。そして最後に、ククルゥは付近を上下左右に渡って広く見渡した。今が平時でないのは街人たちの様子を見ても分かるが、たとえそうでなくとも一目瞭然のことである。――なにせ。
「あれはいったい……?」
ポヨンと弾む、得体の知れない被膜のような何かが、市街全体をすっぽり包み込むように覆っていたのだから。街のあちこちで人々が座り込み、成す術も無さそうに途方にくれているのは、あの被膜があるせいで逃げられないからだろう。そして、あの被膜の正体は恐らく――。
「気の毒に、君もここに連れてこられたのかい……?」
そのとき、立ち尽くしているククルゥを気にかけてくれたのか。弱々しいながら声をかけてきたのは近くにいた老人だった。
「連れてこられた……そうですね。偶然、この近くを通りがかったのですが」
「突然スライムのような魔物に襲われ、そのまま絡めとられてしまった。そうだろう?」
彼の言ったことはまさしく、ククルゥがこうなる直前の出来事と符合するものだった。――あのとき。
『およ……?』
突如として輝き出した『夢幻郷典』。あれは恐らく、ククルゥに何かしら身の危険が迫っていることを教えてくれようとしていたのだろう。だが次の瞬間、背後に迫る気配と水音を聞き取り、振り返ったときにはもう遅かった。まるで強い水流に押し流されるように、流動する何かに身体を攫われて。そうして気づけば、この街中にほっぽり出されていたのである。老人は続ける。
「やはりか……。済まないがいまこの街の状態は見ての通りでね。住人はもちろんだが、君のようにあの触腕に掴まり、外から連れてこられた者も大勢いる」
「外へ出られないんですか?」
「いろいろやってはみたんだけどね。どうもこの壁は火も武器も効かないみたいなんだ。あぁほら、見てごらん。また誰かが……」
するとそのときグニュンと近くの被膜が大きくうねり、歪んだ。まるでダストシュートでも滑ってくるみたいに、開いたホールから吐き出されたのは。
「っ……!」
「あら、クラリスさんも捕まっちゃいましたか」
前につんのめりそうになりながらも、何とか転ばずに姿勢を保ったクラリスだった。
「せ、先輩……! これはいったい……!?」
「状況はあとで説明しますが、ノアさんは?」
「分かりません。途中までは一緒だったのですが」
「なるほど、君の知り合いだったんだね。もう一人いるなら、たぶん今ごろ街のどこかにいるんじゃないかな。ところで、君たちは冒険者か何かかい?」
「ええまぁ、そんなようなものですが」
「それなら中央広場に向かうといい。そこにいま冒険者たちが集まって、この街のギルド長と作戦を立てているはずだから。そこに行けば会えるんじゃないかな」
「ありがとうございます、ではひとまずそこへ。行きましょう、クラリスさん」
「えっ先輩、ちょっと!」
本当にそこにノアがいるかは五分五分と言ったところだが。まずは情報を集めることからと後輩の手を引き、その場を離れるククルゥだった。
◇
ひとまず中央広場へはクラリスを向かわせた。いまノアが何処にいるのかはさておき、ククルゥとしてもできることから始めていくことにする。
「というわけでノームさん、ぼちぼちお仕事の時間ですよ。一応は主のピンチなんですから、そろそろ出てきてくださいな」
ほっつき歩くように混乱の渦中にある街なかを散策しながら、独り言みたいに呟けば。
「うぬー、こればかりは致し方なしかぁ」
どこかやれやれ風に、肩元にかかった髪の隙間から出てきたのはノームさんだった。
「もう、やっと出てきてくれましたね」
乗り気ではなさそうだが、ようやく姿を見せてくれた隣人にククルゥは嘆息する。というのも、今日はいくら呼びかけてもちっとも出てきてくれず、鳴りを潜めたみたいに彼らが静かだったからだ。その理由も、なんとなく察しは付くのだけれど。
「ひどいじゃないですか、何度も呼んでたのに答えてもくれないなんて」
「いやー、だってあれじゃない? 水さしたら悪いと思って。せっかく若い人たちが集まってるんだしー」
「どういうジェネレーション設定になったんですか。いいですよ、どんどん水差してくれて。いつもの調子であなた方が茶々入れてくれてたら、多少は間も保ててたかもしれないのに」
「んもー姫たまったらー、褒めたって何も出ないんだからねー」
「褒めてないですし、なんなら苦情なんですけれど……」
ククルゥの気も知らぬそうに、照れ臭そうに頭をかいているノームさんだった。つまるところそれが今日、いつもは呼んでもないのに勝手に出てくる彼らが音沙汰なかった理由である。彼らの方針らしいのだ。
ククルゥの近くに誰かがいたり、話をしているときはよほど火急のことでもない限りなるべく介入しないようにすると。経緯は諸々あるのだが、それは彼らなりにククルゥのコミュ力を磨くための計らいだったりした。だからクラリスだけをギルドに向かわせたのである。そうしなければ、彼らがいつまでも出てきてくれない可能性があったから。
「でも、もうそろそろ良くないですか? おかげで私の人見知りもだいぶ改善されたと思うんですけど。ここいらで教育方針を見直しては?」
「うーん、それねー。ときどきみんなで話し合ってるし、国民投票なんかも取ってるけどー」
「その労力、もっと別のことに割いた方が良いと思いますよ」
「たぶん、無しかなー」
「何がです?」
「情状酌量の余地・・?」
「なんで裁判みたくなってるんですか!?」
しかも勝手に裁かれていたと思わぬ事実を知らされ、抗議めいた声をあげるククルゥだった。――そこへ。
「くそッ、もう我慢ならねぇ! テメェら下がってろ! こんなもん、俺が力づくで突破してやらーっ!」
そんな荒々しい声とともに、爆撃音が轟いたのは。どうやらこの状況に堪えかねた冒険者の1人が被膜を破ろうと、手にしたハンマーのような武器で攻撃を仕掛けたらしい。振り下ろされると同時に組み込まれた爆撃系の魔術式が起動し、辺りに大きな爆撃音が轟く。大した一撃だった。そこいら魔物がまともに受ければ、ひとたまりもないほどには。しかし――。
「なにッ……!?」
自在に流動し、波打つ被膜をまえにその効果は薄い。確かに一瞬だけ外界とも繋がり、鮮やかな森の景色が垣間見えはしたが。あっという間に周囲の被膜がそこを覆うようにして、開いたばかりの風穴を塞いでしまった。
結局、地面を砕いただけで状況はなにも変わっていない。それでも諦めきれず、他の冒険者たちも次々と彼に続く。風刃を放ち、炎弾を射出し、あるいは雷撃を纏わせた槍撃をもって被膜を攻撃する。だがそのどれも、結果は同じだった。突破口とはなりえない。
でもそれも仕方のないことだ。よほど強力な魔法か特定の武具でもない限り、まともなダメージを与えることは難しい。あれは元より、そういう性質の存在なのだから。
「それでノームさん。何となくこっちの方な気がして向かっているのですが、あってますかね?」
「うん、たぶんあってるよ~。ボクラの好みってそんな変わらないから。というか、もう見つけたかも?」
「おっと、どなたですか?」
「たぶん、あれ」
するとノームさんがちょいと腕を伸ばしたのは、ククルゥの前方に見える細い路地裏だった。なるほどと思う。見たところ冒険者だろうか。詰まれた木箱に座り込み、見るからに打ちひしがれたように顔を伏せている青年がそこにいた。
「ということは、あれが今回の『依代』さんですか。あまり時間も無さそうなのでさっそく話を聞いてみましょう。この状況で逃げることもないと思いますが、一応警戒はしておいてください」
「はいなー」
そうしてノームさんが引っ込み、さっそくコンタクトを図ろうとしたときだ。
「先輩!」
そう呼び止められたのは、早くもギルドから戻って来たらしいクラリスだった。
「クラリスさん、早かったですね。それで、どうでした?」
「ダメです、ノアさんは見つかりませんでした。街の中も一通り探しましたが……」
「そうですか、ありがとうございます。ではとりあえず、こちらもできることから始めましょう。たぶんですが、そこで座り込んでいる青年があれの『依代』と思われます。これから私が確かめにいきますので、クラリスさんはここで待機を」
「その前にっ! 私にも分かるように説明してください! これはいったいどういう状況ですか⁉ あんな魔物、見たことも聞いたこともありませんよ!? あの人がどうして、何の事情を知ってるというんですか⁉ どうして先輩にはそれが分かったんですか⁉」
「あれっ、その辺りってもう神さまが教えてくれてたんじゃ……?」
「何も聞いてないですよ! 私があの人から教えてもらったのは異世界人とか神器とか、そういう訳の分からないことばっかりなんですから!」
「なんと……分かりました、分かりましたから落ち着いてください! 私の配慮が……いえ、うちの神さまがすみません! 全責任はあの人にありますので、私がちゃんと説明しますから」
ろくすっぽ説明もされなかったことで、よほど鬱憤が溜まっていたのか。打って変わって息巻くクラリスの勢いに押され、慌てて謝るククルゥだった。あくまで非はノアにあるのだと、そこは譲らずに強調しておいたけれど。
「とはいえ私も配慮が足らなかったですね、失礼しました」
「謝らなくていいです……分かってくれたなら」
「ただ、今はちょっと時間がないので手短に。ちゃんとした説明は後でしますが、そうですね……。まずこれ、魔物なんかじゃないんですよ」
「……え?」
まずクラリスの正すべき認識はどこか。それを冷静に見極め、見上げた頭上を指さしながらククルゥは告げる。
「――『神様』なんです」




