3-9.共謀
遡ること、少し。
「なんか、臭うなー?」
そんなコメントとともに本の見開きからチャポンと顔を覗かせる『住人』がいた。茶色いチェック柄の帽子と似たような色合いのコートを纏った小人さんである。
「あら、探偵さんじゃないですか。どうかしました?」
それが彼の呼び名だった。するとその疑問にはすぐに答えず、いったん神妙な面持ちで手にしたキセルを吸い込む探偵さんである。似合うのではないかと以前にククルゥがプレゼントしたものなのだが、気に入ってもらえたらしい。間もなくふぅーと煙を吐かれるが、エチケット上の問題はなかった。だってただの水蒸気だから。
「どーしたもこーしたもありません、姫たま。ボクは呼ばれたから来たのです」
「え、呼んでないですけど」
「いえ、呼ばれましたとも。この世の深きリドルがボクを呼んでいます」
「はぁ」
「リドルあるところに、ボクはさっそーと現れるのです」
何やら神妙な面持ちでそんな口上を述べながら、またポコポコと煙を吐く探偵さんだった。
「「おおーっ!」」
そんな部隊役者のような振舞いに、ノームさんとお頭さんが揃って拍手を送っている。それをたっぷり堪能したところで。
「とゆーことで、まずは昨晩の状況整理から始めていきますが」
「よく分からないですが、歩きながら聞きますね」
「あーん、せかくいー雰囲気で始めれそーだたのにー!」
タイムパフォーマンス重視でスタスタと再開されるククルゥの歩みに、本の上を転げる探偵さんなのだった。
◇
しかし――。そんなコントじみた登場とは裏腹に、探偵さんからもたらされた情報は重要なものだった。昨晩、お頭さんの包囲網が機能不全を起こしたのは、どうも見落としや不注意だけが原因ではなかったらしい。聞けば彼は部隊メンバーに指示を出す際、また別の小人にも協力を要請していたのだそうだ。それが――。
「ぱぱらっちー」
少しぼぅっとした佇まいで、首からカメラを提げている彼である。重要参考人として探偵さんに呼ばれた彼はその口癖通り、パパラッチさんだった。写真を撮ることを趣味としている小人さんで、愛用のポラロイドカメラを肌身離さず持っている。ところで小人さんたちは全般、人の顔を覚えるのが苦手だ。
だが包囲網を敷いて不審者の警戒にあたるには、屋敷の関係者とそうでない人物を見分ける必要がある。そこでお頭さんは考え、彼に協力を仰いだのだそうだ。まえもって屋敷の関係者をすべてリスト化し、メンバーに周知しておけば怪しい人物を見分けられる。そう踏んでの作戦だった。
「して、これがそのリストです」
「ほぅ、リストとは。よくそんな器用なものを作れましたね」
「あい、ラッキーでした。廊下とーってたら、たまたま発見したもので」
「うん……?」
いったいどういうことかと思いながら、手渡された指先サイズの紙ぺらを、取り出したスコープを介してムムムと覗き込んでみる。見れば、それは一枚の集合写真だった。正確には写真の写真なのだが、細かいことは置いておく。なにせ――。
「およ?」
それよりよっぽど重要な情報が、そこに映り込んでいたからだ。その集合写真は恐らく、数年前に屋敷の関係者だけで撮られた1枚なのだろう。メイドや使用人も含めて10名あまり映っているなかにはアイリやバルター、そして今朝がた執務室で見た生前のアウラ・アドラーの姿もあった。
だが、ククルゥが目を止めたのはその誰でもない。ただ停滞する思考のなかで、なぜ怪盗さんが彼らの包囲網をすり抜けてしまったのか、その答えを得る。彼らに寄り添うように、見覚えのある黒髪の少女もまたそこに写り込んでいたのだから。
◇
そして、時点は今へと戻ってくるわけだ。ことの発端である怪盗さんと屋敷の関係者が、一同に介して映っている1枚の集合写真。救出作戦に乗り出す直前でそんなものの存在が明らかとなった以上、のこのこ敵陣に乗り込むわけにはいかない。
「シア、出てきてください。それからビショップさん、いらっしゃいますか?」
そこでククルゥが思い付いたのが、急ごしらえの入れ替わりトリックだ。ククルゥの鏡映しであるシアに、キャッスルの最高司祭で防衛の要でもある彼を同行させる。それで申し訳ないが、地雷探知機になってもらった。
ビショップさんさえ付けていれば、多少のことがあってもバリアで守ってくれるはずだから。その後ろを、少し遅れてククルゥが付いていく。だが結果として、その判断は正しかったのだ。なにせ彼らを迎えたのは、待ち構えるかのように張り巡らされた地雷原の嵐だったのだから。それで無事に怪盗さんをあぶり出したところで、ククルゥもタネ明かしに出てきたわけである。
「さぁ、どういうことでしょうね?」
「ッ……!?」
と言ってもその動揺ぶりを見るに、怪盗さんはとても理解が追いつかない様子だけれど。
「おらー動くんじゃねーぞ、こいつがどーなってもえーのかー?」
すると腰の入らない物言いで、そんな物騒なことを言い出したのはビショップさんだ。仮にも聖職者にあるまじき発言だが、この際なのでやらせておく。
「しまったな、まさか本当に人質に取られてしまうとは」
よいしょとシアが重たそうに持ち上げているのは、バツの悪そうな顔をしたアイリだった。
「私も人質なんて取るのは初めてなのでやりようは分かりませんが。とりあえず2人がグルなところまでは掴んでいます。亡くなったアウラさんとあなた方が一緒に写っている写真を見つけたので」
「なるほどな。やっぱり顔を見られたのが失敗だったようだぞ、リィン」
「それが彼女の名前ですか。お姉さんか何かで?」
「そうだ、年は5つ離れている」
「こら、アイリ! なに素直に話しちゃってるのよ!?」
「こうなった以上、調べればすぐに分かることだ。隠すことに意味はない」
「お利口さんで何よりです。それで、どうしてこんなことを?」
「話すと長い」
「それでも聞きますので話してください。ただの小悪党ならとっちめておしまいですが、こうなったら話は別です。普通、ありえないでしょう? 姉妹が共謀して、自分の実家から亡くなったお婆さんの遺品を盗み出すなんて」
「まったく同感だ」
「なので、話してください。なんとなく悪いようにはならない気がしますので。あの屋敷でほかに戦犯になりそうなの、他に思い当たらないですし」
「……だそうだが、どうする? なに、心配するな。あのヒゲ傭兵をちゃんと再起不能にしておかなかった私にも落ち度はあるし、2人だけの姉妹だ。見捨てて逃げても恨みやしないぞ」
「黙ってなさい、あんまり軽口叩いてるとほんとに置いてくわよ!?」
「見ての通り、短気でなかなか素直になれない性格なんだ。ついでに頭もさほど回らないが、よしなに頼む」
「あんたねぇ~っ!」
さっぱりした態度で煽る妹に、プチプチと青筋を立てる姉。今にも勃発しそうな姉妹喧嘩の気配に、あまり人質を取ってる感もなくなりつつあったそのときだ。
「おい、ちょっと待てこら。なに勝手に話を進めてんだ……」
後方から、あらぬ乱入者の声が届いたのは。
「あなたは……!」
振り返り、そこで言葉が止まったのはべつに驚きのあまりとかではない。単に名前が思い出せないだけだった。すでに抜刀し、ただならぬ剣幕を放ちながらゆらゆらこちらに近づいてくる、さっきアイリからヒゲ呼ばわりされた傭兵さんがそこにいた。どうやらククルゥは後を付けられていたらしい。
「驚きましたね。気付きましたか、ノームさん」
「いやまったく。あれー、おっかしーなー?」
「お頭さんが見落とすのも無理はなかったというわけですか」
「そしたら、その旨で励ましとくねー」どうやら本当に、彼の持つ隠密スキルは一級品のものらしい。
耳打ちでよろしくしながら、ククルゥは彼の動向を見守った。
「さっきから黙って聞いてりゃあよ。なんだ、てめぇらグルだったのか? おかしいとは思ったんだ。番犬どもが妙に俺のとこにばっかり寄ってくるからよ」
「なにか事情があってのことのようです。詳しいところはこれから私が聞いていきますので」
「あぁ好きにしろよ、興味もねぇ。だがこっちの用を済ませんのが先だ」
すると傭兵さんはシュビと空を切るなり、掲げた切っ先をまっすぐアイリに向けて。
「そのガキを渡せ! 切り刻んでやらああああーッ!!!」
「やば」
「アイリッ!?」
「ちょっと、せっかく話がまとまりかけてるんですから」
見るからに逆上し、もはや説得の余地なし。あとこれ以上、状況をややこしくしないでほしい。そんな諦観とともに、ノームさんに彼の無力化を指示するククルゥだった。




