3-5.お月見
道中、バルターたちから事情を聞いて分かったことが2つある。1つは今回の依頼内容についてだ。どうやら近ごろ、このアドラー家の邸宅には夜な夜な『怪盗』が忍び込んでいるらしい。
この屋敷の元の持ち主であるアウラ・アドラーは、その界隈では名の知れたロイド使いだった。建物は彼女が前線から退いたあとに建てられたものだが、逝去したのが数週間まえのことになる。その訃報をどこからか嗅ぎつけてきたのだろう。
ここ数日間に渡って、生前に彼女の手がけた魔動機がいくつも何者かに盗み出されているというのだ。アイリが同士とかテストとか言っていたのは、その辺りが背景のことになる。加えて連日のように盗みに入られているというのに、いまだ怪盗の手がかりはなに1つ掴めていない。ものの見事に出し抜かれてしまっているとのこと。
最初こそ屋敷内の戦力だけで片を付けようとしていた後継のデニスだが、日を追うごとにそうも言ってられなくなってきた。そこで外部の傭兵ギルドにも警備をお願いすることになったのだと。その話から派生し、判明した2つ目が道中にすれ違った双剣使いの素性だった。
どうやら雇われた傭兵はククルゥが代打の2人目だったらしい。1人目は今朝がた、戦力外通告を突きつけられて屋敷を追われたのだそうだ。いわずもがな、それが名をカシヌというらしい彼だった。手傷だらけだったのは、聞くに気の毒になる理由だった。
依頼内容について改めてデニスから説明を受けたあと、バルターから一通り屋敷の案内を受けているククルゥである。客間から移動し、通されたのはいくつものロイドが展示されたギャラリーのような一室だった。全面がガラス張りで森も一望できると、これまたプランナーのこだわりが伺える趣味の良い眺めなのだが。
「ええと、これは……?」
その一面を見上げる形で、ハタとククルゥは立ち止まる。天井近くの窓ガラスの一枚に、それは大きな風穴が開いていたからだ。ブルーシートが被せられ、応急的に塞がれてはいるけれど。床にはガラス片も散らばっていて、全体的に争ったような形跡が見て取れた。バルターは言う。
「詳しい話は聞けていないのですが……。このギャラリーでは昨晩、カシヌ様が寝ずの見張りをしてくださっていたのです。ここはまだ手付かずでしたので、必ずや狙ってくるはずだとデニス様の指示もありまして。恐らく夕べ、怪盗はここを侵入経路として押し入ったのでしょう。それから森での戦闘にもつれ込んだようですが。そこでその、悲劇がありまして……」
「悲劇?」
「アイリ様の番犬型ロイドです。あれはもともとアウラ様が屋敷を警備するのために製作されたものでして、アイリ様は庭園を守るため自主的に森の警戒に当たられていたのですが。それが怪盗だけでなく、カシヌ様にも襲い掛かりまして……」
「まぁ」
「その混乱に乗じて、怪盗には逃げおおせられてしまいました。そのことにデニス様はたいそうお怒りになられまして。カシヌ様もことの次第は説明されていたのですが、子どもを言い訳にするな、成果をあげられなかった以上は報酬は払わないと断固たる姿勢を」
「それで怒って、出て行ってしまったと」
「はい」
萎れたような弱々しさで、バルターはそう締めくくる。それは確かに、聞くに気の毒になる顛末だった。デニスの言い分ももっともではあるのだが、その敗因が身内からのミスショットとあっては腹の虫も収まらないだろう。名前を見ただけであんな剣幕になるのも無理はないのかもしれないと、少しだけ同情が湧いた。
「なるほど、それであんなに苛立っていたわけですか」
同業者として心よりお悔やみ申し上げておく。だからといってただ道を聞きたかっただけの相手を、いきなり睨んでくるのも違うとは思うのだけれど。ついでにアイリがテストと題して奇襲をかけてきた理由も、何となくは。ともあれ、そのコソ泥めの狙いがもはや分かっているなら作戦は立てやすそうである。
「とりあえず同じ轍を踏まないようにだけは、気を付けておきますかね」
風穴を見上げつつ、今宵の夜なべを決意するククルゥだった。
◇
――というわけでその夜、なんの捻りもなくギャラリーで張り込むことになったククルゥである。明かりをつけるわけにもいかず、鎧甲冑やら彫像やら安置されているだだっ広い部屋に一人きり。できればご免被りたい役回りのなか、床に寝そべる形で窓辺から森側の警戒にあたっていた。
どこぞに怪しい人影などはおりませんかなと、頭のうえに手をかざしながら。幸い、月明りがあって視界はギリギリ確保できている。天候にも恵まれ、虫のさえずりも聞こえるほど静かな夜だった。こうして侵入者を警戒するにあたっては悪くない状況である。ただ唯一、その弊害があるとすれば。
「今宵は満月ですな~」
そんなことを言いながらお団子までこさえたノームさんが、ほのぼのお月見モードでいることだ。お茶を淹れてほっと一息。付け髭まで付けて和んでいるから緊張感なんてあったものではない。ちなみに今宵はきれいな三日月だった。まったくと、ククルゥはため息をつく。
「ほのぼのしてないで、ノームさんもきちんと見張っていてくださいよ。敵がいつ仕掛けてくるかも分からないのですから」
「まぁまぁ姫たま、そう慌てなさらずに。何事も言うではありませぬか、急いては事を仕損じると。そう、急事こそ心を静かにするのです。流れる水のように穏やかに。ご覧ください、せっかく今宵は満月なのですから」
「思いっきり三日月ですけどね。我が儘いってないで仕事してください。成果によっては、明日のおやつは割りマシにしますから」
そういつもの殺し文句で言い聞かせ、警戒に戻るククルゥである。とはいえ昨夜、戦闘にまでもつれ込んだならばもう手を引いていておかしくない。こうして待っていたところで、本当に来るのかと疑義はあったが。
「ふっふっふ」
するとなにやら不敵にニヤニヤしだすノームさんである。いつもだったら悲鳴をあげてイヤイヤするのに、そこに取り乱した様子は一切見えない。悟りを開いた修行僧のように、ただのほほんと細い瞳でククルゥを見据えていて。
「どうしたのです?」
「まったく、姫たまったら。それはボクラを見くびり過ぎというものですぞ。まさかこの『計略』のノームが、ただお月見を嗜んでいるだけとお思いで?」
「初めて聞いた通り名ですが、違うのですか?」
「然り。ですから申し上げているではありませぬか、今宵は月が綺麗と」
「はぁ」
そんなよく分からないことを言いながら、再び月を見上げるノームさんだった。遠回しに促されているようで、とりあえずとそれに倣うククルゥである。
「――うん?」
そして、何かが目に留まった。宵闇に紛れて視認しづらいが、三日月の欠けた部分になにか黒い影が浮遊している。うーんとよくよく目を凝らしてみれば、どうやらそれは気球のようだった。それも指人形サイズにとても小さくて、見覚えのある。ククルゥはハッとする。
「まさかあれは、お頭さん部隊の……?」
その気付きに、うんうんと自慢げに頷くノームさんだった。どうやらノームさんは事前に彼らと連携を取り、不審者を検知するための包囲網を引いてくれていたらしい。ノームさんがずっと空を見上げていたのは、彼らからなんらかの合図がないかを確認していたのだろう。いろいろ発覚してクワりとなるククルゥだった。何より自分の指示もなしに、彼らがそこまで機転を利かせてくれたことに感激する。
「そっか、確かにその手がありましたね! 私としたことが気付かなかったです! やるじゃないですかノームさん!」
「お褒めに預かり、光栄です。これからは百計のノームと拝命いただければと」
「えぇ、百計でも千計でも好きなだけどうぞですよ! はぁ~私は幸せ者です。あなたのように賢い精霊さんに恵まれたのですから」
「んもー、褒めたってなにも出ないのにー」
もう徹夜しなくてよいのだと解放感で満たされ、お月様を見上げるククルゥである。ほのぼのしていた、そのときだった。何か視線のようなものを感じたノームさんが、ちらと天井を見やったのは。そして、青ざめる。
「ひ、姫たま・・?」
「え、なんです?」
「ちょっと上、見た方がいいかも?」
「見てますとも! ほんと綺麗なお月様ですね~」
「そじゃなくて、こっち、こっち! 早くー!」「へ?」
何やら慌てた様子で促されたので、ククルゥは何の気なしに背後、ギャラリーの天井を振り返る。いったい何かと思えば、そこでククルゥの笑顔が固まった。暗闇の中、吊るされたシャンデリアの上に何か大きな影のようなものが見えるのだ。
ギコと人ならざる動きでその四肢が動く。月明りを反射した赤い光がじっと、こちらを覗き込んでいて。
「いやあああああああああああああっー!????」
ククルゥが悲鳴をあげるのと、それが飛び掛かってくるのは同時のことだった。




