3-12.また会える
それから間もなくのことである。
「なっ、なっ…………はぁあああああっ!?」
ギャラリー内に、血相を変えたそんなデニスの絶叫が響いたのは。魔動機使いとして自分の実力に絶対的な自信があり、勝利を疑っていなかったからこそ、その反応なのだろう。今まさに目のまえで起きている出来事に、まったく理解が及ばずにいるようだった。
依然としてロイド同士のぶつかり合いは続いている。ガギャン、ゴギンと物々しい戦闘音がギャラリー内には響いていて。だがその様相は打って変わっていた。ついさっきまではデニスがリィン側のロイドを追い込んでいたのだ。その優勢は揺るがなかったはずなのに――。
「これはいったい、どういうことよおおおおーーーーっ!?」
今やその攻勢はまったく反転してしまっている。長い手足を鞭のように振るうリィンの人型ロイドが、デニスの操る騎士甲冑を圧倒していた。それも完膚なきまでの暴力的な力で、右から左からのサンドバッグ状態である。
「ぐっ……調子に乗るなぁッ!」
そんなはずはない、こんなの何かの間違いだ。指輪の魔石にありったけの魔力を込めて反撃に乗り出そうとするも、体勢すら立て直させてもらえなかった。だが――。そんな光景に面食らっているのは、なにもデニス1人ではない。
「なん、で……?」
その場に膝をつき、呆然としているリィンもまた同じだった。目の前で何が起きているのか、まったく理解が追いつかない。だってもう、自分はロイドを操作していないし、なんの指示も送っていないのだ。そんな魔力はとっくに尽きてしまった。それなのに、あれは勝手に動いている。まったく不可解としか言いようのない状況で、呆然とするしかなかった。
一方で、ギャラリーの片隅。
「なるほど。探偵さんが言っていたのはこういうことだったのですね」
「はいです」
これで腑に落ちたと頷いたのは、その一部始終をずっと傍らから見守っていたククルゥである。その肩元では、チェック柄のコスチュームにキセルを蒸かせた小人がふむりと得意げに頷いていた。
『んもー、またまた臭うんだから~』
あのとき探偵さんがまた割り入ってきたのは、どうやらこの結果を予測してのことらしい。リィンとデニスが戦えば、自ずとこの事実が浮き彫りになるだろうと。
「ええと、どゆこと・・?」
反対側の肩元ではまだ理解が追いついていないのか、ノームさんがハテと首を傾げていた。
「つまりは、こういうことですね」
人差し指を立てながら、ククルゥは推測も含んだ手ほどきをしてやる。
『掛かったわねええええーっ!!!!』
状況が変化したのは、明らかにあの瞬間からのことだ。デニスの操る騎士甲冑が、ついに腕の一振りでリィンのロイドを完膚なきまでに破壊してしまったとき。瞬間リィンは失意のどん底に突き落とされたようにその場にへたり込み、デニスの高笑いがこれ見よがしにと響き渡った。そこで勝敗は決したかに思われたのだ。
だが異変が起きたのは次の瞬間からである。破壊されたはずの人型ロイドの破片が宙に浮きあがり、自動でもとの形に組み直されたのだ。そこから始まったのが人型の猛反撃――いや、一方的な蹂躙だった。それもリィンが何も操作することなく、自律してである。ここからは推測だが――。
聞けばリィンが操っているあの人型ロイドは彼女がまだ幼かった頃から、研究の意味合いも込めてアウラと3人で一緒に組み立ててきたものらしい。長い年月をかけて、何度も改修と調整を繰り返してきたのだそうだ。その中で恐らくアウラは2人には内緒で、ほかの術式もこっそり組み込んでいたのだろう。
それは2人を守るための保険で、どちらかの身に危険が差し迫ったときに起動するようプログラムされた緊急装置だった。本体が破壊されたことか、術者であるリィンの心に奔っただろう激しい動揺を感知してか。そのどちらがトリガーとなってのことなのかは分からないが。
「ふざ、ふざけるな……こんなことがあってたまるか……ッ!」
「どうやら私が思ってたより、ずっと茶目っ気のある方だったようですね。アウラさんは」
「こんちくしょうがああああーーーーッ!」
そのときがちょうど、真正面から振り落とされた一撃に騎士甲冑が叩き潰されるところだった。
◇
それからの話になる。結論から言って、デニスはアドラー家を去ることになった。というか、去らざるを得なくなった。あの決闘で彼女が踏みつけた地雷は、実は1つどころでは済まなかったのだ。自前のロイドを叩き潰され、完膚なきまでの敗北を喫した直後のこと。
「はっ、だから何よ!? 勝敗がどっちだろうと何も変わらないわ?! この屋敷のものはすべて私のものなんだから!」
開き直ってそんな主張を展開し始めたデニスを、なんと屋敷中のロイドが自律駆動で追い立て始めたのである。どうやらアウラはあの人型だけでなく、屋敷内に所有していたほぼすべての哨戒ロイドに似たような緊急プログラムを組み込んでいたようなのだ。
おまけに階段や庭園のいたるところにも無数の罠が設置されており、屋敷全体のからくり屋敷ぶりが次々と明らかになっていく始末だった。そのすべてが、精密なまでにデニスだけを狙い撃ちにするのである。まるで屋敷そのものに意思が宿り、デニスを追い出そうとするかのような仕打ちの数々で。
「広いお屋敷ですから、たぶんセキュリティの一環だったのでしょうね。もし敷地内で2人に危害を加えた人がいたらただちに敵と見なし、屋敷から排除する。そんな感じの命令式が組まれていたんだと思います」
それがククルゥの見立てだった。アウラの眠っている墓地のまえで、静かに手を合わせている姉妹に向けて。
「ただ、ちょっと心配ですね。追い出せたとはいえ、デニスさんがこのまま引き下がるとは思えません。自分が住めないならぜんぶ売っ払ってやるーとか言い出さないと良いですが」
「あぁ、そのことだが心配は要らなそうだ。実はもう屋敷に仕掛けられたセキュリティについてすでに解析を始めているのだが、その解除方法にあたりがついてきてな。どうやら私たちのどちらかが認証しない限り、解除できないようになっているらしい。この事実は裁量権を争ううえで強力なカードになる。バァバの遺志として、あの屋敷を本当は誰に託したかったのか。少なくともすべてが奴のものになる可能性は低いだろう」
「おぉ、さすがですね。もうそこまで」
「まぁそれも最低限に留めるつもりだけどね。だって先に裏側からぜんぶ読み解いちゃったりしたら、お婆ちゃんもきっとガッカリしちゃうでしょ。だからできるだけ無理には探さずに、少しずつ見つけていきたいの。お婆ちゃんが私たちのために遺してくれたものを」
「そうですか……。えぇ、きっとそれが良いですね」
そっと吹き抜けた風に髪を押さえながら、ククルゥも優しくそう答える。もう会えないと思っていた大切な誰かに、また会えるかもしれない。残された人たちにとって、それはとても素敵な予感だと思うから。
「だからまた会おうね、おばあちゃん」
どこか吹っ切れたような様子で、そう墓前に笑いかけている姉妹だった。




