3-4.アドラー家
それからしばらくして、馬車に揺られていたククルゥである。いや、それは語弊があるか。なにせ客室を引いているのは、その形をしたロイドなのだから。さすがはその道の名家アドラー家と感服したものだ。
上質なクッションの客席から見送る森の景観も、実に爽快な眺めで。楽ちん、楽ちん。車窓に映る透き通った自分ごしに、にんまりとそんなことを思っていると。
「ククルゥ様、改めてお詫びさせてください。この度は大変なご無礼を……誠に申し訳ございませんでした」
向かいの席からそう声をかけてきたのは、同乗者である初老の男性である。体格は小柄で気弱そう、執事服に身を包んでいる。彼はバルター。当初のククルゥの狙い通り、ソナーさんシャウトを聞いて様子を見に来てくれた屋敷の使用人だった。駆けつけるなり顔を真っ青にして、スライディング土下座をかまして来たのが先のことになる。そして、客室の同乗者はもう一人。
「ささ、アイリさまもどうかお詫びを」
そう促されたのはバルターの隣で足を開き、靴裏をこちらに向けて座っている女の子だった。グレイがかったその髪には大量の枯草や小枝がしつこく絡まっていて、先ほどからバルターが1つ1つ取り除いてやっているのだが正直、手にを追えたものではない。
見るにバルターもよほど世話好きと見える。だが当の本人が腕を組んでそれに任せっきりとしているのは、ただ甘やかしてのものでもなさそうだ。単に自らのつくろいにどこまでも頓着がなく、いくら汚れたって構いやしないのだろう。年相応の子どもながらに、ただそれだけのようだった。名前はアイリというらしい。
今回の依頼主となるアドラー家のお嬢さんであり、またついさっき4機の番犬型ロイドを率いてククルゥに奇襲をかけてきた犯人だった。だがそこに塩らしさといった負い目は感じられず、かといって敗北を喫した悔しさに目の敵にされているわけでもない。正面から堂々とククルゥを見据えるその自身満々な物腰からは、何となくだが自負とか承認といったものが読み取れた。
結局あれがなにを目的とした襲撃だったのかは分からないままだが、いずれにせよ子どものやったことである。多少のオイタにとやかく言えるほど、ククルゥの同じ年頃だってかわいいものではなかった。
「いえ、そんな。知らなかったとはいえ、私の方こそお嬢さんに手荒いことをしてしまって」
そんな感じでフォローを入れようとすると。
「謝ることはないぞ、バルター。あれはテストだからな」
まっすぐにククルゥを見据えたまま、当の本人からそれを無下にされてしまう。
「へ、テスト?」
目をぱちくりさせるククルゥに、薄い笑みを浮かべてアイリは続けた。
「そうだ、せめてもの私からの親切心さ。また中途半端な奴に来られて、足を引っ張られてはたまらないからな。その点、君は昨日の奴よりよほどマシなようだ。あの状況からよくぞ私の居場所を看破し、制圧した」
「はぁ」
「同士として歓迎する。ともに戦おう。今夜こそがあの怪人の最後だ」
そんなことを、ちっとも子どもらしくない無味な表情でつらつらと。なんだかどことなくレインに似ている子だなぁと、そんなことを思いながらククルゥは当惑気味にバルターを見やった。
「あの、この子が言っているのは……? 実は私、まだ依頼内容を聞いていないのですが」
さっきも同士がどうとか言っていたのは、てっきりアイリの脳内設定から来ているものかと思っていたのだが。ククルゥにも覚えがある。そういうお年頃は誰だってあるものだ。でも、どうやらそうではなかったらしい。
「そうなのです、実は――」
そこで初めて、ククルゥは今回の依頼内容を聞かされることになったのだった。
◇
長かった山道。その景観が拓け、ロイドの引く馬車が屋敷の敷地内へと入ったのはそれから間もなくのことだ。やっと着いたかと辟易していた矢先のこと。
「わぁーっ!」
やがて見えてきた思いもよらない光景に、ククルゥは車窓の外へと目を輝かせる。きれいに刈り込まれた生け垣に、色とりどりの花が咲く花畑のような花壇。中央には噴水があり、ビオトープらしき広場もある。そこに広がっていたのが見るも美しい、緑豊かな庭園だったからだ。
こんな山奥に家を建てるだなんて、くだらない金持ちの道楽だと思っていた。だがそうではなかったのだと、その景観を見渡してからククルゥは認識を改める。立地も含めたすべてが計算しつくされてでなければ、とてもこんな美観には辿りつけないからだ。
「お気に召していただけたでしょうか。この屋敷は先代のアウラ様が、お庭も含めてデザインされたものになります。魔導機使いとしての技巧もさることながら、自然を愛するとてもお優しい方でした」
「はい、とっても! 今まで見たお庭のなかで一番きれいですよ、本当に!」
「ありがとうございます。そう言っていただけますと、アウラ様も喜ばれると思いますから。――到着です、お疲れ様でした」
あるいは本の中の世界、小人たちの住まうキャッスルのガーデンプランにも活かしてみようか。ロイド馬車を降りてから、そんなことを考えていたときである。
「バルター!」
せっかくの心地よさも台無しに、その場に響いたのは呼びつけるような物々しい声だった。玄関口に誰かいる。ツカツカとこちらに向かって歩いてくる。黄色いドレスをまとった中年の女性だ。なんというか、すごく気の短そうな。これもあまり関わってはならない輩だと、先ほど痛い目を見たばかりの人間センサーがビーンと強く反応している。だが、そういうわけにもいかないらしい。
「デニス様」
「あっ、こちら方が……」
聞き覚えのある名前は、紹介状にも書いてあるものだ。
「いないと思ったら、いったいどこへ行っていたの? この方はどちら様?」
つまりはこの横柄な物言いの女性こそが今回の依頼主、デニス・アドラーその人ということで。
「申し訳ございません。先ほど森の方からなにか大きな物音がしまして。念のため様子を見に行っていたのですが――」
そんな感じであたふたとなりながら、バルターがことの経緯を説明する。ちらと横目で車内を見やれば、ちょうどアイリが反対側のドアから脱出し、デニスの目を盗んでちょろちょろと屋敷の裏側に逃げていくところだった。
あの若さで複数の魔導機を操れる才能と、その大胆さ。将来は大物になりそうだとヒヤヒヤさせられている間に、バルターは手際よくククルゥの紹介まで繋げてくれていて。
「初めまして、デニスさん。私、こういう者になります」
いつものように、笑顔で名刺を渡して自己紹介する。へっこりと低姿勢の営業スマイルで。
「あぁ、そういえば雇ってたわね。忘れてわ」
忘れてたんかい。
「まぁタイミングとしては丁度よかったけれど、でもあなたに警備なんて務まるの? そういう風には見えないけれど」
するとすかさず品定めの視線を向けられたが、フォローを入れてくれたのがバルターだった。
「なんでも、ククルゥ様は精霊術師だそうで。私が駆けつけたときも、屋敷の哨戒ロイドも容易くいなしておいででしたので実力は間違いないかと」
「精霊術師……あなたが?」
「はい、こう見えて。私が契約している精霊には優秀な子たちがたくさんいますので、どうかご安心ください。必ずやご期待に応えてみせます」
それらしい気品あるお辞儀とともに、淀みなく口から出まかせを言った。それが功を奏したか、とてもそうは見えないと言わんばかりの視線を送られたあと。
「まぁ役に立つなら何でもいいわ、来てちょうだい。屋敷のなかを案内するから」
「はいー!」
笑顔で返事をし、たったと付いていく。こうしてククルゥの、アドラー家でのミッションは始まるのだった。




