3-10.家族の形
これは結果としての解釈だが――。その場で傭兵が乱入してきてくれたのはククルゥにとって僥倖なことだった。前面に出て自分たちを庇いだてしてくれた事実が、なにか裏があるのではと信用しきれずにいたリィンの心境に変化をもたらしたらしい。
「う、ぐぉ……」
「ちょっとそこで大人しくしていてください」
打ち抜かれた股間を押さえて悶絶する傭兵さんのことはひとまず脇に転がしておいて、リィンは事の経緯を語り始める。
聞けば、姉妹は幼くして両親を亡くしているとのことだった。境遇を気の毒に思い、彼女らを引き取ると申し出たのが遠縁ながらも親族にあたるアウラ・アドラーだ。親を亡くしたばかりか突然知らない場所に連れてこられた2人に、アウラはとても親身に接したという。とりわけ距離を縮めるきっかけとなったのが、アウラの持つロイド使いとしての技巧だ。
淑女だとか上品だとか、周りの人からはいろいろ言われるけれどとんでもない。遊び心と好奇心は人よりかなり旺盛。年をとって、悪知恵もさらに磨きがかかってきたと自負するこの頃である。心を閉ざしてしまった姉と、何かと関心を示さず1人で遊んでいることの多い妹。先に目を付けたのは妹、アイリの方だった。
彼女が実家から持ってきたという汽車のオモチャに、簡単な術式を組み込んで動くようにしてやる。すると、どうだろう。それまでずっと無味だった彼女の瞳に、たちまちキラキラした光が灯ったではないか。やはり血は争えないということか、アウラが見定めた通りアイリは生粋の技術者肌だった。もちろんそれは、姉の方とて例外ではない。
ロイド研究に日に日にのめり込み、気づけばどっぷり浸かっている。そんなアイリが楽しげにしている様子を、リィンが柱の影からじっと見つめていた。その瞳に心細さと不安が揺れているのを見つけて、アウラは優しく微笑みかける。
さぁリィンも、こっちにおいで。そうして出来上がっていったのが、アドラー家として新たな家族の形だった。
だがそれも長くは続かなかった。王都レインヴァースへ行き、本格的にロイド技巧を学びたい。そんなリィンたっての希望もあって数年後、王都で生活していた彼女のもとにある日、バルターから封書が届く。そういえばここしばらく、連絡はおろか帰ることもできていなかった。みんな元気かな、なんて大切な人たちの顔を思い浮かべながら、何の気もなく封を切る。
そして、途端に取り落とした。そう遠くないことは分かっていたけれど、まさか明日あさっての話だなんて夢にも思わなかったのだ。それはアウラ急逝を報せる訃報だった。それから数日のことは、あまりに空虚でほとんど覚えていない。慌ててトンボ帰りしてくるも、本当の意味でアウラとの再会は叶わなかった。
ただ眠っているみたいな穏やかな表情だけを看取り、氷のように冷たくなってしまった手を握ったあとでアウラは弔われた。心に穴が開いたみたいに現実感なんてまるで無くて、最後に交わした言葉がなんだったのかもちゃんと思い出せない。葬儀が終わってなお、どうしようもない喪失感に苛まれていたときだった。
「こんにちは、あなたがリィンちゃんとアイリちゃんでいいのかしら?」
人当たりの良い笑顔で喪服姿の彼女、デニス・アドラーがそう声をかけてきたのは――。
◇
まだ幼い2人に代わって、自分が亡きアウラの遺産管理を代行しよう。そんな申し出をしてきたデニスの真意に、気付いたときには遅かった。最初こそ目立った動きはなかったが、次第にその本性を現し始める。永年務めてくれていた仕様人を次々と解雇し、遺品である魔動機も手近なものから売却し始めたのだ。始まったのはアウラの遺品漁りだった。
「ふざけないで、話が違うじゃない!? あなたに何の権限があってこんな!?」
アイリから連絡を受け、再び帰ってきたリィンは変わり果てた屋敷の在り様に憤慨し、すぐさま猛抗議をかける。だが――。
「何を言っているの、権限ならあるでしょうに」
にたりと意地悪い笑みを浮かべながら、悠々とデニスは言い放つ。血縁的にデニスの方がアウラの血筋に近く、れっきとした相続権も持っているのだ。ともすればほとんど他人で同居人に過ぎなかったリィンやアイリに、遺産について口を挟める余地はなかった。
「残念ね、遺言書でもあれば話は違ったかもしれないけど。屋敷中を探して、そんなもの見つからなかったんだから」
どうしようもない現実を突きつけられ、リィンは握った手を震わせることしかできない。
「用が済んだならさっさと帰りなさい。この家のものをどうしようと私の勝手なんだから。他人は黙ってなさいな」
自分たちが、そして誰よりアウラが大切にしていた場所が、それこそ他人みたいな部外者に踏み荒らされていく。その様子をただ見ていることしかできない。こうなったらもう、強硬手段に出るしかなかった。リィンは意を決する。気付けばクイと、その袖を小さく引かれて。
「アイリ……」
「また短気を起こそうとしているな。見れば分かるぞ」
「だったら何よ。言っとくけど止めても無駄だから」
「まさか、私も一枚噛もうと言ってるんだ」
アウラとの思い出を1つでも多く守るために、2人の意志は固かった。
◇
「その先はあなたも知っての通りよ」
そこで一度、リィンは話を締めくくる。
「私はアイリと協力して、お婆ちゃんの遺品をできるだけ多く屋敷からこのガレージに運び出していたの。どこぞのコソ泥の仕業に見せかけて、目立たないものから少しずつね。でもそれも途中で気づかれて、雇われたのがそこの傭兵よ」
「じゃあ一昨日の夜、傭兵さんが番犬に襲われたというのは」
「無論、私が仕組んでやったことだ。軽く手傷を負わせて帰らせるつもりだったが、詰めが甘かったらしい。まさかあのまま森のなかで待ち伏せていようとはな」
「そんなに軽くもなかったように思いますが。ということは昨日、私が被ったテストというのも……」
「……あの場で先に片を付けておけば、後々余計な手間を省けると思ってな。先手を打った」
「なんという」
念のため、恐る恐る確かめてみれば気まずそうに答えられて戦慄する。場合によっては、あの場で本当にガブガブされていたのだと思うと恐ろしかった。
「だがそれも失敗に終わり、思わぬ闖入者もあって昨日はさすがに状況が良くなかった。危なくなったら私をさらって逃げるようにとは事前に打ち合わせてあったからな」
「なるほど、それでわざわざあんな目立つところに。やけに素直に連れ去られていくなとは思いましたが……。それでどうせなら私のことも誘い出して、叩いてしまうことにしたと?」
「すまん」
腕組みにあぐらと、中年のおじさんみたいな居ずまいでコクリと詫びいるアイリだった。その年齢にそぐわぬ機転とか臨機応変さには関心なのだが、照準が自分に向けられていたとあってはゾッとしない。
「なんだかいま、とても複雑な心境でいるのですが」
「一応、手荒いことをするつもりはなかったわ。そのよく分からない本、マジックアイテムなのかしら……? それだけ取り上げたら、ちゃんと解放するつもりで」
「気のせいでしょうか。首筋のあたりを狙われたように思うのですが」
「狙った」
「そんなことは……えぇ!?」
「ちょっと、そこはちゃんと打ち合わせといてくださいよ!?」
そんなひと悶着はあったものの、気を取り直して話はもとに戻ってくる。
「ひとまず事情は分かりました。突き出すようなマネはしないので、そこは安心してもらうとして……問題はここからどうするかですね」
「言っておくけど、私たちは手を引くつもりなんてないからね」
「短絡的とは思うが、こればかりは右に同じだ。他に手段がない」
なにか良い着地点はないものかと頭を悩ませていたときだった。
「んもー、またまた臭いんだから~」
どこからともなく、そんな声が聞こえて来たのは。




