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3-7.一夜が明けて


 そんな波乱の混戦から、一夜が明けた。かくかくしかじかあった。かくかくしかじかあって、いまククルゥはデニスの執務室らしきにお呼ばれしている。コッ、コッ、コッとデスクをしきり小突く、精神衛生的にたいへんよろしくない音が室内には響いていた。そして、彼女は問いかける。


「それで、どういうことなの?」


 呼び出したククルゥをこれでもかと睨みつけ、青筋をヒクヒクさせながら。誰が見てもたいそうお怒りと分かる剣幕で。だがそれも仕方のないことだ。なにせいま、その全容を知る人物は屋敷に自分しか残っていないのだから。やりたい放題やったすえ、説明責任を果たさない他の面々を恨むばかりである。いったい何をどこから説明したものか。


「どういうことかって聞いてるのよ!?」


 台パンされてもせめて潮らしくしながら、そう頭を悩ませるしかないククルゥだった。



 昨晩、結局あれから何があったのか。要所をかいつまんで、ダイジェスト的にお送りするとこうなる。まずあの瞬間、アイリが呼び出したのは無数の番犬型ロイドたちだ。どうやら彼女はあらかじめ、あの辺り一帯の地面にロイドのコアである魔石をいくつも仕込んでいたらしい。それらを一気に起動させ、周囲を取り囲むように現れたのがおびただしい数の番犬たちである。


「あのクソガキ、またッ……!」

「えぇっ、ちょっと!?」

「っ……!?」


 半ば三つ巴の乱闘状態だったククルゥたちだが、たちどころにそれどころではなくなってしまった。一時停戦を余儀なくされる。押し寄せる番犬たちに各々、対処するもキリがなかった。これではいずれ数に押し負け、ガブガブされてしまうだろう。


「どどど、どうすんのこれ、姫たまー!」

「こうなったら」


 そんな状況を打開すべく、ククルゥは動いた。予備知識として、魔動機ロイドには大きく2つのタイプがある。傀儡のように自分の意思で操作できる傀儡型と、あらかじめ命令式を組み込んでおく自律型だ。


 前者は複雑な動きができる一方で操作できる数には限界があり、後者はそれとまったく逆の特性を持つ。つまり動きは単調になるものの、数にものを言わせられるのだ。この番犬型たちは明らかに後者だった。それもロクな制御もされていない粗悪品だろう。現に味方であるはずのククルゥにも、こうして襲い掛かってきているのだから。


 だがどんなにお粗末な作り手だって、ぜったいに漏らさない制御があるのだ。間違ってもその相手だけは敵と認識しないよう、真っ先にインプットさせる。そう、他ならぬ作り手アイリ自身を。現に番犬たちは、一番目立つところにいるアイリには見向きもしていない。すなわち彼女の在処こそが、この状況における絶対の安全地帯だった。番犬たちの標的は自ずと、怪盗さんと若干もう1名に絞られるはずで――。


「ノームさん、アイリさんところへ! 彼女を確保して……!」


 そんな寸法のもと、ククルゥはアイリの身柄を押さえに動こうとする。しかし同じくロイド使いである彼女もまた、同じ考えに至ったのだろう。それもククルゥよりずっと早く。振り返ったときには、すでに大きく飛躍した人型ロイドがアイリのいる小岩の上に着地し、そのマントのはためきと共にかっさらっていくところだった。


「おーまいがーっ!!!」


 そうと気づいたときには、もう遅い。取り返しのつかない遅れだった。なにせその追跡を阻むのが、容易には突破できない番犬たちの群れなのだから。そのまま見る見るうちに、アイリを米俵のように担いだ怪盗たちの姿は闇に溶けていって――。


 つまるところ、それが昨晩の顛末だった。ちなみにカシヌという傭兵さんは気付いたときにはいなくなっていたので、この証言台に立てるのもククルゥしか残っていないというわけだ。かき回すだけかき回して、本当にはた迷惑な話だった。


「じゃあなに? ロイドの盗難被害こそ免れたけど、肝心の盗人には逃げられて人質まで取られたってわけ?」

「それは……はい、その通りでして……。ですが最低限の手は打ってあります。少なくともアイリさんの身柄は安全ですので、どうかご安心を」

「揃いも揃って……そういう問題じゃないだろ! ふざけてるのかこの役立たずッ!!!」


 どうにか申し開こうとするも、またの台パンを受けて押し黙るしかないククルゥだった。いや、言いたいことはたくさんあるのだ。あんな遅い時間まで子どもを遊ばせておくなとか、曲がりなりにも親としての監督責任くらい果たせよとか、娘が攫われたこの刻一刻を争うかもしれない状況で自分を叱りつけるよりすべきことは他に思いつかないのかとか、いろいろ。


 だがククルゥは知っている。こういう見るからにカルシウムが足りてなさそうな相手には何を言ったところで、火に油を注ぐだけであることを。だから、堪えた。新雪の下に埋もれ、健気に春の到来を待つフキノトウのように。その嵐が過ぎ去るのを、粛々と。飛んでくる罵声を右から左へ受け流しながら、頭の中でこの後の算段も組み立てつつ。


「ちょっと聞いてるの!?」

「はい、申し訳ありません」


 とても生産性の乏しい時間が過ぎていった。



 結局それから、先に部屋を出て行ってしまったのはデニスの方だった。


「もういいわ、あなたたちが役に立たないなら私がやるから」


 そんなことを言い出すなり、これみよがしに持ち上げた利き手をぐっと握り込む。それを合図とするように指輪の宝石が輝き、ギコっと鈍い金属音とともに動き出したのはデニスの背後に安置されていた騎士甲冑だった。暗黒騎士を彷彿とさせるような物々しい動きで、ギコギコと部屋を出ていく。それを見送ってから、ククルゥは尋ねた。


「あれもロイドだったのですね。何をしに?」

「ギャラリーに決まってるでしょ。まったく。私が出るまでもないと思ったからわざわざ仕事にして寄こしてあげたのに、まさかこんな体たらくだなんてね。屋敷の守備は私がやるから、あなたは早くあの子を連れ戻してきなさいな。なんだか知らないけど、手がかりは掴んでるんでしょ?」

「えぇ、まぁ」

「そう、口から出まかせじゃないことを祈ってるわ」


 そんな憎まれ口とほくそ笑みをたっぷりに、優雅に後ろ手を振ってデニスは行ってしまった。


「申し訳ございません、ククルゥ様」

「いえ、私に落ち度があったのも事実ですから」


 その場に居合わせていたバルターが代わりに頭を下げてくるが、ククルゥは優しく答える。同情と、労いを込めてのことだった。あれに仕えるというのは、たとえ仕事であっても多大な心労を要することだろうから。逆立ちしたってククルゥにはできそうもない。近日にでかい失敗さえやらかしてなければ、もう少し大きく出ていたところである。


「ところで、先ほどから気になっていたのですが」


 そこで気を取り直し、ククルゥは部屋にかかっていた一枚の肖像画に目をやった。描かれているのはとても上品で、優しげな瞳をした老年の女性である。


「もしかしてこの方が、あのお庭をデザインされたという」

「はい、先代のアウラ・アドラー様です」

「なるほど。素敵な方ですね」


 自然を愛するとても優しい人だったと昨日バルターはそう言っていたけれど。絵画から伝わる印象が正しくその通りのもので、ククルゥは見入ってしまう。


 魔動機ロイド使いとしての技巧はともかくとして、なぜこの品格がデニスに受け継がれなかったのか。口に出かかった素朴な疑問をそっと心に秘めるククルゥだった。

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