3-8.アジト
「さてと、じゃあボチボチ始めていきますか」
そんなこんなでようやく解放され、お庭に向かって伸びから始めるククルゥである。あまり爽快とは言えない1日のスタートになってしまったが、まぁ何とかなるだろうと肩を回す。気軽にいくことにした。
「でも姫たま、実際のとこどするのー?」
するとひょっこり、肩元から現れたのはノームさんだった。
「ボクラ、ぶっちゃけ何もできてないけど・・さっきのお口ぶりだとなにかカード伏せ伏せしてある感じ?」
「あぁ、そのことですか。そうなんですよ、実はこんなものを受け取ってましてね」
言いながら、ククルゥはポケットから何かを取り出す。プランと吊るして見せたのは、すごく安っぽい腕時計のようなものだった。
「ほぅ、これまたメカニカルな物体ですな。その心は?」
「どうも発信機みたいなんですよね」
時計を自分向きに反転させながら、胡散臭そうにククルゥは答える。はっきりしない物言いなのは、これがククルゥの持ち物ではないからだ。昨夜、怪盗に逃げられたあとの現場検証中、番犬型の一匹がトコトコ咥えて持ってきたもので。ピコンピコンと何やら信号らしきものが液晶の中央で点滅しているのを見るに、何かの位置を報せているものと思われる。察するに――。
「たぶん、アイリさんの現在位置を示しているものではないかと」
つまるところこれが、手がかりはあるとククルゥがデニスに担架を切った根拠だった。実のところ、少し腑に落ちないとは思っていたのだ。逃走する怪盗に、アイリがやけにあっさり攫われていくから。これも天才肌の成せる余裕なのだろうかと流していたが、どうやらその真意はここにあったらしい。もともとその作戦だったのか、万が一に備えて用意しておいた二の矢だったのかは分からないが。
「まさにいっぱい食わせたと言ったところですね。自分を毒まんじゅうにして」「なんとハットトリックな・・」
「ということで、早いところ助けに行きましょうか。あの子は将来いろんな意味で大きくなる有望株ですからね。何かあってはことです」
「らじゃー!」
「ところで、お頭さんの様子はいかがですか?」
そんなやり取りを交わしながら、救出作戦に向かうククルゥだった。
◇
「なるほど、ここが怪盗さんのアジトというわけですか。確かにそれらしい雰囲気はありますね」
発信機の信号を頼りに、間もなくククルゥがやってきた場所。そこは倉庫の立ち並ぶ、屋敷から一番近くにある市街地の外れだった。敵地の本陣に踏み入った以上、またどこから例の人型ロイドが奇襲をかけてくるか分からない。そんな緊張感のもと、ククルゥは本の見開きを手に慎重に足を進めていた。
「だうーん・・」
「んもーあんたって子はー、いつまで落ち込んでるのー」
耳元で交わされるそんな弛んだやり取りに、やや気を散らされながら。
「一度や二度の失敗でくよくよしない。しゃきしゃきする。取り立ての野菜とか見習いんしゃい」
「でもボク、姫たまのお役に立てなかったから・・。それどころか足をグイグイ引っ張りだこ・・もうダメです・・廃版確定です・・土に還りたい・・」
「あー、その気持ちはちょっとシンパシーあるかもだけど」
「ちょっと引っ張られないでくださいよ」
「いやだってほら、ノームさんって大地のメンタルだから。なんならお手伝いできちゃう」
「それ、マ・・?」
「その気にならない!」
一縷の希望を見い出したような顔で、体育座りしていたお頭さんが顔をあげたので慌てて制止にかかる。そう、眼帯も武装も解除してしまっているので分かりづらいけれど。
「島流し、火あぶり、電気イス、絞首、ガス室、斬首、ウマ裂き・・」
そんなネガティブワードを連発して落ち込みきっているのはこないだ任命した『ならず者妖兵部隊』の頭目、お頭さんだった。聞くに彼は、昨晩のことに責任を感じてしまっているらしい。
「どうかお選びください、姫たま。あんな大きなヒトすらも見逃してしまう、この節穴にふさわしき末路を・・」
「ですから昨日から私も言ってるじゃないですか。気にしなくていいですよ、ミスくらい誰だってあります」
「でも・・」
するとまた下を向き、ぐすんとなって目元を拭うお頭さんである。ククルゥの言葉があっても、彼は自分を許せずにいるようだった。お頭さんが負い目を感じているのは昨晩、ククルゥをサポートするために自主的にひいてくれていた包囲網を易々と突破されてしまったことにある。
それも2人という辺りが、彼が気を持ち直せずにいる最たる要因だった。ついでに補足すると、お頭さんは豆腐メンタルだ。
「いいですか、昨日から何度も言っていることですけどね」
やれやれとため息をつきながら、人差し指を立てて再びお頭さんに言い聞かせるククルゥだった。
「昨晩、お頭さんが利かせてくれた機転はすばらしいものだったと思いますよ。私なんてそもそも思いついてすらいなかったですしね。率先してサポートしてくれたその姿勢に、私はいたく感銘を受けましたものです」
「本当・・?」
「ええ、本当ですとも。それに考えてみてください。私なんて天井裏に張り付いてる敵にすら、ノームさんが教えてくれるまで気づかなかったんですよ。お頭さんが節穴なら、私はそれ以下です。でも仕方ないじゃないですか、灯りつけられなかったんですから。夜の森のなかともなれば、さらに発見は困難だったことでしょう」
「でも、も1人のちょび髭も見落として・・」
「あれはたぶん潜伏系のスキルでも使っていたのだと思います」
ありそうな仮説であれこれ励ましていくと、やっとお頭さんも気を持ち直してくれたようで。
「そっか・・なんか、元気でてきたかも」
「その意気です、失敗なんて開き直ってなんぼですよ。ということでそろそろ敵の本拠地ですから、気を引き締めていきましょう」
「「おおー!」」
そんな感じで話もまとまり、一致団結しかけたときだった。
「なんか、臭うなー?」
開いていた本の見開きから、また別の小人がひょっこり顔を出してきたのは。
◇
間もなく、ククルゥが立ち止まったのはとあるガレージの前である。手元のパネルと見比べ、目的の場所が此処であることを確認する。
「どうやらアイリさんがいるのはこの中のようですね。用意はいいですか、ノームさん」
「ばっちぐー」
そんなやり取りを経てから――。ガラガラとやがて辺りに響いたのは重たい鉄扉を押し開ける音だった。侵入するうえでは思わしくない物音だが、こればかりは仕方ない。中に入ると、もう使われていないというだけあって殺風景。屋根の高い屋内には人気がなく、シンと静まり返っていた。
慎重な足取りで、なるべく足音も立てないように奥へと進んでいく。そして積まれたコンテナの死角をそっと覗き込んだところで、息を呑んだ。誰かが倒れている。子どもだ。見覚えのあるグレーの髪をした女の子が、建物を支える鉄骨を背にする恰好で床に伏していた。
意識がないのか、ぐったりしている。
前髪に隠れ、表情は伺えなかった。
眠らされているのか……?
あるいは罠にも見えるが、それでもまずは彼女の安否を確かめることが先決。そんな判断のもと、彼女のもとへゆっくりと近づき。――その頭上で、影が動いた。天井を支える鉄骨、その裏側に潜んでいたそれは好機を伺っている。やがて侵入者が真下に来たところで、影はかすかな鉤爪の音とともに飛びだす。そのまま重力に身を委ね、落下しながらその無防備なうなじに向かって牙を剥いて。
そして次の瞬間、バチンとその矮躯が弾かれた。刹那だけ輪郭を帯びた、その周囲を半円状に取り囲む光の壁によって。何が起こったのか、端から見たら分からないだろう。だが補足があるとすれば。
「これあれよね。背中がお留守だぜお嬢ちゃん的な展開」
危機一髪だった彼女の肩元では、司祭のようなコスチュームを纏った小さな人型が自身の活躍にぽっと顔を赤らめていた。
「――ッ!」
それを見て、ずっと息を潜ませていた彼女も動いた。奇襲失敗を見て取り、上階から身を躍らせた人型ロイドが追撃をかけたのだ。その背に使い手である黒髪の少女を乗せて。だがそれも、予期せぬ横槍によって阻まれてしまう。
突如として横合いから土くれの巨体が飛び出し、野太い岩の拳を繰り出してきたのだ。ガンと物々しい音が響く。咄嗟に防御態勢は取ったものの押し負け、一度後退を余儀なくされた。続けざまにかけた奇襲がいずれも失敗に終わり、そこでいったん盤面は落ち着く。しかし――。
「どういうこと……っ?!」
ロイドに騎乗する彼女には状況が理解できなかった。なぜ奇襲をかけようとした相手が、向かって正面にもいるのか。同じ姿をした人間が2人もいるのかと。何度見ても飽きないその動揺ぶりを楽しみ。
「さぁ、どういうことでしょうね?」
本の見開きを手にした正面側のククルゥが、そう微笑みかけるのだった。




