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4-2.新人


 久しぶりにギルドに帰ることになった。


 どういう経緯かは知らないが、レインに呼びつけられたのでとりあえず。実りの街、サンスクルドからだいたい歩いて20分くらいだろうか。好アクセスとは言い難い立地、森の細道を抜けた先に人知れずその建物はあった。


 外見からして築3,40年は下らないだろうか。とにかくボロイ屋敷風の物件。長いこと誰も使っておらず、雨ざらし吹きさらしとなっていたせいか。あちこち塗装は剥がれ落ち、外壁は植物のツタに覆われていた。端から見れば、完全に幽霊屋敷の様相である。


 だが受け入れたくないことに、これがククルゥの所属しているギルドの本部だった。支部とかないので本部もクソもないのだが、各地に散る『勇者』たちのお膝元である。その名も、『神さまのギルド』。


 何の捻りもなく、自称全能神であるらしいノアが設立したそれがギルドの名前だった。「エインヘリアル」とか「アポストロン」とか、他にもあったらしい拗らせたネーミングよりはだいぶマシだし、分かりやすいことはそうだけれど。名刺を見せるたびに胡散臭い顔をされるので、ちょっと考えものなんだよなぁと思っている今日この頃である。ぜひ改名を検討して欲しい。


「はぁ」

「なんじゃ? ため息などついて」

「いえ、なんか帰って来たなぁと思いまして」

「うん……? おぉそうか、そういえばお主ここに来るのも久しぶりか! どうじゃ懐かしの我が家は、何も変わってなかろう!?」

「そうですね、何も変わってないです。悲しくなるくらいに」


 経営が振るわないことは承知しているが、なんとかもう少し設備面を充実させられないものか。遠い目をして、そんなことを考えながらククルゥは答える。


 ちなみに隣でウンウンと頷いている、修道女みたいな服を着た外見年齢7~8歳くらいの女の子。何となくお子さまランチとか好きそうな彼女こそが、くだんの神さまノアだったりした。



 群れることが嫌いとか、ここに居てもやることがないだとか各々理由はあるのだろうが。だだっ広いギルドのなかは人員も出払い、閑散としていた。残っているのは。


「あれ、ククルゥさんじゃないですか! 帰ってたんですね、おかえりなさい!」


 日課の清掃でテーブルを拭いている最中だったのか。ククルゥを見るなりそう嬉しそうに声をかけてきた空色の髪をした少女、受付係のエルと。


「わっはっはー! ミッション、ミッションなのだー! かくれんぼだぞー!」


 そんなことを言いながらいきなり2階から飛び降りてきた赤毛の女の子、ギルドの問題児筆頭のイルルくらいのものだった。階段を無視して上階から飛び降りてきたうえ、並んでいるテーブルを次々と踏み台にして出口へと駆け抜けていくやんちゃぶりだ。


「あーっ! こら、イルル! 何度も言ってるでしょ! テーブルの上を走らない! あと上から降りてくるときは階段を使うの!」

「さぁ諦めて出てこい、このイルル様から隠れおおせると思ったら大間違いなのだー!」


 元から遊び好きのイルルだが、なにかよっぽど楽しいことでも見つけたのか。エルの制止も、きょとんとしているククルゥの存在にも気づかずに一目散、出口に走って行ってしまった。


「本当にもう、あの子ったら! 拭いたばかりなのに!」

「相変わらずエネルギーを持てあましてるようですね」

「ちょっと行って言い聞かせてきます! すみません、ククルゥさん。せっかくお話し中だったのに」「いえ構いませんよ。ではまた後で」

「ありがとうございます、またお話ししましょうね! こらーっ!」


 そんな2人が慌ただしく外へ出ていったのを見送れば、閑散としたギルド内に残されたのは3人だけだった。ククルゥとノア、そして――。


「帰ったか、待っていたぞ」


 止まっていたのは一台の車椅子。優雅にそれに腰かけたレインが、いつもの薄笑みを湛えて待ち構えている。さっそく嫌な予感がして、足取りもぎこちなくなるククルゥだった。


「なんだ、浮かない顔をして」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。ただいまです、レインさん」

「さてはお前、また何かやらかしたのか? 自供するなら今の内だぞ」

「人聞きの悪いことを言わないでください、何もしてないですよ。レインさんが不吉な笑い方してるから思わず身構えちゃったんじゃないですか」

「心外だな。私はただお前に1人の友人として懇親を込め、笑いかけただけだというのに」

「うわぁ胡散臭ーい」

「だいたい不吉と言うが、それを招いているのはどちらなのか。私だって好き好んで運んでいるわけではないのだが」

「ええと、それはですね……」

「自分の胸によくよく尋ねてみることだ。そう感じるのは、何かこの状況に符合する前科に覚えがあるからではないかとな」

「あーもう分かりました、分かりましたから! 大丈夫です、あれからは本当に何もやらかしてないので!」

「本当だろうな?」

「はい、あれから私は心を入れ替えたのです。何事も初心に帰って懇切丁寧な仕事を心掛けています。依頼主や保護対象者とのコミュニケーションを密に取り……」


 と、口に任せてそれらしく取り繕おうとしていたそのときだった。


「ふっ」


 レインがこれみよがしにほくそ笑んだのは。瞬間、ククルゥの口が思考とともに停滞する。なんだ今のほくそ笑みだ。何かしたか、自分でも気づかない内に私は何かしてしまっていて、すでにレインはその尻尾を掴んでいるというのか。


 いや、あり得ない。そんなことはないはずだ。多少のイレギュラーはあれ、ここ最近の案件はぜんぶ丸く収まっているはずだから。文字に起こすと目にも止まらぬ速さで、そんな思考がツラツラと流れ終わる。ここが分水嶺、初動を誤れば死あるのみとただならぬ緊張感に強張っている、と――。


「聞いたかノア、私の言った通りだろう?」

「うむ、確かに聞き届けた」


 いきなりレインがそんな問いかけを発して、傍らのノアがウムウムと深く頷いているではないか。いったい何事かと目をパチクリしていると。


「たったいま本人からも申告があった通り、彼女は前回の失敗を深く悔い、反省している。心を入れ替え、初心に還っているのだそうだ。私などより、よほど適任だとは思わないか?」

「まったくその通りじゃな、レイン。お主の提案を認めよう。そしてククルゥよ、ワシはお主に謝罪をせねばならんようじゃ。まったくギルドマスターとして不甲斐ないことじゃが、ワシはお主を見誤っておった」

「……はい?」

「まさかお主がそうも自らを律し、また戒めているとは思わなんだ。許してほしい。お主の覚悟、このノアはしかと受け止めたぞ! それにしてもあのククルゥが……成長したな!」

「ええと、すみません。何の話をしてます?」

「おっと、そうじゃった。すまん、すまん。じゃが説明するより、実際に会ってもらった方が早いじゃろう。いまはイルルとかくれんぼ中じゃが、まぁよい。改めてククルゥよ、お主の素質を見込んだうえで神ノアより決定を下す!」


 するとなんだかよく分からないまま、ノリノリに指パッチンをかますノアである。聞き心地の良い音が響くと、そこに神の奇跡がもたらされた。


「へ?」


 ククルゥの頭上にいきなり、背を向けた人間がフッと現れたのだ。一瞬の停滞、何かを掴み損ねたように天井に手を向けた誰かさんが、瞬く間に重力に従って落ちてくる。ククルゥらが着席していた、席のど真ん中に。


「きゃあー!」


 ドッゴォンとそれは物々しい音を立てて。慌てて席から避難し、何が何だかとドギマギするククルゥである。やっぱり何かを掴み損ねたみたいに、天井に手を伸ばしたままその落下者は。


「……ずるい」


 痛がりもせず、ただ不服そうにそう呟いていた。ちなみに、それは黒髪のククルゥの知らない女性だった。年代は自分と同じころに見えるが。


「紹介しよう! この者はクラリス、ギルドの新メンバーじゃ! 色々分からないこともあるだろうから、しばらくはお主が面倒を見てやってくれ」

「――――はいっ!?」


 本当に、何が何だか分からなかった。

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