3-6.盤面クラッシャー
頭上から躍りかかってくる異形の影。仰け反り絶叫するククルゥに代わり、いち早くその対処に動いたのはノームさんだった。
「あっち向いてほいー!」
そんな掛け声とともに両手を突き出せば、あらかじめ部屋の片隅に待機させてあった土くれの人型――ゴーレムが動き出す。異形が繰り出した一撃を正面から受け止め、室内に轟いたのはズドンと重たい衝撃だ。その余波がお腹の辺りにも響くのを感じ、腰を抜かしながら。
「なにごとおおおおーっ!??」
あわあわと表情を引きつらせるばかりのククルゥだった。ズガン、ズガンと目のまえでさんざん撃ち合ったあとに、いったん距離を取る襲撃者である。そのとき、はためいたフードの内側にククルゥは見た。そこにあった人面ならぬ、埋め込まれた大きな深紅の魔石を――。
「ということは、あれも魔動機!?」
その正体を看破するのと、再び人型ロイドがギコギコと奇怪な動きを見せたのは同時のことだった。第ニ撃を繰り出してくるのかと思えば、人型ロイドはククルゥたちの頭上を大きく飛び越え、ガシャンとまたシャンデリアに着地する。
そのまま真横に向かって飛び、ブルーシートを突き破る形で外へ逃げ出してしまった。時間にしてわずか数十秒間の奇襲である。
「逃げた……」
取り残されたククルゥはポカンとするばかりだった。
「ひ、ひとまずは体勢を」
整えようと、抜けた腰を立て直そうとしたところ。
「あーこら逃げるなんて卑怯だぞ! こちとら明日のおやつがかかってるのにー!」
「へっ?」
ひょいっとゴーレムに掬われてお姫様抱っこだ。さっき軽はずみなことを言ったがために、やる気十分のノームさんらしい。
「ちょ、ちょっと待って! ノームさん!? 深追いは」
最後まで言わせてもらえない。ノームさん司令で動くゴーレムもまたロイドを追って外へと飛び出す。ちなみにここは地上2階。
「ひやぁああああああー!」
内臓の浮く感じを味わいながら、ククルゥの絶叫がまたも――。
◇
建物二階から大きな影が飛び出し、そのままヒューと垂直に自由落下。重たい岩の二足がドスンと地上に着地する。ひぃこらなりながら、必死にその太い首回りにしがみつくククルゥだった。その甲斐あってロスタイムは最小限に抑えられたが、心臓バクバクである。
「な、なんて無茶を……!」
「平気よー! この子、これくらいじゃヘコたれないから」
「私の話をしてるのです! 心臓に悪いことしない!」
「あり? しまた、そこは盲点で・・ともかく!」
「ともかくっ!?」
そんなやり取りも早々に打ち切り、ゴーレムはドスドスと発進する。怪盗が姿を眩ませた、夜の森に向かって。
「逃がすかー、どこいったおやつー!」
「確かにこのまま逃がすわけにはいかないですし、やる気なのも結構ですが……。おやつより大事なものがあるってところは忘れないでくださいね?」
その気迫にどことなく不安を覚えながら、カバンから本を取り出すククルゥだった。ターゲットの追跡に本腰を入れる。どうやらお頭さん部隊もまだ、怪盗の足取りを掴めていない様子だ。よってククルゥは二の矢を放つことにする。
「昼間に続いてすみません。ソナーさん、いらっしゃいますか?」
「お呼びとあらばー!」
呼びかけに応じて、本の見開きから飛び出して来たソナーさんである。例によって、その頭にかぶったパラボラアンテナがトレードマークの小人さんだった。
「状況は分かりますね! 現在、この森のどこかを盗人さんが逃走中です!位置を特定していただきたく!」
「ひったくりよー誰か捕まえてー的な展開?」
「そうです!」
「かしこまりー! しばしお待ちを」
そこから先の工程は昼間と同じだ。コホンと喉を鳴らしてから、調子を確かめるようにテステス、あーテステスと何度か試して。
「ピィャアアアアアアアアアアーーーーー!!!!」
耳を塞ぐククルゥのまえで、その大音響が夜の森に木霊する。それはいわゆるコウモリにとっての超音波の役割を果たすものだ。返ってきた反響音をそのパラボラアンテナで受信し、周囲一帯の地形・状況を掌握する。ムムムと唸ってから、ソナーさんは言った。
「うーん、だいたい3ってとこかなー」
「3? 3人ってことですか?」
「そーそー、近くにいるる。この先に2人。少し離れたとこに、も1人」
「ということは複数犯?」
「某もそこまではー。ちな、少しゆくりした方がいいかも?」
「え?」
「こっち来てる」
いったいどういうことかと思えば、そのとき向かって前方の暗がりから影が飛び出してくる。まだ遠目だが、そのマントを纏った異形には見覚えがあった。先ほど奇襲をかけてきた人型魔動機である。
そして、その背中には今のククルゥと同じように人が乗っていた。恐らくはククルゥより少し年下と見える、黒髪の少女が――。その乗りこなしからして、連れ去られているようには見えない。
「ということは、あの子がロイドの使い手……?」
ひいては盗人さんの正体ということか。それがなぜロイドに騎乗する形で、後ろ飛びにトンボ返りしてくるのか。その答えも間もなく分かった。
「――ラァッ!」
同じ暗がりから、それに追従する形でまた誰かが飛び出してくる。こちらも見知らぬ相手と思ったが、よくよく見ればそうではない。
「あれは……!」
その得物である双剣とカールさせたヒゲを見てピンときた。
「誰でしたっけ……?」
パッと名前は出てこなかったけれど、昼間に道を聞こうとしてガン飛ばされた傭兵さんである。解雇されたはずの彼が、なぜまだこんなところにいるのか。経緯は不明だが、とにかく彼は盗人さんと交戦中のようだった。形勢を見るに、逃走を彼に阻まれ、あぶり出されたものと思われるが。
「いずれにせよ、ナイスアシストです! 加勢しますよ、ノームさん!」
「あいー!」
見るに盗人さんはまだククルゥの存在に気付いていない。このまま回り込んで挟み撃ち、背後を取ってしまおうとしたところ。傭兵さんが構える双剣の片側に、風の気配が纏わりつく。
「うおらぁっ!」
「わぁっ!?」
それがあろうことかこちら側に飛んできて、足止めを食わされるククルゥだった。
「手ぇ出すんじゃねぇぞクソガキィ、こいつは俺の獲物だぁ!」
するとまた思いっきりガン飛ばされてしまって。良くないのは、それで盗人さんにも気づかれてしまったことだ。彼女がちらと向けた横目が、しかとククルゥを捉えて。
「くっ……!」
このままでは挟み撃ちにあうと察してか、次のステップで方向転換されてしまった。
「えぇ!? せっかくチャンスだったのに!」
「あんにゃろー!」
なんて愚かなことをしてくれているのか。信じられないと視線で咎めたが、傭兵さんは悪びれる様子もなかった。これで大体、彼がまだこんなところに残っていた経緯は察しがつく。単純に腹の虫がおさまらなかったのだろう。
加えて一度、自分の獲物と見定めた以上は誰にも横取りされたくないのだ。そうなるくらいならいっそ敵の逃走に手を貸した方がマシと、迷惑極まりない魂胆のようだった。数の有利を得たかと思えば、これでは三つ巴だ。そして、このときククルゥは失念していた。この近くにもう一人いるという何者かの存在を。
「はーっはっは! ついにかかったな怪盗め、このときを待っていたぞ!」
小岩のうえに、ちょこんと小さな影が立っている。我こそはととても目立つ佇まいで、勝ち誇ったような鬨の声をあげる1人の少女が。――結論から言おう。その3人目にしたって到底、味方とは言い難い規格外だった。
「すべては私の計算通り、おまえはここに誘い込まれたのだからな!」
そんな口上とともに天に向かって両手を広げる。するとたちまち、辺りの地面があちこちボコボコと波打って――。




