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4-3.OJT


 それから間もなくのこと。


「どういうことですかっ!?」


 レインから別室に連れられ2人きりになるが早いか、ククルゥが真っ先に畳みかけた質問がそれだった。バンと卓を叩いて前のめりに詰め寄る。しかし当の本人はと言えば。


「まぁ落ち着け、そう鼻息を荒くするな」


 手を振りながら、ドンマイみたいな軽い調子でそう答えるばかりで。


「これが落ち着いていられるわけないでしょう!? ちゃんと説明してください! なんですか、私があの子の教育係って!?」


 どうも先ほどから聞いていると、そういうことのようなのだ。先ほど天から降ってきた少女――ギルドの新メンバーだというクラリスの教育担当に、レインが自分を推したらしい。だがそんなのは初耳のことである。


「聞いてないですからぁあああっ!」

「聞かせてなかったからな」


 そんなのは冗談じゃないと、全力をもってガタガタ、レインの車椅子を前後に揺さぶって抗議するククルゥに。


「まぁ落ち着け」


 しばらくはされるがまま、そうケロリと応じているレインだった。



「どうだ、少しは落ち着いたか?」

「ゼェ、ハァ……落ち着きませんよっ……!」

「そうか、ならば気の済むまでアタックするといい。今ばかりは胸を貸そう。取り乱した部下の心に寄り添い、鎮静を促すこともまた上司の務めだからな」

「レインさん!」

「うむ、少し冗長だったか。まぁ経緯を話すとだな」


 そんな一幕を経て、ようやく本題に話を移すレインだった。聞くまでもないことだが、クラリスもまた自分やレイン、他のギルドの面々と同じように、ある日突然ノアから指名を受けて半ば強制的にこのギルドに所属させられることになった1人だろう。生まれながらに強すぎる加護を宿してしまっていたとか、神器に選ばれてしまったとか、その理由は様々だろうが。


「状況としては、まぁちょうどこのギルドに来たばかりのお前と似たようなものだな。混乱している」

「それは同情します。今でもたまに思い出しますよ。いきなり目の前に知らない女の子が現れて、自分が神さまだとか、お主は選ばれたのじゃとか言われて連日付きまとわれたあの時期のことを」

「まぁ無理もないがな」

「ちなみにさらに意味不明だったのは、上司と言われて出てきたのがそれより更に幼く見える子どもだったことですけどね」

「懐かしい。だが、良い着眼点ではある」


 在りし日を思い返し、遠い目をしながら皮肉ったところレインからそんな評価を下された。


「まさに私の思惑がそこにある。お前のときの反省を活かそうと思ってな」

「……なるほど。見るからにお子さまなレインさんより、まだ年の近い私の方が適任だろうと」

「そういうことだ、それに当時のことがまだ記憶に新しいお前なら、より今の奴の気持ちにも寄り添って」

「意義ありっ!」


 この流れはまずいとすかさず挙手し、異議を唱えるククルゥである。


「なんだ。私としてはかなり妥当な言い分だと思うが」

「そんなことはありません、私よりもっと適性のある方が、このギルドにはたくさんいると思います!」

「ほぅ、それは興味深い発言だな。言ってみろ」

「エルさんです!彼女はあの通り人柄も良く、後輩の面倒なら喜んで」

「却下だ。知っての通り、奴のことはジークに任せている。私の判断でおいそれとは動かせん」

「ではジャッキーさんはどうでしょう!? 腐っても彼女はシスターなのですから」

「却下だ。やつは何かとガサツで大雑把すぎるところがある。ロクなことを教えんだろう。少なくとも最初が肝心の教育担当としては不向きだ」

「ぐっ……ではロイさん! 漢気と活力、そして正義感に溢れた彼なら」

「却下だ。奴との対話にはコツが要る。新人にパントマイムでもやらせる気か?」

「……そうだ、ウィレクさんがいるじゃないですか⁉ 面倒くさがりなところはありますが、あの人ならなんだかんだで」

「あぁ言い忘れたがクラリスを連れて来たのは奴だ。そのまま教育係もやらせるつもりだったが逃亡し、そのまま行方を眩ませている」

「何してるんですか、あの人はぁああっ!?」


 思わぬところで戦犯が発覚し、声を張り上げるククルゥだった。それからも何人か、ギルドの知っている面々をあげてみる。しかし――。


「コミュニケ―ションに難がありすぎる」「バカを言え。あれはいかに自分が人より上に立ち、相手を屈服させるかしか考えていないような奴だぞ」「無理だろう、適性がなさ過ぎる」


 それはもう、燦々たる結果だった。そうして休みなく選択肢が減っていく中で、ククルゥが最後に思い付いた名前は――。


「い、イルルさん……?」

「正気か?」


 口にした瞬間に撃沈する。ともすれば、もう選択肢は残っていなかった。折り終えた指を見て、ふるふると戦慄する。


「どうなってるんですか、このギルドの人事は……。社会不適合者しかいないじゃないですか」

「それは私もおおいに疑問に思うところだが、言っても仕方あるまい。だがこれで少しは私の苦労も分かったことだろう。ひいては一人でも多くの常識人を育成し、確保していくしかないのだ。安心しろ。その点、奴はまだマシな方だ。私もサポートはするから、任されてくれるな」


「そんなぁ……」


 否やもなく、その場にへたり込むしかないククルゥだった。



 というわけで、さっそく実地演習から始めていくことになった。ノアによればすでにクラリスは座学を終え、業務のイロハ的な部分の抗議も何となくは済んでいるらしい。


「あとは実践あるのみじゃ! 安心せい、やってれば勝手に慣れてくるからの!」


 そんな不安しかない宣言があってから間もなく、3人はギルドを離れ、鬱蒼と生い茂る森のなかを歩いていた。


「ここはいったい……?」

「ふふん、驚いたか。これはリガリオンと呼ばれる神器の1つでな」

「神器……?」


 瞬く間に起こったテレポート現象に戸惑っているのか、怪訝そうに辺りを見回している黒髪の少女――クラリスにノアが得意げとなって天界的な雑学を披露している。そんな2人の背中を見送る形で、少し後ろからククルゥが続いていた。


 本来ならばこうしている今も2人のやり取りに参加し、少しでも彼女とのアイスブレイクに努めるのがククルゥの取るべき立ち回りなのだろう。だがそんな勇気は、ファーストコンタクトでとっくに萎れてしまっていた。遡ること数分前――。


『クラリスさんですよね、初めまして! 私はククルゥと言います。一応私がクラリスさんのOJT担当的な話になってるみたいなので、今日からよろしくお願いしますね! 分からないことがあったら気軽に何でも聞いてください!』


 不本意でも、自分しか適任がいない以上は仕方ない。加えてかつての自分と似たような境遇に置かれ、不安を覚えているかもしれない彼女を邪険にするつもりはなかった。だからそれがククルゥなりに精一杯、人当たりの良さを振りまいての挨拶だったのだが。


『あ、はい。よろしくお願いします』


 当のクラリスの反応はと言えば、実に薄かった。


「…………」


 さっそくの沈黙にどうすれば良いのか分からず、ひとまず「ええと、はい」と差し出した握手にはどうにか応じてもらえたけれど。我ながら不審だったし、コミュ力の無さが浮き彫りとなるぎこちないアクションだった。


 それからノアを待っている間もククルゥとクラリスの間に会話と呼べるやり取りは何一つとして成立していない。どうしようこの沈黙と汗もタラタラになりながらククルゥがどうにか捻り出したありきたりな質問に、クラリスはイエスかノーで淡泊に応じるばかりで。そして、今である。


 いざ目的地に出発しても、もうこちらから歩み寄る勇気なんて残ってやしなかった。とりあえず初回だからとノアが付いてきてくれたことは助かったが、明日から2人きりでやっていくのだと思うと今から気分が憂鬱である。


 元よりコミュニケーションスキルに覚えのある方ではなかったし、それこそ同性・同年代とのそれはとりわけ破綻しているというのに。大体いまどこに向かっているのかもよく分からなかった。知人に会いに行くと、神さまは言っていたけれど。


「私にどうしろと……」


 どよんと肩を撫で下ろし、ため息をついていたときだ。


「およ……?」


 ショルダーバッグの中に納めてあった『夢幻郷典アレグリア』が、突如として輝きだしたのは。

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